第28話
「やべぇな。ブッシュウルフの群れが近くにいるぞ!」
ブッシュウルフって?何?
「いつもならもっと奥にいる魔物だ!こんな浅い所に出て来るなんて滅多にありゃしねぇ。それも一頭じゃねぇ、群れときた。何かヤバいぞ」
って事は強い魔物って事だろ?
ヤバいなんてもんじゃないか?
どうすれば良いんだ?
「落ち着け。まだ気付かれちゃいねぇ。ただ、逃げるなら急がねぇといけねぇ」
確かに、俺みたいな足手まといがいるんじゃあ、デズットに負担が掛かり過ぎる。
せめて、背中を気にしないで良い場所でもあれば・・・
「良い案だ!少し奥に入る事になるが、岩場があるぜ。そこなら後ろを取られる心配はねぇ」
良い場所だとは思うが、そこまで持つか?
距離はどのくらいだ?
「エドガー、手持ちの回復薬はどの位ある?」
何かの時のために多目に持ってきてる。
手持ちで十本だ。
「そりゃあ心強えぇな。それだけありゃあ、何とでもなる。ただ、岩場まで走らなきゃならねぇ。休憩も止まるのも無しだ、行けるか?」
って行くしかないだろうが!
こんな所で死んでたまるかっ!
「行くぞっ!止まるなよっ!」
デズットの掛け声で、なるべく音を立てないように静かに走り出す。
俺には回りにブッシュウルフがいるかどうかも分からないが、デズットは分かるのだろう、後ろを気にしながら走ってる。
狼系の魔物の鳴き声も聞こえないし、勘違いって事は無いのか?
そんな事を考えてたら「ヤベぇ、気付かれたっ!全力で走れ!追い付かれたら不味い!」って指示が出た。
考えるまでも無く、全力で走り出す。
こんな時は槍って邪魔になるな!
アチコチの枝にぶつかるし、引っ掛かる。
そんな馬鹿な事を考えながらも、少しでも速く、少しでも遠くに、全力で走る事は止めない。
さっきからガウッガウッと聞こえるのはブッシュウルフの鳴き声だろう。
段々と近付いているのが分かる。
流石はブッシュウルフ、名前の通り藪や下生えに慣れているんだろう。
だが、木々の隙間に岩場が見えたっ。
もう少しだっ!
「岩場が見えたっ!」と告げる俺の声に被せるように「裂け目があるはずだっ!そこに入れっ!」って指示。
とっくに息などあがってて、返事などできない。
視線だけで指示された裂け目を探す。
もう少しで岩場の前に出る!
「あった!」息があがっていて声になったか分からないが、声に出したつもりで左手に見つけた裂け目に向かう。
一瞬振り返ろうとしたが「振り返るなっ!裂け目に入って槍を前に向けて構えろっ!」とデズットの指示で前だけを見て走る。
あと五十歩っ!四十、三十、二十、十歩、裂け目に飛び込む!
背後でブッシュウルフ威嚇の唸り声とデズットの剣が何かを弾くキンッって音が鳴っている。
飛び込んだ岩場の裂け目は大人が四人ほどが並んで立てる程度の幅があり、高さは大人二人分ほど。
充分に剣を振り回すには狭いが、守りを固めるには好条件だった。
飛び込んで最初に目に付いたのは奥にある焚き火の跡、冒険者の野営の定番スポットなのかもしれない。
今の状況に全く関係の無い思考を振り捨てて、直ぐに飛び込んで来た入口に向かって槍を構える。
それと同時に声を張り上げた「デズット裂け目に着いたぞっ!」と、それに答える声は無いが、相変わらず剣が牙か爪を弾くキンッって音だけが聞こえた。
まあ、あの音が聞こえるって事は、俺の声も聞こえてるだろう。
それよりも、俺にブッシュウルフを殺せるのだろうか?
生まれてこの方、俺は生き物を殺したって記憶は虫か魚ぐらいしかない。
普通の動物すら殺した事は無いのに、いきなり狼系の魔物を相手にできるのか?
ましてや、それを殺せるのか?
そんな自問自答が脳裏を巡る、が、それは強制的に現実に引き戻された。
「グルルルッ」
裂け目の目の前、つまりは俺の正面に一頭のブッシュウルフが前傾姿勢で俺を威嚇している。
腰が引けそうになるのを何とか耐え、腰溜めに構えた槍を握る両手に汗が滲む。
『デカイ』それが一目見た感想だった。
予想していたサイズの倍はあるだろう。
頭が優に俺の胸元まである。
槍を敬遠しているのか、直ぐには飛び掛って来ない。
が、いつ襲われてもおかしく無い状況だ。
睨み合いが続く中額に滲む汗がこめかみを伝う、目尻に汗が届く瞬間、ヤツは一気に襲い掛かってきた。
俺の首を狙っているのか、軽く飛び上がるようにして一直線に向かって来る。
その一瞬、俺はヤツの目を見ていた。
明確な意思の無い凶暴なだけの狂気に支配された目。
俺は、その瞬間スキルを意識してなかった。
俺の意思とは関係無く、極自然に身体が動いていた。
誰か目撃者がいれば、こう言っただろう「何も見えなかった。気付いたら槍がブッシュウルフを貫いていたんだ」と。
俺の視線の隅に一瞬だけ見えた光の筋。
あれが槍の通った軌跡だったと気付いたのは、貫いた槍にブッシュウルフの全体重が掛かり、重さで体勢が崩れそうになった時だった。
『槍術師スキルってだけでも、とんでもないな』
それが正直な感想だった。
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