13話「夏の宴の裏側で」
「アカシックレコードだよ」
嫌な予感は、外れようがなかった。
空気が一言で張り詰める。
「どうしてそのことを!?」
「とある筋からの依頼でね。僕にも一冊用意してくれないかな、もちろん、料金がかかるというなら支払うよ」
「……色々と伺いたいことはありますが、その要件であれば承諾します。後日日程を決めましょう」
「急を要する案件でね、今日中に必要なんだ」
「そう言われても、具現化はそうやすやすとはできませんよ。つい今しがた使用したばかりなので、最低でも24時間は使用できません」
今までいくつか世界を見てきたけれど、欠点のような部分も見受けられた。
例えば
本を具現化できるが1時間のみ。それも使用後24時間は再使用不可。具現化は使いどころを見極める必要がありそうだ。
「それは困ったね」
そうなると当然男の視線の先も変わってくる。
「であれば君達にお願いしたい、そのアカシックレコード、急ぎでなければ僕に譲ってくれないかな?」
「譲るのはかまわないよ。でも何に使うの? それだけは知っておきたい」
「ふん、残念ながらそれを必要としているのは僕ではなくてね。何に使うかまでは知らないんだ。それで許してもらえないかな?」
「じゃあ依頼主は誰? どこに持っていくつもりなの? そもそも中身見てわかるの?」
嫌な感覚だ。あの人を信用できないっていうのはもちろんあるけれど、それ以上にさっきからずっと気に掛かって仕方がない。
私の中にいくつもある点、それが結ばれて一つの形を成そうとしている。
なぜ彼はここに来ることができたのか、
「僕はね、なるべく平和的に話が進めばいいと思っているが、譲歩できてその問いまでが限度なんだ。僕がその問いに答えれば、君はそれを渡してくれるのかな?」
今までは穏やかな話し方だったけれど、今のは明らかに違っていた。威圧的な声と言葉。脅しにも思えるそれに、恐怖を感じなかったといえば嘘になる。でも、その怖さをぎゅっと握りしめた右手で握りつぶす。
「……答えによるよ」
「残念だね」
眉を
平和なまま収まるのが私にとっても理想的だ。本音を言えばアカシックレコードだって、後日でも問題はなかったのだから。
なら私の選択は間違いだったのだろうか。
いや。そんなことはない。今も頭が不安で占領されているんだ。ここで争ったとしても、最悪な未来だけは避けないと。
「それならばここまでだよ」
みんなに負担をかけてしまうけど、やむを得ない。
が、男は立ち向かって来ることもなく、何事もなかったように翻った。
「こないの……?」
その背中に思わず呟いた。安堵という油断をしてしまったんだ。
「え?」
後ろの
反射的に振り返って見えたのは、彼女の手から離れ宙を舞うアカシックレコード。無意識に手を伸ばして、掴み取ろうとした瞬間だった。
私の手は、空を切った。
掴み損なった、なんてことはありえない位置だ。
「消えた?」
今のは何?
深く考え込むまでもなく、答えは出る。世界以外にはあり得ない。
「あいつ消えたぞ!」
「くそっ! やりやがった!」
「まんまと出し抜かれたね」
「出し抜かれたね、じゃないでしょ!? このまま逃す気?」
「箒」
「追いかけようにも姿が見えないんじゃ無理よ。向かう先もわからないわ、大人しくまた明日ここに来ましょう」
皆んなの足が止まる。
「———それじゃ駄目だ」
このままじゃ最悪な結末なんだよ。
「ちょ、っと
確証はない。決定的な情報が欠けているから。でも、今じゃないと手遅れになるかもしれない。
「どこ行く気よ?」
後から
「
「そこにあいつらがいるわけ?」
「多分ね」
「多分か。まっ、当てがないよかマシだな」
「ふん!」
「でもどうしてそこだってわかるんだい?」
気づけばみんな、箒に乗って後に続いていた。
箒で移動するにしても数分はかかるし、ちょうどいい機会だ。
「まず気にかかったのは、私に送られてきたメッセージの時間。
「それは俺も思ってた。本人の話だと仕事は20時までらしいな」
「ってことはなに? もしかして騙されてたの? 本当は20時までに着けば良かったってこと?」
「いや、今日だからその時間なんだよ。仮に私達が来ていなかったとしても———」
「
「うん、そうなんだろうね」
「それ本気で言ってるのかしら?」
「本気だよ。目的はわかんないけど、メッセージをくれた人は私達を引き合わせたかったんだ。
最初は
だいたい、
「そして
「
そう。未来を見通せるなら、
「まだ分かりきっていないんだけど、
わざわざ
「それを言うなら、僕たちが知らない世界を使ったって考える方がまだ納得できるよ。現に彼、僕たちの目の前から一瞬で消えて見せたわけだし」
「彼がどういう世界を使ったのかわからない以上、その線は確かに捨てられない。でも未来を知る方法については一つ、心当たりがあるの」
「……必偶然」
それだと
「それとは別だよ、
もしそう仮定するなら、
でもそれだと少し辻褄が合わない。なら答えは一つだ。神様の声が届く人物、それは
「でもそれでなんで北乃神宮になるんだい?」
「ここからは完全に私の推測。神宮に行って何もなければそれでいいんだけど、万が一
そして今日神宮で開かれている夏祭りの名前が、『
「さっきも気になったんだが、一体何を止めるんだ?」
「
おそらく、神様の世界は二段階への覚醒に至ることで人ではなくなるのだろう。それが神に成る、
それになぜアカシックレコードが必要なのかはわからないけれどその場合、多分平和的には終わらない。今のうちに対策を練っておく必要がありそう。
「着く前に話しておくね、今起ころうとしてることと、私がどうしたいか」
私の推測が正しくて、繋がったピースが一枚の絵になるなら、それこそその絵を書き変える必要がある。違う結末を用意しないといけない。
私に世界はないけれど、みんなが協力してくれるなら、私も、私好みに世界を変えられる気がするんだ。
だってそうでしょ?
いつだって世界は、私でできているのだから。
✳︎ ✳︎ ✳︎
この世は存外、どうでもいいことで溢れてる。
テストの点数が何点だとか、あの子はだれだれのことが好きだとか、このアーティストが最近の流行りだとか。
誰かからそんなことを聞かされる度に思うんだ。
悪いんだけど、どうでもいい。
悪く言うと、くだらない。
なんで? 興味ないの?
そんな風に聞かれても困ってしまう。だって、私は私の世界のことで精一杯だから。
私を幸せにするために手一杯だから。
私の好き、や大切は、そこにないから。
目に付くもの片っ端から手に取って、
私の世界は今日も、私の色で染まってる。
私の普通で、私の常識で、私の価値観で決めている。
くだるかくだらないか、好きか嫌いか、白か黒か。
くだるから興味を持つし、好きだから深く、深く、探求する。その過程で白く光るものもあれば黒ずんでいくものだってある。
私は世界をそんな風に創っているんだ。
✳︎ ✳︎ ✳︎
黒い雲が空を覆って、世間は静かに今日の終わりを受け入れ始める。明日になったらまた日が昇って、いつも通りの晴れた空が見られると、疑うことさえ知らずに。
天気予報では雨。夜の終わりと一緒に雨雲が通り過ぎていくらしいから、それもきっと仕方ないことだ。
少しだけ空気が湿ったような感覚を肌で感じながら、地に足をつけた。
「すげー久しぶりに来たわ、
石造の階段が数段続いて、視線が上がる先は鳥居。
そこから先が、北乃神宮。
灯籠が点々と灯って、夜の表参道は幻想的な雰囲気に包まれている。
「僕もだよ。夜だと灯籠が灯ってるんだね」
本殿まで続く並木道には十数人。奥に見える神門前の広間には数十人と人がいた。
屋台もちらほら見えるけれど、本殿は神門が閉ざされていて見えない。
「こんな時間でも随分と人がいるのね」
「……イベント?」
「夏祭りらしいよ」
私が答えた。
巫女装束の人が結構いるけれど、一般の人も多く見える。
「まいったな、これじゃあアイツがいるかどうかもわからねぇーぞ」
「いや。残念ながら来てるっぽいよ」
表参道の先を見つめながら、「あっち」っと歩き出した
「目に見えなくても繋がりは辿れる、か。でも
「敵だよ、こんなギザギザで赤黒い線、初めて見た」
「敵って、繋がりなの?」
「繋がりでしょ。私の世界は人同士なら関係性で繋ぐの。初めて会った人なら知人の繋がり、よく話す人なら友達の繋がり、仲の悪い人は
なにそれ、
「逆に個人が特定できないと繋がりは作れない。ネット上だけの知り合いとか、顔も姿もわからない人とかね」
だから
「
多少大袈裟に聞こえたけれど改めて考えれば、お金を払って買った本を盗まれたわけで、犯罪なのは間違いない。窃盗、だから敵か。
納得したところで閉ざされた神門の前まで辿り着く。
「それは大変でしたね」
一人ではとても開けれそうにない扉を正面に見据える、巫女装束。
ひらりと振り返る仕草にさえ華があるその人は、私が最近知り合った女性だった。
「ようこそお越し下さいました。今宵を終えれば50人、
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