11話「不可解」
7月も過ぎ去り、夏もいよいよ盛りを迎える。
夏休みは、まだまだ序盤戦だ。
普通の女子高生なら休みを謳歌するところだけど、あいにく50億円と、企業の決算でしか聞かないような額の借金を抱える私は、一生に一度しかない高校二年生の夏休みを労働まがいのことに費やしていた。
「進行はどうだ?」
1日目というか一昨日。彼女を探すことになったのが16時前。ほとんど行動方針の決定で終わった。
2日目からいよいよ行動開始ということで、各々動いてきたわけだけど、今日はその翌日。その成果の報告として集まっているわけだった。
「……」
そもそもみんなの表情を見ればその答えもおおよそ想像がつく。
「まぁ、そう上手くはいかねーか。
「そうね、簡潔に言って一言。考えが読まれてるわ」
「どういうことだい?」
「考えてもみて、相手は私達の世界についての情報がある。そんな中、情報提供の依頼を
「そういう事か」
「ええ。身元が特定される危険性があるため、別名義での契約じゃないと了承しないそうよ」
考えてみれば、それもそうだ。
「で、
「こっちも外れだ」
そう切り出して、
「
「なんで? まこみこがいるじゃん」
「1番の原因は、
ついでに言えば、
初対面から
「僕もその場で聴いていたけど、言葉に嘘はなかった。唯一あった
「どう
目線が合ったのは
正直なところ想定外。最初からここまで見越した上で情報屋を続けているんだから、相当な切れ者だよ、
「ちょっと、考えさせて」
今の私には、それしか言えなかった。
それからみんなで別の方針を決めるべく話し合ったんだけど、有力なものは一つも出ず。
集まった時には青かった空も、夕暮れで綺麗な色に変わっていた。
今日だけでもう三度目の休憩を取りに、私は一人屋上に向かった。
錆と長年の経年劣化で建て付けが悪くなった金属の扉を、力一杯押して開ける。
開いた途端に差し込んだ光で、ちょっとだけ目が眩んだ。
階段へと続く扉を閉めて、屋上をぐるりと囲む手すりに身を預ける。
「あ、そういえば」
携帯の日付が目に入って、
今日は北乃神宮で夏祭りがあるんだった。
気分転換にはちょうどいいだろう。みんなを誘って行こうか。
「屋台とか出てるのかな」
携帯から北乃神宮のホームページへ飛んでみた。
灯籠が夜の神宮を灯す中、ズラリと並ぶ屋台と浴衣姿の人々。そんな絵が目に入る。
「第50回
どこかその言葉が気にかかって、口を吐いた。
ピコンって音が鳴ったのはその時だった。
メッセージなのはわかるけど、誰からだろう。
「あ……お母さん」
そう言えば数日前にメッセージを送っていた。返信返すの遅すぎないって、思いながらもほんとはちょっと安堵してる私がいた。
「……え? どういうこと?」
そこからだった。
メッセージを開封して、事態が一変することになる。
書いてある内容があまりに不可解だったから。全然頭に入ってこなくって、もう一回声に出して読み返す。
「
どういうこと?
文面を読み返してみても、思い至るのは最悪なシナリオだ。
行方不明。49人。神様から未来の出来事を信託。書き変え。神成。第二段階。
読み返す。
違いない。
読み返す。
違いない。
読み返す、読み返す、読み返す、読み返す。
———違い、ない。
何度読み返しても、それがそういうこととしか思い至らない。
「……ぃぃゃ、待って。違うでしょ……そんなわけない……そもそもなんで……?」
繋がらない。そうだよ、繋がらないよ。
意味がわからない。理由がない。
ピコン。
「……メッセージ?」
普段使ってるチャットアプリ、レインじゃない。電話番号からメッセージを送る機能の方。
誰から?
知らない電話番号に、知らない情報。
8月2日19時48分。記書店。
内容はそれだけ。
送信主は誰? 何の目的で? 何で私達が
「
思い至るのは彼だが、こんな回りくどいことをするだろうか?
電話番号から送られてきたメッセージ。ということは、
「電話、してみる……?」
みんなに話した方がいいだろうか。
ふと
『お前、誰かに恨まれることした覚えはないか?』
私を狙う何者かがいるってこと?
でも送られてきた情報は、嘘でなければかなり有意義なものだ。
迷ってる、暇はなかった。
「
私はみんなに相談することを選んだ。
「本の覚醒者なんだし、本屋さんの人ってこと? 単純過ぎて怪しくない?」
「でも他に当てがないのも事実よね? 敵対するつもりならこんな回りくどいことするかしら?」
「……わな?」
「行くなら早く決めた方がいいんじゃないかな。書かれてる住所、ここからなら箒でも10分はかかるから、急がないと間に合わなくなるよ」
打てる手は早めに打つ他ない。
「……電話、してみようと思う」
「繋がる? 電話できるなら最初から電話して来いって話でしょ」
知らない番号からの電話でも、
「電話だけなら僕たちにリスクはないだろうし、いいんじゃないかな」
「うん、そのつもりだよ」
私はもう、覚悟が決まっている。
握りしめた携帯から視線を上げる。視線が合ったのは、
「お前に任せる」
たった一言だった。
一見投げやりにも思える言葉だったけれど、信じてるから判断を委ねる。そう言われてる気がして、「うん」って頷いて返した。
携帯をタップして発信画面に切り替わったから、みんなにも聞こえるようにスピーカーモードに切り替える。
電話が繋がるまでの、誰も何も言わない間を、ただただ発信音だけが埋めていた。それが唐突に途切れて、画面に浮かび上がる通話中の文字。
見合わせていた全員の顔が、合図もなく携帯に向かった。
「……も、もしもし」
「———もうすぐよ、頑張って」
「あっ、あの———」
電話が切れら、通話が終了した。
時間でいえばあっという間に終わったんだろうけど、実際には「あ」としか言えなかった。
聞きたいことは何も聞けなかったし、謎の言葉だけ残されてむしろ分からないことが増えただけだ。
「今の声、聞き覚えは?」
声からして性別は女の子。年はそう離れていないんじゃないかな。思い当たる人物なんていない。
「もうすぐよ、頑張って……一体なんのことかしら?」
それについてもまったく身に覚えがなくって、「わからない」って
「どうせ電話に出るならちゃんと要件話せって感じだよね」
「そうできない理由があったんじゃないかな? 声だけじゃ世界で判断できないから確証はないんだけど、敵対するつもりはないと思うよ」
「ふん!」
「それにしては不可解な点が多いわね」
きっと
一番はやっぱり、どうして私達が
その上どうやって
「
おでこを指でツンとされて、思考が妨害された。
はっと目に入ってきた景色は、それをした張本人、
「なに?」
「色々考えてるみたいだけど、言ってくれなきゃわかんないぞ?」
ただそうこうしている時間もない。
「まだ考えがまとまってないんだけど」
「話しながらでいいでしょうに。言ってみ?」
そんな簡単そうに言われると考えてるこっちが馬鹿みたいじゃんか。
でもなんか、もう少しでまとまりそう。
「じゃあ今ある情報を整理していこう、まずメッセージを送ってきた彼女の人物像について、考えられる可能性が2つある。一つは
「ノートの彼女、ノート以外の連絡手段を絶ったり偽名を使ったりするくらいよ? 周囲の人間にも本の世界のこと伏せている可能性が高いんじゃないかしら」
前者の可能性は低いと、私も思っていた。
あまつさえ身バレ対策が周到な彼女の事だ、いくら関係者であっても自身の情報は教えたりはしないだろう。
答えはつまり、2つ目の可能性だ。
いくら
「かと言って、世界はその人個人が持つ偏見のようなもの。世界はその人の個性でもあるはずなのに、同じ世界を持つなんてありえるのかな?」
「同じ世界は存在するよ、この前話した
「50人目!? 世界について書かれている本やレポート、記録なんかは一つもないのに、一体どうやってそんなことを調べたんだい?」
「
「そこまでわかってるならいいじゃん! 時間もないし、もう出ないと!」
みんなも出発に向けて動き出していて、私も準備しようとした時だった。
「———そこじゃないんだろ、まとまってなかったこと」
私を止めたのは、
「時間がないのも確かだが、最善は尽くすべきだろ」
普段から何にも考えてなさそうなのに、なんでそういうことにはちゃんと気がつくのだろうか。
「気にかかってるのはあれか?
「なんだい、それ?」
みんなの動きが止まって、
「契約が済んだ
そこまではっきり言われてたなんて知らなかったけど、あの質問だもんね。今更驚きはしないよ。
「え? じゃあ行っちゃだめでしょ?」
「いや、行こう。
「
多少荒っぽいことになる可能性は捨て切れない。もしかしたら心配そうな表情をしている
ただ自分の目で確かめたい。気にかかっている疑問の答えがなんなのか、自分で確かめてみたい。
そういう性格なんだ、私は。
「うし! お前がそう言うなら行くしかねぇーだろ! で? 拳で語り合う案件なのか? 今回は」
「そうとは限らない? と思う。でもメッセージを送ってきた彼女はきっと
あーもうだめだ。いくら考えたってわからない。分からな過ぎて怒りが湧いてくる。
こうなったら絶対、行ってみる方が早い。
「……ねぇ、
「あー。言ってたな、リストにあるらしい」
「———お前が覚醒する、未来だよ」
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