前世で「つまらない」とフラれた挙句親友に寝取られたので、第二の人生は破滅するくらい遊び尽くしてもよろしいでしょうか

阿野ヒト

仁、覚醒

ひとしくん。あなた、真面目過ぎるのよ。ハッキリ言って、つまらないわ」


 ……先日、二年間お付き合いしていた彼女にフラれた。


 無遅刻無欠勤で会社の成績はそこそこ。これまでにルールというルールを破ったことは無く、たまに友達や上司から「遊びに行かないか」とキャバクラに誘われたことも有ったが、そのすべてを断ってきた。


 それこそ、浮気など考えたこともない。今の職場で出会って付き合い始めて以来、ずっと彼女一筋で、結婚を前提にお付き合いしていた。


 そのはずだった。


 どうやら彼女は、そんな平々凡々とした僕のことを快く思っていなかったみたいだ。「つまらない」というたった一言であしらわれた。まるで二年間、一緒だったのがすべて嘘だったかのように、簡単に。


 それでも僕がまだ彼女のことを諦めなかったのは、同僚であり親友の亮が僕のことを励ましてくれたからだった。


「お前は正直すぎるんだって。色々と損してるだろ。もっと気楽に生きろよ」

「まあ元気出せって。俺からも上手いことあいつに言っておいてやるからさ」


 棘のある言い方も少しは混じっていたかもしれない。それも彼なりの励ましだったに違いない。そう信じて疑わなかった。

 

 それよりも、そうだ。もう一度だけ、彼女とちゃんと話し合おう。それでダメなら今度こそ諦めよう。


 そう思った。思っていた。いたのに……。


「え……」


 ……ボトリと手元から鞄が零れ落ちる。

 仕事帰りの真夜中の横断歩道。赤信号で立ち止まっていた僕は、目の前の光景にただただ言葉を失った。


 それは向こう岸にいる二人の男女。胸に腕を押し付けたり、足を絡ませたり……執拗に身体をくっつけ合うカップルの姿。


 一見、どこにでもいるようなイチャイチャカップルだ。見て見ぬふりをすることはあっても、じっと観察するような事柄ではないはずなのに。


 ―—カオル?


 ……やっぱり、そうだ。見間違いなんかではない。見たことすらない真紅のドレスを着ていたからぱっと見気づかなかったけど……あれは、僕の彼女だ。


 僕は答えを探るように、隣の男のほうへ視線をやった。

 そして言葉を失った。

 何かの見間違いだ。きっとこれは誤解なんだ。頭に必死に言い聞かせた。目を擦り、何度も何度も自分の目で確認した。


 だが、見れば見るほど理解してしまう。嫌でも目に入る。真夜中でもよく目立つ金髪が。ここからでもよく見えるあの長い襟足が。


 僕の彼女と濃厚なキスをする亮の姿がッ!!


 二人は自分たちの世界に夢中でこっちに気づいていないのだろう。抱き合い、愛し合い銀色の糸を引きながら、ホテル街のほうへと歩いて行った。


 信号が青になった。と、とにかく後を追って問い詰めなければ。僕は、二人の後を追いかけようと、足早に白線を踏みしめて。


 ――気づけば、視界が反転していた。


 え?


 もはや何が起こったのか分からない。ただ身体が熱い。とにかく熱い。身体中が痛くて熱い。クラクションの音。甲高い悲鳴。とにかく辺りが忙しない。うるさくて、うっとうしくてたまらない。というかそれどころじゃない。動かない。力が入らない。どんどんすうっと自分の中から抜けていく。


 終わった。


 そう直感すると同時に、僕の一生涯の記憶が走馬灯のように流れていく。


 小さい頃から、懸命に生きてきたつもりだった。ルールを破るのは、ダメだからと習ったので、ちゃんと守ってきた。人の嫌がることはするなと学んだので、人に好かれる行いをやってきたつもりだった。人を裏切ってはいけないと教えられたので、信用される人間になろうと一生懸命に……。


 だけれど……なるほど、確かにこうして見てみると、どこにでもあるようなちっぽけで刺激のない人生だ。これは、不幸になるのも無理はないのかもしれないな……。


 ………………。

 …………。

 ……って、そんなわけあるか。


 ああ、くそ! なんで僕がこんなことに! 

 真面目に生きてきたことがそんなに悪かったのか!? ルールを守ることがそんなにバカげたことだったのか!? 人の嫌がることをして生きながらえることが、この世の正義なのか!?


 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ噓だ噓だ噓だ噓だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ噓だ噓だ噓だ噓だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘嘘だ嘘だっ!!!!


 …………そうだ。これが真面目に生きてきた結末なら。こんな目に合うのなら。こんな仕打ちを受けるくらいであればっ……!


もっと、もっと―――――――――――――――――――っ!!


「りょうううううううううううううううううううううううううううううううう!!」


 僕は、叫んだ。とにかく必死に叫んだ。

 この声が、誰に聞こえてなくたっていい。最悪な死の断末魔となっても構わない。


「――おめでとうございます、奥様!」


 それでも僕は、裏切ってきたあいつの名前を叫ばずにはいられない!


「りょううううううううううう! りょううううううううううううううううう!」


  信じていたのに……! 僕は心の底から、君のことを友達だと思って……信頼していたというのに!


「良かったですね~! 力強く泣いて、元気な男の子ですよ!」


  許さない! 何が有ってもあいつだけは絶対に!!


「りょううううううう!! りょううううううううううううう!」

「うむ。今日よりめでたい日もあるまい。シリア、今夜は御馳走だ。腕に縒りを掛けて準備を致せ」

「かしこまりました、旦那様」


 …………。

 ……亮、お前のことは死んでも恨んで、


「どんなもんかと思えば、案外ブッサイクなのね」


 ……って、さっきから黙って聞いていれば、失礼なんですけど!?

 なんなんだ! 寄ってたかっておめでとうだの、めでたいだの! 親友に彼女を寝取られるのが、そんな楽しいですか!? 挙句の果てにはブッサイクって、言いたい放題すぎるでしょ!


「あら、こいつ泣き止んだわね。生意気」


 なにこれ。さすがの僕もキレそうだ。いやキレてたけど。


「レイア嬢様。お言葉は慎まれますように」


 そうだ。そうだ。もっと言ってあげてくださいよ。

 というか自分のことをカッコイイと言うつもりはないけれど、そこまでひどい顔もしていないはずだ。


 …………。

 ……いや、なにかおかしくないか、これ。

 僕はいま誰と会話してるんだ。僕は死んだんじゃないのか。

 というか、さっきからパチパチと拍手の音が聞こえてくるけれど、これは。

 そんな疑問を抱いていると、突然持ち上げられるような浮遊感に襲われた。


「ほうら奥様も、ご覧ください」


 ちょっ……。

 訳も分からず、僕はゆっくりと瞼を開いた。眩しい光が差し込んで、思わず目を細める。

 そこにいたのは、綺麗なブロンド色の髪をした一人の女性だった。瞳に涙を浮かべながら、優しげな笑顔で僕のことを見つめていた。

 

 その女性は、そっと手を僕の頬へ差し伸ばしてきて……。


「坊や。生まれてきてくれて、ありがとうね」


 ……んえ?

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