第75話

隠れ里を出てからの道程は特に面白くも無かった。

トラブルも無いし、盗賊もいないし、ただ移動するだけの平和な日々だった。


呪いを受けた人物がいるから依頼人が急いでいるのは分かるが、契約上は納期までに残り六日ほどある。

ことさら急ぐ必要を感じず、のんびりと歩いて旅をしている。

目的地はラフターンの先、領都ナイフォードだ。


そこで指定された宿に宿泊すると、向こうから接触してくる手筈になってる。

が、まだこのペースなら二日は掛かる。

何せ、昨日ラフターンを出発したところだからな。

何故?って、ザーレに捕まってしまい、一晩泊まる事になってたからだ。


何でも、あのキノコの折り合いがつかなくて揉めまくっているらしい。

だったら全部を同じ厚さにスライスして、重さで分ければ?と言ったところ「それだー!」と叫んでいた。


購入希望者が七名なので、均等になるように七名全員で金額も決めてもらえばいい。

まあ、そんな事を話してる内に時間が経ってて宿泊した訳だ。


『なあアンバー、これから行く領都は湖の横にあるんだぞ。だから魚料理が有名らしいんだ』

『魚も好きだよ。おいしいのあるかな?』

『きっとあるさ』

『なら、早く行こうよ』


しまったな、アンバーがその気になってしまった。

必死に俺の顔をペシペシしてくる。

仕草は可愛いのだが、念話で聞こえるのが『早く魚食べたい!』なので笑いそうになってしまう。


俺が持ち出した話だし、急ごうか。

街道脇の森に入って、アンバーに大きくなってもらう。

その背に乗って、一気に移動速度を上げることになった。


移動中に人の気配を感じては、見つからないように迂回をしていたので、街に入れたのは閉門ギリギリになってしまった。

それでも通りのアチコチに屋台が出ていて、焼き魚などを売っている。

アンバーがお腹を空かせていることだし、と少しづつ買い溜めしていく。


買う時に指定された宿のことを聞くと、随分と高級な宿らしい。


「そんな高級宿に泊まれるのかい?」

確かに、見た目からいってもオカシイと思うだろう。


「いや、指名依頼を受けててな。その指定なんだよ」

「そりゃ羨ましいこった」


屋台の店主らと、そんな会話をしつつ宿を目指した。


"湖の浮島亭"と言う宿は、屋台の店主らに言われていた通り、見た目からして高級宿だった。

通りに面した大きな玄関の店構えは、それだけで高額の税を払っていると分かる。


たいがいの街の家に対する税は、まず通りに接する広さと、その総面積で決まる。

なので総面積が広くても、通りに接しているのが狭ければ安くなるのだ。


この宿のように、通りに接する玄関に広さがあって、総面積も大きそうな宿は高額の税を払っている高級宿だと言える。


少々入るのに勇気がいるが、覚悟を決めて宿に入る。

最初に目に付いたのは、広いロビーである。

落ち着いた雰囲気の、センスがあるロビーだと感じる。

従業員は、男は執事風の服、女はメイド風の服を着ており、受付カウンターにいる男性は支配人だろうか?仕立ての良さそうな服を着ている。


受付に近寄り、支配人らしき人物に話し掛けようとしたのだが、横から別の男性従業員に止められてしまった。


「ここはあなたが泊まられるような宿ではありませんが、何か御用がおありですか?」

うーん、確かに見た目で判断すればそうなるだろうが、これはよろしく無い対応だな。


「止めなさい!お客様に失礼ですよ」

支配人らしき男性がたしなめているが、この従業員には納得できていないようだ。


「しかし支配人!」

やはり支配人だったか。


「止めなさいと言いましたよ!」

きつく言われて黙ったが、彼の顔には不満が見て取れる。


「お客様、当方の従業員が失礼なこと言い申し訳ありません」と謝る支配人に文句は言えない。


「いや、見た目で言えば彼の言う通りだからな。だが今日は宿泊だ。指名依頼で宿を指定されてるんだ」

そう言って、預かっていた手紙を渡す。


これは宿を指定された時に、支配人に渡すように言われた物だ。


手紙を受け取った支配人は、素早く中を確かめて手紙を燃やした。

物証を残さないように書かれていたのだろうか?


「確かに連絡を受けております。相手方にも直ぐにご到着の連絡を差し上げますので、エドガー様それまでどうぞ当宿でおくつろぎください」と頭を下げられた。


ああー、依頼人から連絡が来てたのか。

たぶん槍を持ってる猫連れとか言われてるんだろうな。


「いやまあ、余り気にしないでくれ。俺は何とも思ってないから。ただ彼は気をつけないと、俺に宿を指定した依頼人の顔を潰すことになる」

「分かっております。後ほど重々言って聞かせておきますので」

その言葉に横の男性従業員の顔色が青くなってた。

支配人、怖そうだな。


多少のあれはあったが、無事部屋に案内された。

案内してくれたのは男性従業員で、部屋に入った途端直角になるほど腰を折り頭を下げられた。


「申し訳ありませんでした!お客様の言われる通り、当宿を指定してくださった方の顔に泥を塗るところでした!」


しっかり反省しているようだし、俺は気にしないと再度言い聞かせて、食事を頼んだ。

勿論食事は二人前である。

頼まないとアンバーが怒るからな。


丁度夕食時と言う事もあり、少々時間が掛かるらしいので、その間に屋台で買ったものでも食べてようかな。


従業員の男性が出て行ったところで、背後のアンバーの気配が変わった。

たぶん大きくなってるんだろう。


振り返れば案の定大きくなって食事(焼き魚)を待ってた。

荷物からアンバーの皿を取り出し、そこに串から外した焼き魚を入れてやる。


待ってました!とばかりに齧り付くアンバーは身体は大きいが何となく可愛い。

俺も同じ物を齧って、味見をしてみた。


湖が近いおかげだろう、新鮮な魚なので嫌な臭みも無い。

こりゃあ、美味い魚料理に巡り会えそうな予感がする。


そんな事を考えながら、焼き魚を平らげていく。


昼を軽くしか食べてないせいか、美味く感じるなぁ。



宿の夕食にも期待しよう。

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