第3話
空を見上げると雲は無く、細かく点々とした光。消えても誰も気づかなそうな、あの散りばめられた光に、魅入られる人達がいるんだよな。俺には分からないなぁ。
「うおおおすげええええ!」
だがそんな中、
「大袈裟だな」
「こんなしっかり見れるんだねー!」
「そうだな。これは国立天文台望遠鏡なんだが、値段の割にレンズが良くてね。60倍以上の倍率で観測出来るから土星の輪までしっかり見れるんだ」
「おぉー。取り敢えず凄いということは分かった」
流石ほぼノー知識。感想が浅い。俺も人の事は言えないけど。
「でもさぁ、こんな筒で何であんなに空高くあるもんがくっきり見えるんだろうね」
「構造的な知識だと、なんと説明したものか……」
口元に手をやり、悩む水野の横から口を挟んだ。
「こーいう屈折望遠鏡は、対物レンズが星の光を集めて、接眼レンズが実像を大きく見せるんだよ。理科の授業でそんな話あったろ」
「さーっすが
「土星のリングは、ハッブル宇宙望遠鏡っつー宇宙の望遠鏡使って、ようやくリングの模様やら星の線やら鮮明な画像が出せるっつーくらいだから、多分、地上からこのサイズの望遠鏡で、観測出来るだけでも凄いっつー事なんだろうな」
「宇宙望遠鏡ってなんか凄いの?」
「重さ10トンっつーデカさで衛星みたいに地球の周り回ってんだよ」
「デカっ!? しかも望遠鏡が!? ほぇー、全然知らんかった」
俺も望遠鏡覗いてみたいが、帆奈美がちょっとずつ角度を変えたり、倍率を変えたりを繰り返して楽しんでいる。初めて虫眼鏡与えられた幼稚園児かよ。
「……君、星に興味ないんじゃ」
声をかけられ、視線を少し手前に戻すと、驚いた表情の水野。
「無いぞ。けど本の知識で色々と物知りな方かもな」
「興味も無いのに本を読んで望遠鏡の名称まで覚えてるのか?」
「ううん、まぁわりかし。ハッブル宇宙望遠鏡っつってもハッブルって元々学者の名前じゃん? この手のものは物の名前で覚えるより、携わりや、由来、モチーフになったものと関連付けてると自然に記憶に残ってるんだよな」
したり顔で説明してたら、水野の顔はどんどん容疑者を疑う警察官のような顔になっていった。
「……君絶対頭良いだろ?」
「そんなことないよー。数学以外ポンコツだよー」
知識をひけらかしたくなる自己顕示欲に負けたせいで、またも疑われている。1番だった事を言ってしまっても良い気がするが、下手にライバル意識持たれたりすると、いよいよこいつクラスで浮いちゃうだろうし。知らない方が学校を楽しく過ごせる事実だってある。
だが、俺がそう思ってることなんて知るよしもない奴がいる事実。
「え、和也くんは頭」
「おーい、帆奈美、そろそろ俺にも見せろよー!」
水野と帆奈美の間に割り込み、位置を取ろうとするフリで、屈む帆奈美の耳元でささやく。
「俺が頭良いことは水野には内緒で頼む」
「は? 何で?」
「自分より頭良い奴が気に入らんみたいだからさ。いーだろ別に」
「……ふーん」
変わらず望遠鏡を覗いている為、表情までは見えないが、どこか不服そうな返事に聞こえた。
だが、こちらに向けた顔は笑顔だったので気のせいだったのだろう。
「ダメだぁー、ぜんっっぜん見つからん」
「まだ15分と経ってないぞ」
帆奈美の諦め方に呆れながらも、優しい微笑を携える水野。さて、折角の望遠鏡を覗く機会。どんなもんだろうな。
俺は初めて天体望遠鏡を覗き込んだ。
広がるのは完全な暗黒だった……。何でやねん。
「おい、帆奈美、何も見えねーんだけど」
「あーうん、色々触ってたらなーんも見えんくなった」
てへへじゃねーんだよ。お前だけ感動して俺だけ肩透かしじゃねーか。ったく、えーっとこのしぼりみたいので、ピント合わせんのか?
「おい……これ、どうやって設定するんだ?」
やってみるが全然分からん。いや、分からんというか、あんまり変に触り過ぎて、更におかしい状態になるのが嫌だったが正しい。
「初心者には難しいだろうな。本来ピントの調整は最初の一回で、アイピース変えたりしない限りは倍率はそのままで見る事が基本だし」
「水野は出来るのか?」
「いや、夜にやるのは難しいな」
「なんじゃそら。じゃあ詰んでんじゃねぇか」
「あんまり初心者がこちょこちょいじるなよー」
俺たち3人の後ろで、空を見上げてコーヒーを啜ってるだけだった先生が、ぐいっとカップの中身をあおり、ポットの横のビニール袋の上に置いた。
「先生、お願いしても?」
「しゃーねーな」
そう言いつつ、多分水野に言われるまでもなかったのだろう、望遠鏡の前でファインダーを覗き込み、調整をし始めている。
「先生、こんな暗いのに調整出来るんすか?」
「質問は禁止だ」
「いや、活動に関する質問じゃねぇのに」
俺と話しながらも、ちょっとずつしぼりを触りながら、うんうん言ってるので、どうやらしっかり調整出来つつあるらしい。
「それでー、見つかりそうか。おうし座」
「それなんすけど、俺知ってんですよね。この時期、おうし座見れないの」
「……へぇ」
調整していた手を止め、俺の顔を見る樹神先生。その顔は何処かニヤついていて、狙い通りとでも言わんばかりだ。
「えぇ!? おうし座無いの!? めっちゃ探したんだが!?」
「おうし座は冬の星座だからな」
「
「そーなるな。テンション爆上げで星探す帆奈美面白かったぞ」
「ちょっ、なんか恥ず!! 何この初見殺しトラップ!! 先生何でこんな課題を!?」
暗闇でも分かるほど、顔を真っ赤にしている帆奈美の問いかけに、立ち上がって笑いかける。
「ま、これがうちの伝統行事だ。先ずはこの時期見えない星を探してもらう。見えない事を知ってても、知らなくてもな」
「見えないのに探す? 何で?」
帆奈美の質問は想定内というように、直ぐに説明しつつ、おいたコーヒーカップを目指す。
「そうすりゃ、空のあちこちを見ようとするだろう? 見つかったらそこで終わるが、見つかりようが無いんだから、活動の1時間、星空を見つめることになる」
そこまで言ってコーヒーカップを拾い上げ、俺と水野をそれぞれ見る。
「逆に見えない事を知ってる奴らは、どうするかっていうのも見ていた。まぁ、水野はこの活動の意味を分かってるし」
やっぱり水野は意味分かって付き合ってたのか。って事は。
「こっちのパターン、実際見てたのはあんたさ」
「俺? 俺の何を?」
真意を問うと、コーヒーを作り終えて、ニヤッと笑った。
「全く興味を持たないようなら、やめさせよっかなって」
「軽い調子でとんでもねぇ横暴ぬかしおる」
「いんだよ。毎年、星見る事に興味無いのに機材雑に扱ったり、星見たい奴らの気分下げたりさ」
うへぇと思い出して気分が悪くなっている様子の先生。だが、疑問が残る。
「俺、星見ることに興味ありそうでした?」
「ちゃんと星見の機材の価値を理解して、丁寧に扱おうとし、星を見る人間に意欲的に知識を説明し、ちゃんと星を見ようとしたろ?」
「確かに天体望遠鏡を通じて、星は覗いてみたかったけど、それ以外は、俺にとっちゃ当たり前の事をしただけだからなぁ」
「そういう人間が、部長向きなんだ」
「……ん?」
今何つった?
「てなわけで、
「うぇーい、和也ぶちょーじゃーん」
「はぁ!? 普通にここは水野だろ!? しかもこういうのやりたがるタイプの人間じゃん!」
「水野は無理。こいつ兄と違ってコミュニケーション能力皆無だから」
辛辣過ぎる……。そんなん絶対異議出すに決まって。
「確かに私では役不足か……譲ろう。道家」
「責任感じてるモード発動しとる……面倒くせぇ」
そんないきなり部長だなんて言われても。別に入りたくて入った部活じゃ無いのに、部長なんて責任、俺には……。
「良いんじゃ無い? 和也くん。かっこいいじゃん部長。しかも1年で。面接とかで使えそう」
「お前俺の重要ポイントしっかり突いてくるよな……」
帆奈美は相変わらず、俺の事が分かり過ぎていて、変なため息出るわ。しかも帆奈美からかっこいいとか言われるのちょっと嬉しいしな。
「ほら、部長。見てみたかった景色、見てみろよ」
先生がニヤニヤしながら、調整終わりの天体望遠鏡を指さす。俺はそちらへ向かい、先程は真っ暗だった視界を頭に残しながら、ファインダーを覗き込んだ。
「うぉっ……」
出した事のない吐息が漏れた。さっき帆奈美が見たのはこれだったのだろうか。
中央で輝く星に、他の淡い黄色の星が吸い込まれるように、螺旋を描くように、空に渦巻く花火を見ているかのような。そんな星々の煌めき。思うだにしなかったまさか星に目を奪われたという事実に、何故か胸が高鳴る。
「M101、回転花火銀河とも呼ばれる。春の銀河で一番あたしが好きな銀河だ。どうだ部長?」
「……そうっすね」
何となく顔を合わせるのが恥ずかしくて、望遠鏡を覗きながら呟いた。
他3人が何となく笑い合ったのが分かる。
そうして俺は、天文部の部長になる事になったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます