第86話

やっぱり侯爵から詳しい説明を求められたが、俺も薬師の依頼で詳しくは知らないと言って説明から逃れた。

そのまま執事長に同伴されて冒険者ギルドへ行き、その場で指名依頼の発注と受諾の手続き及び髑髏草の情報収集がされた。


思ったよりも速い展開にアタフタしそうになるのを、辛うじてアンバーを撫でる事で回避する。

まあ単にアンバーを撫でて和んでいただけとも言うが、そんなことはどうでもいい。


髑髏草の情報は、ここ四ヶ月ほど入って来ていないようで、過去の記録から採取可能な場所が無いかの調査に変わっていた。

だが、髑髏草の発生条件が分かれば調べ・・・よう・・・も・・・


考え事をしている最中に、脳内に情報が流れ込んできた。

一瞬の事だったが、頭の芯がズキズキと痛む。

薄く目を閉じ、その痛みに耐え、今得たばかりの情報を確認する。


っ!・・・何で今になって髑髏草の発生条件が分かるんだよっ!

そう心の中で叫ぶ声が誰かに聞こえることは無い。

でも、心の中でぐらい叫ばないとやってられるかっ!


心の中でさんざんに叫び悪態を吐きまくって、やっと少し冷静になれた。

発生条件が分かってるなら、そこから探すことができるはずである。

しかし直接的に聞くのは、何故知っているのか?という詰問を受けそうだからダメだ。

ならば間接的に答えが行き着くように誘導しなければならないだろう。


過去に髑髏草が目撃された場所に、何か特殊な問題が発生したりしていないか?

例えば、強い魔物が出てそれを討伐したとか、周辺で旱魃が発生したとか、逆に豪雨が発生したとか、髑髏草の発生には何かしらの原因があると思うんだ。


「・・・確かに、その考えはありませんでした、直ぐに調べてみます」

「そう言う事ですか。確かに何かしらの特殊な事柄が発生していて、それが条件だとすれば同一の場所で過去に発生した特殊な事案を調べれば、共通点が見つかる可能性がありますな」


ギルドの女性職員と執事長も納得してくれ、その方法での調査が始まった。

結果は、あっさりと分かった。


「四箇所の髑髏草発生場所に、同じように前の年に発生している枯渇病。これが関連性があると思われますね」


女性職員がまとめた資料に出てくるこそ、髑髏草の発生条件だ。

枯渇病ってのは、実は髑髏草が発生させている特殊な植物への病気である。

実際は病気では無いのだが、そう認知されているので病気として扱う事にしてる。


で、枯渇病ってのは、ある日突然植物が枯れて簡単に砕け散るほど乾燥してしまう現象を言う。

これは、実は髑髏草が発生する時に、その周辺の栄養を根こそぎ奪い尽くすから起きる現象なのだ。

つまり、枯渇病が発生した場所では、翌年には髑髏草が発生している可能性が高い、というか発生しているのである。


「前年に枯渇病が発生していれば、今年髑髏草が生えている可能性があります。そして昨年枯渇病が発生したのは・・・ここから北西にある森の近くの農村周辺です」


時間的余裕が余り無いんで、その村って、ここからどの位かかる場所ですかね?


「街道沿いに行くなら徒歩で最低三日、余裕を見るなら四日でしょうか?馬車なら二日半ぐらいでしょうね」

つまり、街道を無視して突っ切れば二日で到着できそうだってことだな。

行き帰り合わせても四日、猶予を見て五日、他の素材集めをして七日、調合に余裕を持って九日、予定通りに行けば十日以内と言う期間に間に合う計算である。


「エドガー様、侯爵家で馬車の手配をしましょうか?」と言う執事長の提案を丁重に断る。

理由は、途中で薬師と合流するからである。

俺の仲介していることになっている薬師は、俺以外の人間には会わないと言ってあるので、渋々納得してくれた。

実際は、アンバーに乗せてもらうつもりだから断ったんだが、それは内緒である。


思いもよらぬほど簡単に髑髏草の情報が手に入り、時間的に余裕があった。

が、不測の事態は何処で何時起きるか分からない。

早目に準備をして出発した方が無難だろう。



バタバタと準備をして街を出発したのは一昨昨日さきおとといである。

昨日到着後直ぐに髑髏草の生えている場所を特定して、思ったよりも村に近かったので、農村へ立入禁止の連絡をしたりしていたら夜になってしまっていた。


で、現在朝食の準備中。

勿論、朝食後は髑髏草の採取とその後の下処理 兼 無毒化を行う予定だ。


予定では半日程度の時間が必要だが、農村には猛毒の植物があるため近付くなと言ってあるし、俺達は中和薬を服用してるから問題無い。

そうそうその中和薬なんだが、アンバーが凄く気に入ってて必要も無いのに飲ませろって五月蝿うるさいんだよ。

最初は、毒なんて効かないからいらないって言ってたのに、一度無理矢理飲ませたら気に入っちゃって、今では催促してくる訳。

俺が飲んでも特に美味しいとか感じないんだけど、ってか中和薬ってちょっと酸っぱいだけの味しかしないんだけど、何が気に入ったんだか?さっぱり分からん。

今度アンバーに詳しく聞いてみよう。


さて、食事も終わり中和薬も飲んだ。

横ではアンバーが小さな姿で皿に入れた中和薬をいまだに味わっているが、それは見ない振りをする。


街を出る前に、中和薬の素材と一緒に無毒化用の素材も購入済みなので、必要な物だけ持って行けば作業に入れる。

どっちかって言うと、その無毒化の作業をした後の方が面倒臭い。

道具、衣類、身体などに付着している毒を洗い流さなければならないので、徹底的に洗わないと不味い。

その後始末をしてないと、中和薬が切れた時に毒にやられてしまう。

中和薬は身体に毒の症状が出ないように中和するのであって、付着した毒まではどうにもならないからだ。


必要な物の確認も終わり出発しようと振り返るが、アンバーは意地汚くも空になった皿をまだ舐めていた。


『もう空じゃないか。あきらめて仕事に行くぞ』

『エドガー、もうちょっと、ちょうだい』


そう言ったアンバーの姿が・・・可愛い!

子猫姿で両前足をきちんと揃えて、上目遣いに俺を見上げながら頭をコテンッと傾げるなんて・・・そんなの、どこで覚えてきたんだ!

あざといだろ!

あざと可愛い・・・


必要数より余分を作ってあるとはいえ、必要な時に足りないでは困る。

ここはアンバーのそのあざとさ可愛さに耐え、心を強く持って『ダメだ。あきらめろ。移動するぞ』と言い切った。

良くやった!俺!



髑髏草の生えている場所に近付くにつれ、風景が一変していく。

毒の影響で周囲の草木は枯れ果て、土まで黒く変色して周囲に動物の死骸が転がり、まさに地獄絵図って感じ。

そんな風景の中心に髑髏草が生えているのだ。


昨日も確認した場所に、髑髏草が一本だけ生えている。

もう既に花は枯れて、髑髏草の所以ゆえんとなる髑髏の形をした種莢たねさやが見える。

ここで必要な素材は種子と種莢の二つだ。

種子は既に地面に落ちている物もあるので、見落とさないように全て拾い、種莢は茎の根元から切り離して回収する。

重要なのは、髑髏草一本分全ての種子と種莢が必要なことだ。

だから、地面に這いつくばってでも落ちた種子まで集める必要がある。

唯一助かったのは、髑髏草の影響で周囲に何も無くなっていて、落ちた種子を探すのが楽だったこと位だろう。


種子、種莢共に全て回収できたので、最後は残っている茎や根を掘り出して焼却する。

これが大事なことで、茎や根が残ってると毒性も残るので、この周りに毒性の魔物が集まってくる可能性が上がるのだ。

ここは街道も農村も近いので、そんなことになったら色々と打撃を受けることになる。

茎や根を焼却してしまえば、周囲の毒は数ヶ月で自然に浄化されていくので心配事が減るんだ。


採取は終了。

ここからは無毒化の作業だ。


道具を準備して、持って来た薪で火を熾し、これも持って来た水を沸かす。

素材である髑髏草の種子と種莢を薬研に入れてゴリゴリと擂り潰し、調薬用の酒精の強い無味無臭の酒を少しだけ加える。

更にゴリゴリと擂り潰して、完全に粉末化したところで薬研から擂鉢に移し変えて置いておく。


今度は薬研に無毒化に必要な薬草などを入れ、またもやゴリゴリと擂り潰していく。

この時、薬研に髑髏草の粉末が少量残っているだろうが、これを綺麗にしてはいけない。

この段階で、無毒化用の素材と髑髏草を少量馴染ませる必要があるからだ。


充分に粉末化できたら、髑髏草の粉末が入った擂鉢に中身を移し、薬研に酒を注いで洗い流しながら、その酒も擂鉢に入れてしまう。

その後、髑髏草、無毒化用の薬草類、酒が入った擂鉢を、良く混ざり合うように混ぜ合わせていく。

グルグルと混ぜ合わせていると、髑髏草の灰黒色と薬草の緑が混ざり合っていたのが、徐々に無毒化されて黄色く色が変化してくる。

完全に黄色に変化したところで、無毒化の第一段階が終了だ!




はー、これで半分か、まだまだ先があるんだよな、頑張ろう!

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