第34話

ベグドは足早にギルドの職員に近寄る。

「まだメルフィーが部屋にいるから。鍵は渡しといた」と話し掛ける。


「お、そうか分かった。で、財布はあったのか?」

「ああ、あったよ。これで飯が食える」

「ははは、夕飯抜きは辛いからな」

そんな会話をしてギルドを出たベグドは定宿にしている古いが安い宿屋に向かった。

場所は街外れで、少し歩けばスラムと呼ばれる家無しの溜まり場があるような場所である。


宿に着くと部屋から少ない手荷物を持ち出し「世話になった。急ぎの用で宿を出る」と言って宿を引き払う。

一年近く世話になった場所だが、元々は盗賊の仲間であるベグドにとって特に思い入れがある訳では無かった。


宿を出て何処に行くのか?と思えば、何故かスラムと呼ばれる方へ足を向けている。

コソコソと人気の無い路地を歩いて辿り着いたのはスラムの更に外れ、外壁の直ぐ側にある掘立て小屋だった。


今にも崩れそうな掘立て小屋の扉と呼ぶのも気が引ける板を叩く。

「ベグドです。外に出たい」

扉越しに誰かに話し掛けていると、ズルズルと扉を引き摺って開けた如何にもといった悪人面の男が顔を出した。


一言「入れ」と言われたベグドは返事もせずに小屋に入って行くのだった。


*** *** *** *** *** ***


その頃ギルドでは職員が、何時まで経っても出てこないメルフィーに痺れを切らしていた。

「何時まで何してんだよ、まったく」

そう呟いて部屋に向かっていた。


「メルフィー!何処だ?」と声を掛けるが姿も無ければ、返事も無い。

トイレにでも行ってるのか?と、部屋を出ようとした彼の耳にくぐもった音と何かがぶつかる音が聞こえた。


「メルフィーいるのか?」と声を掛けながら音のした部屋の奥へと向かう。

そこには口を塞がれ、手足を縛られたメルフィーが床に転がされていた。


「どうしたんだっ!いったい誰がやったっ!」

彼は返事もできないメルフィーに話しかけながら慌ててロープを解き口を塞いでいた布袋を外す。


「ベグドですっ!リザベスさんに連絡をっ!この部屋から大切な物が盗まれました。急いで下さい!」

それを聞いた職員が慌てて駆け出す。


メルフィーは、エドガーのテーブルに近付き、散らばった書類を漁って、ベグドが盗んだのがレシピであると確認していた。

それを確信した事で、彼女の中には自分の失敗に対する後悔が再び湧き上がる。

それは涙と嗚咽になって彼女から溢れ出た。

どれほど泣いていたのか分からないが、部屋に駆け込んできたリザベスが話し掛けても、まだ涙声でまともに話ができないほどだった。


リザベスは簡単な状況説明を聞いただけだったが、縛られ、口を塞がれていた事は知っていた。

その恐怖が彼女を襲っているのだろうと、彼女を抱きしめ「もう大丈夫よ、心配はいらないわ」と慰めていた。


やっと落ち着いてきたメルフィーは我に返り「リザベスさん!ベグドがエドガーさんのレシピを盗んで逃げたんです」と告げる。

「どういう事?」と状況も内容も理解ができずにリザベスが問う。


「ベグドが言ってました。自分は盗賊団の仲間だって。それで回復薬のレシピを盗んで街を出るって!」

その言葉に、リザベスはさらに混乱する。


「どういう事?盗賊団の仲間?街を出る?門が閉まっているのに?それがレシピと何の関係があるの?」

「分かりません!でも、そう言ってたんです」

分からない者どうしの二人が悩んでも埒が明かないとリザベスはゼルシア様を呼ぶ事にする。

ついでにエドガーにもレシピの事を聞かなければならない。

職員に言って、二人を呼びに行かせるように頼む。

二人が来るまでに、メルフィーにお茶でも飲ませて落ち着かせ、詳しく話を聞いておかないとならないと部屋から彼女を連れ出した。



エドガーは宿で食事をした後、部屋でくつろぎながら、また回復薬の事を考えていた。

しかし、いくら考えても良い案は浮かばず、そろそろあきらめて寝ようかと思った時にドアがノックされた。

ノックの相手は冒険者ギルドの職員で、どうやら急ぎでリザベスが呼んでいるとの事だった。

『何か問題がおきたのか?』と思いながらも、直ぐに出掛ける用意をする。


急ぎだって事だし、と走ってギルドに行くと何故かリザベスさんと一緒にいるメルフィーが目に入った。

「急ぎだって聞いたんですけど、何故メルフィーもここに?」

思ったままを聞いた。


「ゼルシア様も呼んでるの。揃ったら説明するわ」と言うリザベスさんの言葉に大人しく座って出されたお茶を飲んで時間を潰すことにした。



「こんな時間に呼び出して、いったいなんなんだわい!」

ドアを開けて部屋に入る前から文句を言って、ゼルシア様が入ってくる。


「先程メルフィーから聞いたのですが、ベグドがレシピを盗んで逃げたらしいんです」

リザベスさんの言葉に、ゼルシア様と俺は揃って「「はぁーっ?」」と気の抜けた声を上げてしまったのだった。

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