第33話

通常品の回復薬をスキル無しの五人に作らせれるようにするため、試作と検討を続けてきたが、全然成果が無かった。

もう、いい加減あきらめようとも思ったが、なかなか踏ん切りがつかず、ずるずると実験を続けていた。


そんなある日、流石に今日はもう時間的に余裕が無いし、と帰り支度をして五人に声を掛けた。


「おーい、そろそろ時間だ片付けを始めろよ。俺は上に用があるから、このまま帰るからな」


おのおのがばらばらに返事をしてきたのを背中に聞きながら部屋を出たのだった。



だが・・・この時の俺を、今の俺は殴ってやりたい。

あの時、俺が上の空で片付けをしていなければ、きちんとテーブルの周りを確認していれば、こんな事件は起きなかった・・・と。



俺が出て行った後の室内は、おのおのが片付けを始めていた。

「ねえ、エドガーさん渋い顔してたわね」

「上手くいってないみたい」

女性二人が会話しながら器具を洗っている。


「なあ、晩飯何食べる?」

「いつもの店で良いだろ?」

「たまには違うもん食いたくないか?」

「俺はいつもの店で問題無いぞ。新しいとこ行ってハズレだった時が嫌だ」

「「ああーハズレな」」

男達はゴミを片付けたり掃除をしたりしながら夕食の相談をしている。


「私達洗い終わったから交代しましょう」

どうやら洗い場が狭いのようで、男女が交代でそれぞれの器具を洗っているようである。


「でね・・・」

交代した女性二人が掃除をしながら何か話の続きをしている。


「あれっ!これエドガーさんのかな?」

エドガーのテーブル辺りを掃除していて何か見付けたのだろうか?


「そ、それっ!頂戴!絶対読んじゃ・・・」

「通常品・・・レシピ?」

メルフィーが咄嗟に止めたのは間に合わず、彼女は小さな声で読み上げてしまった。


「絶対内緒にして!良い、忘れるの!何も見なかったし、何も知らなかった、分かった」

メルフィーの剣幕に、自分が見ては、知ってはいけない物を見てしまったと気付いた彼女は声も無く首を縦に振っていた。

この時彼女がやっと自覚したのは、守秘義務契約の内容に「レシピの秘匿」って項目があった事だった。


男性陣には聞こえていないようで誰も声を掛けて来ないのを再確認して、メルフィーはそっとソレを受け取り引き出しの奥に隠す。

口を動かしただけで声には出さず『秘密だよ』と言うメルフィーに頷き、掃除を再開する。


それ以後、特に問題無く帰り支度をすませて部屋を出た。

リーダーであるメルフィーが鍵を掛け、ギルドを出ると家に向かって歩き出す。


いつもの帰り道で特におかしな事は無いのに、メルフィーは何かが気になって少し前に曲がった曲がり角の方を振り返った。

その視線の先を見知った男がギルドに向かって横切るのが小さく見えた。

一瞬、忘れ物でもしたかな?と思ったが、どこか嫌な予感みたいなものが胸に蟠る。

そして気付いた時にはメルフィーも元来た道を走り出していた。


*** *** *** *** *** ***


ベグドは器具を洗っている時に、微かに耳に入った「通常品」「レシピ」と言う言葉にピクッと反応した。

大げさに反応すると怪しまれる事は分かっていたので、視線だけで声の方向を確認すると、女性二人が何かの紙をエドガーのテーブルの引き出しに入れる所を見た。

『もしかして、通常品の回復薬のレシピを見つけたのか?それが本物なら手に入れたい!』

そんな内心を必死に隠して、いつも通りに振舞う。


今はダメだ!皆が帰ってから、忘れ物でもしたと帰ってくればいい。

逸る気持ちを抑えて、そう自分に言い聞かせる。

いつも通りギルドを出て、いつもの店に食事に入る手前で「あっ!悪りぃ。俺ギルドに財布を忘れたみてぇだ」と声に出した。

一緒にいた二人に「ドジ」だとか「マジ?」だとか言われながらも「ここなら近いしギルドに取りに行って来る」と走り出す。

その段階で既にベグドは二人の言葉など耳に入っていなかった。

走って戻りながら前方を注視しているとタイミング良く、メルフィーが通りの角を曲がる所を目撃する。

鍵を持ってるメルフィーがここにいるなら、ギルドの作業部屋は無人である証拠だった。

ベグドは更に走る足を速めた。


ギルドに駆け込み「財布を忘れたから、部屋の鍵を開けて欲しい」と頼めば「直ぐに返しに来いよ」と渡される鍵。

内心で『しめたっ!』と思ったが表情には出さず「直ぐに返します」と部屋に向かう。

部屋に入ってエドガーのテーブルに一直線に向かった。

引き出しを順に開けて中身を取り出す。

多少雑だろうが、これさえ手に入れば、この街ともオサラバだから気にしない。

ガサガサと書類を掻き乱し、やっと目的の物を見付けた。


ベグドの手には一枚の紙、そこには「通常品回復薬のレシピ」と書かれていた。


*** *** *** *** *** ***


メルフィーは、ベグドより大分遅れてギルドに到着した。

何故か?って、メルフィーは運動が苦手で走っても遅いし、長くも走れないのだった。

なので、到着した時はハアハアと息を切らしていて直ぐには喋れなかった。


「そんなに慌てて、どうしたんだ?」と職員に聞かれた時には、言葉に詰まる。

何故なら、ここに戻って来た理由が自分の「嫌な予感」であって、証拠も何も無い状態だったからだ。


「・・・ちょっと、きちんと火の始末をしたか自信が無くて確認に・・・」と息が切れていたのを幸いと、適当な理由を告げた。


「そうか。少し前にベグドが財布を忘れて取りに来たから、まだいるはずだ。行って見ると良い」

その言葉に、更に嫌な予感が深まる。

足早に部屋に向かい、それでも慌てずに、そっと、ドアを開くと・・・そこには散らかったエドガーのテーブルと何かの紙を持ったベグドいた。


「ベグド、何してるのっ!」

部屋に飛び込んで、詰問する。


「なっ!何でメルフィーがここにいるんだ!帰ったはずだろっ!」

慌てたようにベグドが聞き返す。


「帰ってる途中で、ギルドに走ってくベグドを見たのよ。おかしいと思って追い掛けて来たら・・・」

契約違反の犯罪現場にでくわした、とは言えなかった。


ベグドは「余計な事をしやがってっ!お前はっ!」と怒り出し、乱暴に紙をポケットに捻じ込んで大股にメルフィーに近付いて来た。


彼女は咄嗟に大きな声で助けを呼ぼうとしたが、走って来た影響で喉が渇いており咳が出てしまう。

ベグドは『チャンスだ!』と彼女を押さえ込み手で口を塞ぐ。

流石にベグドも彼女を殺すほどの気概は無いのか、部屋の奥まで彼女を連れて行き、近くにあった薬草を束ねる細いロープと布袋で彼女の口を塞ぎ手足を縛る。

そして去り際に、こう言い残し部屋を出て行った。


「俺はコレを持って街を出て仲間の所に行く。もう会う事も無い。追っては来ない方が良いぞ。俺の仲間は"盗賊団三本爪"だからな」



メルフィーはベグドの言葉に衝撃を受けながらも、自分の浅はかな行動で今の事態を引き起こした事を涙を流しながら悔やんでいた。


『私がここに来る時に職員と一緒に来てれば、こんな事にならなかったのに!』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る