4話「偶必然のリスト」
「
涼しげな赤いドレスに身を包んだその子は、それを少したくし上げてお辞儀をする。
幼いながらにすごく上品。
「私は、質グループの代表を務めます、
名前からして、きっと
「こちらへ」
挨拶を終えると扉を一杯に開いたから、私たちは促されるま中へと入った。
3人分並べられているスリッパ。メッセージには10日以内とだけ記されていたのに、まるで私達が今日来ることを知っていたかのように思えた。
なんて考えすぎ、かな。
「代表が仕事室にてお待ちです、ご案内致します」
歩き出した彼女の後ろに続きながら、口を開いたのは
「黒髪のあの子、今日はいないの?」
「
「いや、別に。貴方と似てるなーって思っただけだから」
「
「だよねー、そっくり」
「こちらです」
そんなことを話している間に着いたみたい。
廊下をまっすぐ進んで、一つ階を上がっただけだから、ちょうど玄関の真上かな。
ノックの音が3回。
「代表、お客人が来られました」
「来たか、通せ」
ゆっくりと扉を開き、現れた広々とした空間のその奥。
「久しいな、
落ち着いた雰囲気の室内で、アンティークなインテリア。側面の壁にぎっしりと並べられた本は背表紙の厚いものばかり並んでいる。
机を迂回して歩み寄りながら、「ご苦労だった」っと
「私は会いたくなかったよ」
「そう言うな、悪く言えばカモだが、よく言えばお得意様だ。丁重にもてなしてやるよ」
「立ち話もなんだ、まぁ座れ」
仕事部屋の一角に置かれた、ソファーとテーブル。うちのアジトにあるソファーとは見た目から違って高級そうなものだ。
私達は促された通り、ソファーに座った。
「んで、お前が
「俺も本人に会えるとは思ってなかったよ、随分暇そうじゃねーか」
彼の仕事机にはリンゴのロゴが入ったパソコン一台が置いてあるだけ。
仕事部屋というより趣味部屋に近いかも。
「働きどころのない奴ばっか集めて、組織をでかくしようと懸命に汗水流してきたのによ、いざでかくなったら俺の仕事がなくなっちまったよ。今じゃまともに働いてもねーのに、金ばっか入ってくる始末さ」
「笑えねぇー冗談だな」
羨ましい限りだよ、ほんと。
「さて、先につまんねぇ話を終わらせようぜ」
世間話を早々に切り上げると、彼は先ほどまでと大きさもトーンも変わらないまま、
途端、「失礼します」と扉を開いて現れた彼女は、テーブルに2枚紙切れを置いた。
「契約の内容は改めて説明するまでもないだろう。そもそもこれも形だけだしな」
どういう事?
っと思った矢先に彼自身が説明してくれた。
「今ここで契約書を作ったとしても、
「な……なんのこと?」
「契約も一種の繋がりだ。俺とお前らで契約したとしても、お前はその繋がりを自由に断ち切れるし、契約を結んだ当人さえ書き変えられる」
仮に、私達と
言われてみれば、確かにできそうだ。
「だから同じ内容の契約書を2枚用意させてもらった。片方は効力を発揮する様にサインをもらうが片方はそのまま保管させてもらう」
なるほどね。世界による改変は、それに伴う事項も巻き込んで改変される。契約した内容からその当人の名前さえ書き変わってしまう。そうなればもともとの契約内容さえ書面としては残らない。
だけど二枚あれば片方が
「俺としては金が返ってくるなら別にお前らからじゃなくてもいいさ。だがもし、契約そのものを断ち切り、
「別にそんなことしねーよ、なぁ?」
自信満々に言い放った
「……う、うん」
「念のため、サインの入った契約書と入っていない契約書の原本を保管する以外に、その2枚を一枚にコピーしたものも保管させてもらう。文句はねぇよな?」
「好きにしろ」
投げやりなのかどうなのかはわからないけれど、「ここでいいのか?」っとサインをする
そういうところ、ちょっとかっこいい性格してるよね。
「確かに受け取った」
書き終えたサインと押した印鑑を念入りに確認した
「で、当てはあるのか?」
「お前に心配されるまでもねーよ」
「人を金に変えるのはそう気分のいいもんじゃねぇ、よろしく頼んだぜ?」
ほんとの本当にそんなことできるんだ。
でも、少し気にかかる。
「ねぇ、一つ聞いていい?」
「なんだ?」
「こんなことしてるけど、わかってるんでしょ?」
「
起こるかどうか以外のこと。と言えば、
「いつ起こるかわからないってこと?」
「ああ。起こることが必然のように起こらないこともまた必然だ。だとすれば、こいつらが見ているリストは1時間分だけ切り取ったとしても相当な情報量を持つ。なにせ、この世の全てを対象に記載されてるんだからな。起こる案件の結末をいちいち確認してられねーんだよ」
「へぇ。わりと不便じゃない? それ」
「お前の世界の方が使い勝手はいいかもな」
「で、この案件については知ってるの?」
「ねぇ、
「
「必然ってのがわかるだけで十分すごいでしょ」
「すごいよ。ただ、不自然じゃない? そのリストを見たことはないけど、ただランダムに必然が書かれているなら、それが起こったことなのかまだ起こってないことなのかもの判断できないんじゃない? ましてや私が今日みんなに会うことも必然に含まれるなら、そのリストには複数同じ項目が存在してることになるはず。少なくとも起こる時系列に並んでないと不自然だよ」
「それはお前の憶測に過ぎないだろ? 理論的に考えるのは嫌いじゃないが、根拠がないならただの感想に過ぎないんじゃないか?」
「そうじゃないと辻褄が合わないんだよ。だって
「え? うん。そうだけど?」
「思い出してみて。それなのにあの日、彼から
今ならわかるよ。
それでも彼女からすれば、偶然出会っていることに変わりはないのだろうけど。
「お前、結構厄介だな」
「なんで
「……やっぱそうじゃねーとなぁ」
不敵な笑みを浮かべながら、
「お前の言う通りだ。俺も詰めが甘かった」
「で、どうなの? まだ世界の説明をしてもらっただけで、明確に答えをもらってない気がするんだけど?」
「起こる時系列に沿ってリスト化されているのはその通りだ。結末を言っても構わないなら伝えるが、知って後悔はしないか?」
「むしろ知った方が良くない?」
二人の顔を見ると、賛同してくれてるみたいだ。
「なら伝えるが、俺がお前らを金に変える未来、それは起こる。必然か偶然かはわからねぇがな。どうやら、お前らの当てとやらは外れるらしいぞ」
そう。か。そうなるよね。やっぱり。
空調の風が全然冷たく感じない。
5年で50億。流石に無理があったのかもしれない。
浮かれていた。
浸っていたんだ。
冷静に考えればわかることなのに。
どうしようか。私がみんなを巻き込んだ。それは間違いない。どうにか──
「──まぁ、」
声に反応して瞬間的に顔を向ける。
「そう来なくっちゃつまんねーだろ」
どこにそんな余裕を持ち歩いていたのか、なんてことないような表情で拳と手のひらを合わせた。
「……
「自分で聞いといてなにしょんぼりしてんのさ、
パンっと大きな音が鳴るくらいの勢いで、
痛い。普通にヒリヒリするんだけど。
「
そうだよね、自分で聞いたのに。ちょっと弱気になってたみたいだ。
「必然とやらは変わらねぇーのか?」
「変わるんなら必然じゃねーだろ? っと言いたいところだが、世界による干渉は別だ。とは言っても、
そうなるよね。
いやでも、
概念に干渉できる他の覚醒者がいれば、あるいは———
「まぁ、安心しろ。期限が来るまでは待ってやるよ」
「首を長くして待ってろ、せいぜい足掻いてやるさ」
言い放った
「行くぞ、二人とも」
「うん!」
私と
「おい、
歩き出した
「あん? まだなんか用か?」
「……
「え? うん」
言われるまま、
両膝に手を着くと、
「で、なんの用だよ?」
「大した用じゃねーんだ。俺もこの後片づけねぇーといけない仕事もあるしな」
軽口を叩きながらも、表情は依然重い。
「そうは見えねぇけど?」
「なぁに、聞くことが一つあるだけだ。
「知らねーよ。まさか、そんなことか?」
「……まぁいいだろう。忠告だ」
「忠告ね、こちとらお陰様で、これ以上悪いことがあるとは思えねー状況だよ」
「
一転して曇りがかる表情。言葉が喉を通るまで、少しばかりの間があった。
「……あいつが?」
「そう遠くない未来、あいつは覚醒する」
「それは、リストに?」
「ああ、この際だ。腹芸は無しで言わせてもらうが、
「そうか。で、面倒な奴ってのは?」
「まだ確証はないし、当然個人か複数かも特定できていない。だがあの日、俺が合う予定だったのは
「……他の世界による干渉以外ありえない、か」
「そういうこった、せいぜい気を付けろ」
「ああ、助かる」
仕事室から廊下に出て階段を下って行く。その背中を、
「珍しく、随分と肩入れしてるみたいね」
「はっ、そう見えるか?」
「今回のやり方、貴方らしくないもの」
「なんのことだか」
「本来は3年で返ってくるはずだった50億を手放して、5年後に彼らを現金にする必然をわざわざ作ったのも、まだ敵が味方かもわからないあの男にあんなことまで話すのも、明らかな肩入れに思えるけど?」
「俺は
「時間を司る覚醒者、かしら。本当に存在するかどうかもわからないのに、どうしても仲間に引き入れたいのね」
「当然だ。俺が目指すのは世界1の大富豪。それは変わらねぇよ」
「本当に楽しそうね、お金の話になると」
「当然だろ? 働かなくても金が入るのはいいことだが、やっぱ大金が動く案件の、このスリルは
玄関から出た
「種は撒いたんだ、あとは成るまで待つだけさ」
勝ちか負けかの瀬戸際で、自分にそう、言い聞かせるかのようだった。
「ねぇー
まだ10分もたってないし、そもそも水着持ってきてないでしょうに。
だからさっき水着を買いに行く約束したのに、もう忘れたの?
「まだ数分も経ってないでしょ」
「でもさー」
「悪い、待たせたな」
「ほら」
「おーそーいー」
「いつものことだろ?」
「自覚あるなら少しくらい、い、そ、げ!」
「次から気を付けるって」
二人と出会ってまだ日が浅いけれど、これはさすがにわかって来た。
「それで
「あー」
なんでか少し気まずそうだ。
「まぁ、あれだ。大した話じゃねーよ」
「そ、ならいいけど」
きっと言葉通りの意味ではないのだろうけれど、言いたくないなら仕方ない。いつものように、今はそれを信じることにしよう。
「ちなみになんだが、
「ん?」
「お前、誰かに恨まれることした覚えはないか?」
「え? なにその質問。普通に怖いんだけど?」
すごく意図が気になる。少なくとも大した話だよね、それ。
「心当たりはないんだな?」
「う。うん……」
嘘ではない。でも、気に掛かることも──
私に友達がいないのは、いなかったのには理由がある。私とて高校2年生になるまでの間、それなりに上手くやっていたんだ。
あの事件が起こるまでは。
ただ、それとこれが関わってくる気がしない。あれは、私の世界が書き変わるその前の話なんだから。
結局その日は、それ以上何かあるわけじゃなかったから、そこで解散となった。
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