オールド・ウォリアー

仲村戒斗

第1話

「ほれ、老いぼれのスクラップにはとても見えんじゃろう」


 宙に殴打する動作を繰り返す、磨き上げられた金属質の駆体。つい先ほど工場から出てきたばかりかのように年季を感じない。それもそのはず、外装に当たる部分は下ろしたての新品だ。


「メインフレームもガタがきておったからな、最新のものに取り替えたわ、やはり千年違うと滑らかさが違うわい」


 関節の軋みもなく、入れたばかりの潤滑剤は傷のない部品同士を円滑に噛み合わせる。動力はより馬力の出るモーターを導入したらしく、巨体を軽々しく動かした。動作チェックをひとつずつ重ねていく様を関心しながら眺める。なるほど、新調する前も十分に洗練された躯体だと思っていたが、こうしてみると関節構造のアプローチがまるで違うことに気づく。可動域はさほど変わっていないものの、負荷が減っていることを観測できた。老年だが、同じ部隊どころかこの星にいる誰よりも最新の躯体を持っているのではないだろうか。


 彼の体で誕生から継続している部品はほとんど存在しない。メモリーチップやパーソナルシステム、そして唯一替えの利かない部品であるハートユニットを除けば全てが交換されている。

 劣化に対する恐怖心が誰よりも強く、型落ちであることが耐えられず、ことあるごとに新調していたらしい。いつからそうなのかはわからない。いくつもの時代をまたいできたはずだが、その全てで姿が違ったのかもしれない。それほどまでの徹底ぶりは異常に映る。


「怖くないんか? 誰だって新しいボディの方がええじゃろ。古くさいフレームだと動きも悪い。奴らに遅れを取る。いいことなぞ何もないじゃあないか。あんたもいっそ全取っ替えしたらいい、気持ちがええぞ」


 魅力的なご提案だ、けれども遠慮しよう、と断る。

 ずっとこの体で戦ってきた。装甲の一部こそ大破による部品補填はあれど大部分は製造時からの部品だ。補填したものも素材、設計そのままに同等品を用意した。設計思想、デザインに拘りと愛着がある。まして彼のように根本的な駆体デザインすら完全に一新するようなことは考えられない。ハートユニットと引き継いできた識別タグで彼が彼であることを認識できるが、ほんの数百、いや数年でも会っていないだけで容姿から彼を導き出すことは不可能だろう。そのようなこと、耐えられるわけがなかった。躯体を捨てずともメンテナンスを適切に行えばいくらでも保つし、そうやって生きてきている。変わらずこのまま生き抜くつもりだ。


「儂らは何百万年も戦っとる。戦えば傷つく。命を落とす者もたくさんおる。メンテナンスしておるとはいえ軋みは免れんよ。僅かな軋みによってあんたもスクラップになるぞ。せっかくの機械生命体じゃ。パーツ交換が気軽にできる強みを生かそうではないか」


 交換することが魅力的であると勧めてくるが、それは果たして強みと言えるのか。

 確かに機械生命体である我々はハートユニットとデータをそっくり移し替えれば、全く別の身体であっても自己を保ったままでいることができる。実作業が簡単かはさておき、可能であることは有利だ。部品の劣化による挙動の非円滑化は制御機器への過負荷を起こし余計な処理が必要となる。0.01秒の判断が必要な場面が戦場にはあるだろう。


 潤滑剤の塗布やデータの最適化程度では補えない老朽化は確かにある。けれども、彼が劣化に対して恐怖を感じるように、生来の部品を変える事で自己同一性の喪失が起こるのではという恐怖もまた存在するのだ。感覚、意識に関するプログラムはそっくりそのまま新しい部品へ移し替えられるとしても。


「例えばあんたがもし新しいボディに変えれば、戦闘能力が増し、この戦争に勝てるかもしれんのだぞ」


 それは勿論考えた。戦士も減り、資材も減り、いつまでも勝てない。それなら勝てる可能性を少しでも上げた方が良い。けれども、最新ボディに換装している戦士が活躍したって変わらない戦況だ、それがわずかに増えたところで覆る戦争でもないだろう。


 ここは惑星ネビリオン。数百年も戦争が続く、支配された惑星。


 もはや常設と言っていい期間設置されている臨時基地。ここでは戦士達が次の戦闘に向けてメンテナンスや、作戦会議を行っている。彼のようにボディパーツをごっそりと交換するものは少なくない。


 しかしそこまですることはない。新品に変えたその身体と比較すれば古臭く見えるだろう。けれども十全にメンテナンスされ、検査により状況動作に問題がないことは証明されている。劣っているなどということはないはずだ。そう、アプローチが多少異なる、というだけで。


 だがそれにしても……どうしてここまで長期化してしまったのか。もはや支配側もなぜ支配したのか分からなくなっているのではないか。しかし敵は減れば増員され、新兵器も投入される。必要な拠点であることは間違いなかった。こちらも減れば本星から人員は派遣される。だがそれは大抵万全ではない。故に勝てないでいる、と思われる。こちらは重要な拠点とも思っていないが、失うわけにもいかない、そんな半端扱いのように思えた。互いに均衡した戦力故にいつまでも終わらない、同じことを繰り返すだけの戦争。


 機械生命体は寿命が半永久的に続く。破壊されたり、エネルギー補給やメンテナンスを怠らなければいつまでも平穏無事に生きられることだろう。故に、彼は全身のパーツを入れ替えてでも良い状態を保ち数万年生き続けている。一方でメンテナンスを怠らずに継続した部品の使用をし、数万年を生き続けている。


 この戦場に長く居過ぎたせいか、これが平常なのだと認識してしまっているように感じる。平和な日常に戻りたいと希望を持ち、日々戦っているはずなのに、もはや平和だったときの記憶はノイズが混じるようになっていた。自己同一性を保っていると自信を持っていたのに、逆に失う結果になっていたとでも言うのだろうか。

 いやそんなはずはない。不要データが邪魔をしているだけだ。メンテナンスソフトを起動させ、日々蓄積される一時使用データをまとめて削除。これで記憶はクリーンなはずだ。しかしなんとなく確認する気は起きなかった。


 数百年も続く戦争が正しいはずはない。体を新しくし続ける者達はもはや戦争を当然のものとして受け入れている。開戦後に生まれた世代が多くなる中、平和な時代を生きた老兵までそうなってはいけない。戦争のない世界を若い世代へ見せることが役目のはずだ。そう戦う意味を再確認していた矢先、老兵は一方に目を向ける。


「彼らのような若い世代が未来を切り開くのじゃろうさ。儂らは戦っておればいいのじゃよ」


 視線の先には仰々しい高速航行艦。そしてそれに搭乗してきた戦士達。識別タグによって情報を閲覧すると、基地の指揮官と言葉を交わしている、赤いボディの彼はリジサイス。艦から続々と降りてきている傭兵部隊のリーダーらしい。長期化し終わりの見えないこの戦争を勝利へと導くべく派遣されたのだ。結成されてあまり日が経っていないようだが、立て続けに戦果を上げているようだ。しかしまだまだ若輩の部隊であるため気軽にネビリオンへ呼べた、ということなのだろう。歴戦の傭兵ならこんな何百年も停滞している戦地へなど来ない。


「多くの戦場で活躍する戦士が派遣されればネビリオンもすぐに奪還できていたじゃろうに。銀河中で戦争をしておる我が種族の自業自得かの」


確実にそうだろう。銀河中で最も忌み嫌われている種族と言っても過言ではない。対立し続け、先住民のいる惑星へ踏み入り争う。多くの地で他の尊厳を踏みにじり続けている。


「じゃが元はといえば奴らが反乱を起こしたことが原因で、こちらが責められる謂れはないはずじゃ」


 確かにこちらは被害者かもしれない。かもしれないが、今この戦場のように奴らを退けられず居座らせているところからもはや同罪ではないか。反乱を起こしたのも、虐げられ続けた者達の解放だというような声明を、数万年前に奴らの指導者は言っていたはずだ。これは本星での差別的情勢が招いたもの。こちらが一方的な被害者でいられるはずがない。以前、差別的扱いを受ける市民を目撃したことがある。紛れもない事実だ。


「事実であろうとも、奴らはより非道な振る舞いをしておるじゃろ。同じじゃとは思いたくないのう。高度な知能を持ちながら、話し合いではなく殺し合いをしておる。圧政による平和? そんなもの平和とは言わん」


 それは理解しているつもりだ。だからこちらに属し戦っている。平和に対する思想が違う。


「リジサイス部隊がこの戦場を変えてくれると期待しているのじゃが。何人の兵士を倒したじゃとか、新兵器を鹵獲したじゃとか、そんな細かい勝利ではなく、ネビリオンを取り戻す大勝利を得たいのじゃ」


 ネビリオンを奪還したいのは同じだ。終わりの見えない戦争など今すぐにでも終わらせたい。しかしたった十一人増えたところで戦況が一変するだろうか? 今までも戦争の初期は名のある戦士が招集されていた。結果はどうだ。有名無名等しく一介の戦士としてこの惑星に囚われ続けている。数で言えば既に奴らの兵士よりこちらの戦士が上回っているはずだ。それなのにこのざまだ。ましてや結成して間もないような新参の傭兵部隊、戦場に呑まれるのが関の山となるに違いない。残念だ。このような者を生まないために早々と終わらせてしかるべきだったのだ。


「そう悲観するでない。彼らの実力も見ぬうちに評価するものではないぞ。新世代の方が戦闘に最適化されたハートユニットを持っているやもしれん。いくら身体を新調しようとも追いつけないような、生まれながらの才を。戦場は儂ら老兵ではなく、優秀な新兵が担う時代かもな」


 期待しているよ、と一笑に付す。新兵はベテランのサポートあってこそ経験を積める。中心となって戦場を駆ければスクラップだ。


「ま、今にわかるじゃろうて。ネビリオンに何をもたらすか」


 いくら経年劣化のないハートユニットでも、思考を継続していれば劣化を防ぐことができないのだ。もはや新世代に勝利を委ねるようになったのは情けないこと極まりない。老兵が夢を見てどうするというのだ。





 ……そして戦争は彼らによって終わる。

 数百年に及ぶ戦争が全く無駄だったかのように、リジサイスらの戦力は停滞しきっていた戦場を活気づかせ、敵を一掃するために最適化し、見事にネビリオンを奪還した。


「素晴らしい活躍じゃったのう、これで平和になる!」


 身体を新調した老兵も傷だらけになりながら勝利を喜ぶ。そうだ。戦争に勝ったのなら喜ぶのが当然だ。なのに、全く喜ぼうという感情が湧かない。理由は明白だった。

 新しく派遣されたリジサイスら精鋭の活躍で戦争が終わったことにより、自己同一性を失っていると明確化したからだ。

 敵に立ち向かう立派な戦士などではなく、個別の意思が不必要な軍勢の一部でしかなく、そして事態を変化させることもできない無価値な存在になってしまったと。長期化する戦争で我々は個性をそぎ落とされ、並列化されたのだ。誰でもない、勝つでもなく負けるでもなくただ戦い続ける機械達。


「お前も勝利を喜ぼうではないか、悲願じゃぞ!」


 自己同一性を失った無価値な自己は同様に勝利を喜ぶ。勝利の代償は決して小さくない。数多の戦場と比較すれば、圧倒的に死者は少ないだろう。だが、この戦場が失わせたものは大きいはずだ。


「何百万年も永らえたその体、ついに新調するときが来たのではないじゃろうか。次の戦場まで、ゆっくりアップグレードするといい」


 外装はほとんど剥がれ落ちていて、手足のフレームは歪んでいた。ハートユニットや付随するパーソナルシステム、メイン回路は無事だった。物理的には。

 躯体については勧められるというより、そうせざるを得ない状況らしい。これまでずっと守ろうとしていたものなんて結局その程度でしかなかった。いずれ壊れれば新調する時が来る。来てしまえばそうすればいいのだ。悲観的でもなんでもなく、自然な振る舞いで。


 これまでの葛藤がまるで錆びきった金属かのように脆く崩れ去っていく。彼に倣って、いや“我々”は同様に躯体の新調を望む。この動くこともままならないかつての“我々”を脱ぎ捨てて。それぞれの境界線が曖昧となり、差を感知できなくなる。これは故障か? 違う。これでいいのだ。この惑星で何百年も共に戦い、並列化されてきた“我々”はついに勝利を掴んだ。たとえそれがリジサイスらの力が大きいのだとしても、この事実は揺るがない。その最大要因は自己同一性を捨て、自他同一性を得たからだ。同様に誇らしく思っているはずだ。この躯体に刻まれた数々の傷を。これまで交換されてきた部品達を。儚くも失ってしまった我がハートユニット達を。全てが欠けることなく勝利を祝う。勝ったのだ。嘘偽りなどない。


 “我々”は手首を失った腕を掲げ、音声ユニットが故障せんばかりに叫び続けるのだ。

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