第171話

今、俺は何を見ているのだろう?

確か・・・邪教の関係者で、この場で一番偉いヤツを捕らえようとっ!


信じられない物を見たせいか、意識が、脳が、ソレを理解するのを拒んでいた。

ジッとヤツの顔を見るのは嫌だ!

あんな物見ていられない!

見てしまった記憶ごと忘れてしまいたいが、そんな都合の良い方法など知らない。


あ、あれは醜悪と言う言葉以外に表現できないだろう。

人・・・の顔の面影は確かにあった。

だが、そこに有り得ない付属品がついていて、その取り合わせが最悪だったのだ。


人の名残りのある目は濁り切っていて、まるで死んでから放置されていた魚の様だった。

そんな濁って澱んだ目で何かを見ることができるのなら、たぶんそれは、歪み、腐り、悪臭を放つ世界だろう。


そんな目の下には、本来なら鼻が存在するはずだ。

だが、実際には澱んだ色のイソギンチャクの様な物が触手を蠢かせている。


頬はヌラヌラと光を反射していて、口には鮫の様な鋭利な歯が何列にも並び、輪郭から顎に掛けて蛸だか烏賊だか分からない足が何本も生えていた。

頭部に髪は無く、何だか良く分からないブヨブヨとした半透明の膜に覆われた何かが、膨張と収縮を繰り返している。

凡そ人と呼ぶのも憚られる外見である。


海人族でも魚の特徴を持つ者はいるが、それはあくまでも単一の種類の特徴を持つだけで、こんな色々な生物の特徴を持った者など聞いたことが無い。


そして極めつけは、その魔力量だ。

今まで感じたことも無いほどの膨大な魔力、それをヤツから感じているその異常さ!

到底、一人の人間が体内に取り込めるような量では無い、というか有り得ない!

姿もさることながら、存在全てが規格外なことに間違いは無かった。


『エドガー、しっかりしてよ!あんなヤツの瘴気をまともに浴びちゃダメ!気がおかしくなるわよ!』

アンバーの叱咤激励を受け、何とか最初の衝撃から精神を立て直す。

分からない単語が出てきたが、そんなことに構ってる余裕は無いことだけは分かってる。


コイツの相手ができるのは、たぶんアンバーが一緒にいてくれる俺だけだ。


だから、大声で叫んだ!

「全員で手分けして両方の崖の討伐をしろ!ここには残るな!お前達では犠牲が増えるだけで役には立たん!隊長っ、頼んだぞ!」


叫ぶ間も視線はヤツから外さない、いや、外せない。

それが命取りだと本能的に理解してるからだ。

だから、ジッとヤツと睨み合う。


『エドガー〈隷属師〉を使って。あのスキルには精神系の耐性があるわ。ヤツが纏ってる魔力は穢れてる。穢れた魔力は瘴気って言って、生物の精神に影響を及ぼすのよ』

一目見ただけで、あれだけの衝撃を受けたのは、そう言うことか!


『【ストッカー】〈隷属師〉の封印を解除しろ!』

『〈隷属師〉の封印を解除しました』

その言葉と共に〈隷属師〉の精神力強化と精神耐性を意識する。

スキルが発動したと思ったら、さっきまで感じていた不快感や気持ち悪さ、あとどこか頭の奥で感じてた嫌な感じが綺麗さっぱりと消えたのだ。

たぶんあのモロモロの感覚が瘴気の影響だったのだろう。


『よっし!これでいつも通りに戦える!』と思った瞬間、ヤツの雰囲気が剣呑なものへと変化した。

俺が瘴気の影響から逃れたのが分かったのかもしれない。


その剣呑な雰囲気のままに、突如魔法が放たれた。

無詠唱で放たれたそれは真っ黒な水魔法だった。

拳大の黒い水球が連続して標的である俺に向かって放たれる。

その攻撃は一瞬でも気を抜けば直撃してしまうであろうと思うほど、速い!

いつ途切れるかも分からない連続した攻撃に、俺は回避を優先するしかなかった。

右に左に後ろにと、一瞬の停滞も許されずに動き続ける俺。


『アンバー、俺が使ってるように見せて火魔法か土魔法で攻撃できるか?』

『風か水の方が得意なのに?』

『ヤツの見た感じから、水属性っぽいと思ったんだ。なら火か土だろ?』

『確かにそうね。やってみるわ』

『ニジも、コッソリ〈魔斬硬糸〉でヤツに攻撃できないか?』

『・・・できる・・・』

『アンバーの攻撃に合わせてやってくれ』

『・・・了・・・』

俺は逃げ続けながらも、アンバーとニジとの作戦会議をしていた。


元があの魔力量なので、魔力が切れるのを待っても無駄だろう。

にしても、魔法の連撃で近付く隙すら無いときた。

一度離れてから仕切り直すか?と、回避を後ろ方向に変えて徐々にヤツから離れる。

ある程度離れるとヤツからの攻撃も止まるが、その頭上には待機させている水球が複数見えた。



*** *** *** *** *** *** 



邪教の関係者で、この場のトップであろう者と対峙しているエドガーが叫んだ。


「全員で手分けして両方の崖の討伐をしろ!ここには残るな!お前達では犠牲が増えるだけで役には立たん!隊長っ、頼んだぞ!」


「なっ!」と反論しかけて、相手のに眩暈がしそうになった。

あれは無理だ、俺では歯が立たない。

つまりそれは、エドガーの言葉が正しくて兵士が束になっても役に立たないと言うことだ。


「それが正しい」と理解はできたし、従うべきだと分かっている。

だが・・・警備隊の隊長が、たった一人の冒険者に守られると言う不甲斐無さに忸怩たる思いが込み上げる。

そんな苦い思いを無理矢理飲み下しなどという馬鹿げた理由を掲げるしかないことに力の足りなさを実感しつつも部下に指示を出す。


何故ならば、エドガーが言ったように両側の崖の戦力を削がなければ、自分達の撤退すら怪しいと理解できるからだ。

これは船が攻撃されてやっと分かったのだが、この場所は守り易い地形になってる。

そしてその要と言えるのが、両側の崖だろう。

入って来た船を容易たやすく攻撃できる距離、船より高い位置取り、反撃を受け難い地形、どれも相手に有利な内容だ。


そんな場所に戦力を残したままで、自分達が安全に撤退できるなどと考えられる訳が無いのだ。

絶対に排除が必要であり、地理的に有利な相手を斃すには・・・多数で攻めるしかない、と言うことだ。


副隊長に向かって右側の崖を制圧するように指示を出し、自分は左側の崖を制圧するために部隊を率いて砂浜を後にする。

最終的に砂浜に残るのは、彼等二人だけになる。

相手側の部下は既に斃しているからだが・・・彼一人を残すことに俺は罪悪感があった。


それでも、あの場に残っても何の役にも立たないと理解できている。


だから・・・エドガーを信じて任せるしかない!

そう自分に言い聞かせて、目指す崖へと走り出した。



*** *** *** *** *** *** 



睨み合うこと暫く、やっと周囲から人の気配が離れて行った。

それが分かって、これからの戦闘に巻き込む可能性は低くなったことに安心する。


『やるぞ!アンバーは左、ニジは右。ニジは壊れた廃屋に上手く隠れながら奇襲しろよ。じゃあ、散開!』

俺の言葉に返事もせず、二人とも左右に散って行く。

アンバーは走りつつ、一歩ずつ体を大きく変化させている。

ニジの方は、俺の言ったの意味をきちんと理解してたようで、既に〈カラーリング〉で砂の様な色に擬態している。

三方を囲むことで、ヤツの自由度を下げ、こちらの攻撃頻度を上げるのは、多数で一人を攻撃するのに向いた方法であるはずだ。


さて、ここからが本番だ!

こんなヤツを野放しにすることはできない!

絶対にここで仕留めてやる!


今の状況なら、力加減を気にする必要は無い。

ヤツの水魔法のように、こっちも火魔法を使う。

空中にいくつもの火球を無詠唱で浮かべ、ヤツを狙う。

俺と同様にアンバーも火球を複数個待機させている。


そして一歩前に出て、戦闘を開始した。

ヤツから飛んで来る黒い水球を火球で相殺しつつ、ヤツにに向かって攻撃も行う。

元々の魔力量がはヤツの方が多いのだから、こんな方法だけではこっちが先に魔力切れになってしまう。


だが大量の魔法攻撃への対処は、絶対にヤツに隙を作るはずだ。

そこにニジの奇襲が決まれば、天秤が俺達に傾くはずである。


確実に奇襲を成功させるためにも、俺達が圧力を掛け続ける必要があるんだ。

右に左に上から下から、射線を変えながら休み無く火球で攻撃をし続ける。


ヤツには何発か火球が直撃しているが、それほどのダメージは見られない。

もしかすると魔法への耐性を持っている可能性が出てきた。

だが、それが分かったと言え、手を緩めることはできない。


俺では見ることはできないが、気配だけはニジを感じていた。

そのニジが、俺達の攻撃に合わせて〈魔斬硬糸〉を使ってるはずである。

それが決まれば・・・


俺は百発以上の火球を放ち、それでも衰えないヤツの攻撃を捌き、まだか?と思った時、その瞬間が訪れた。

ニジの〈魔斬硬糸〉でヤツの両手両足が切り落とされたのだ。


「やった!」

俺の口から思わずそんな言葉が漏れ出た。


だが、ヤツのローブごと切り落とされたはずの両手両足は・・・バシャッ!と言う音と共に砂浜に沁み込んで行く。

ヤツも痛みを堪えるでも無く、砂浜に転がったままで攻撃を続けている。


「ど、どういうことだ!お前は何者だっ!」

そう問い質した俺に、誰も文句など言えないだろう。

俺自身、そんな言葉に返事があるとも思っていなかった。


だが、しゃがれた聞き取り辛い声が「我はグレゴール、イルシャの幹部だ。我にそのような攻撃など効きはしない」と響く。


こりゃあ、不味いなんてもんじゃ無い。

根本から作戦を変えないと!



そんな焦りが俺の中でフツフツと湧き上がってきた。

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