見つからない探し物
葉瀬紫音
第1話
その時私は、ただ毎日を生きることが辛かった。
特別不幸だったわけではない。
お金には困らない普通の家庭に生まれて、母は気分屋で他の家庭と比べて厳しかったが、ニュースで流れるような酷い虐待を受けたわけではない。
小学生から中学生にかけて、そろばん、ピアノ、習字、水泳、器械体操、陸上、ミュージカル、塾、と様々な習い事を掛け持ちしていた。だから、運動、勉強、音楽と、どの分野も人よりはそこそこでき、学生時代にこれらのことで困ることはほとんど無かった。
高校は地元の進学校に入り、大学では数学を学びたかったが、担任の先生に大反対され、反論もできず、その場の流れに乗り、泣く泣く地元の大学の保育学部へと進学した。
しかし、数学と関わっていたいという気持ちを抑えられず、現在は田舎の小さな個別指導塾で塾講師として働いている。
二十三歳、独身。彼氏いない歴=年齢。名前は鳥羽山 日向子。
そんな、一見ある程度恵まれているような、不幸では無さそうな私が、何故毎日に辛さを感じているのか。
それは本当に、自分自身でも明確には分かっていない。
しかし、日常のふとした瞬間に、消えたくなるのだ。
例えば、それほど親しくない人に送ったメールの返信が丸二日返って来なかったとき。
例えば、会社の社員との食事会で、自分だけ話の輪に入れなかったとき。
例えば、入社したてのころ、仕事でミスを連発して落ち込み、ミスを減らす為にゆっくり仕事をしたら、上司に「何でそんなに遅いの?」と言われたとき
例えば───
挙げたらキリがない。
ただそのような、本来それほど気にしなくても生きていけるような、ほんのちょっとした出来事にいちいち傷ついて、消えたくなる。とてつもなく苦しくなる。
そんなことを気にしても仕方がない。気にしたところで何も始まらないのだから、もっと気楽に生きれば良い。
そんなこと、分かっている。でも、頭で分かっていることと、実際にそうできることとは違う。
毎日人と会う度に不安が耐えなくて、誰といても楽しくなくて、帰ったら今日一日の反省会を一人でする。そんな虚しい毎日を送るだけ。
「誰か、助けて…。」
苦しい時は、ふと、そう呟いてみる。
しかし、こんなことを相談できるくらい心を開いている友達も、彼氏もいない。そんな私に返ってくる返事などない。
その事実が、私を更に苦しめる。
このままずっと、一人なのだろうか。
ずっと一人で、漠然とした不安と苦しみを抱えて、それでも他人には作り笑顔を見せ続ける。
心では傷ついていても、顔では笑って、悩みなど特に無いように演じて、一つ、また一つと本当の自分を失って…。
意味も無くそんなことを続けて、いつかは中身が空っぽの、つまらない人間になるのだろう。
そう思っていた。
だから、彼に初めて出会ったときも、私は特に何も感じなかった。
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