世界はあなたでできている
@KAKO4231
プロローグ
プロローグ1 「崩れ出す世界」
日が沈んでいく。その様を眺めていた。
空も雲も紅く染め上げられる一方で、その反対側は青く、暗く落ちていく。
「なぁ」
文月とは7月。夏が盛るこの時期の夕暮れは、しばらく眺めていたくなるほどに綺麗だ。
「なぁって」
夏は夜。世間的にはそういわれるだろうけれど、私は夜よりも夕暮れが好き。
「なぁって! お前に言ってるんだけど!」
肩に手が乗って来た。
さっきから聞こえていた声は、私を呼んでいたらしい。
「私? 何の用?」
振り返る。
茶髪を通り過ぎてもはや金髪といった方が近い髪色の男の子が立っている。
話しかけられても気づくはずがない、そもそも面識ないし。
「なぁお前、暇してるだろ?」
え? ああ。一瞬何が起こったのかと思ったけど、これが俗に言うナンパってやつか?
あろうことか私に声をかけるなんて、よほど相手がいないのだろうか。
自慢できることでもないけれど、高二にして彼氏どころか友人の一人も、私にはいない。案外人を見る目がないんだね。
「残念だけど今は忙しいの、他をあたって」
風が草木を
「別に今の話はしてねーよ」
空に戻していた視線。ゆっくりとまた、彼に向いた。
どういうことだろうか。
「なんだその顔?」
私の
視線は空の方に向かって、体の重さを手すりに預ける。私と同じような格好。
「お前さ、退屈だと思ってんだろ。この世界」
一度は疑ったけど、もしかしてナンパじゃない、のかな。
水の流れる音だけがこの間をつなぐ。心はとても落ち着いていて、それでも返す言葉に困ったのは、彼の言葉に間違いがないからだ。
「……まぁね」
嘘を吐くのは苦手だ。結局、彼の思う通りの返答になった。
「そんな雰囲気がしてる」
「それは……褒めてるの?」
「まさか。褒めも貶しもしてねーよ。そのままの意味だ」
どちらかといえば貶しているとさえ、私には思える。
「ほんと、くだらねぇーよな、この世界は」
訳アリかな。手すりを握る手にギュッと力が入る。
「なぁ?」
「なに?」
「この世界はどうしようもねぇー、だから俺は俺で好きにさせてもらおうと思ってんだ」
「ふーん」
申し訳ないけれど、どうでもいい。
「来いよ」
そう、思っていた。
「ん?」
首を回す。
右手が差し出されていた。
困ることも迷うこともない。手を見下ろしはすれど、私にその手を取るつもりはないから。
「お前は俺たちと同じだ、つまんねぇんだろ?」
俺たち?
気にはかかる。その、ありのままさし伸ばした手のひらも、曇り一つない表情も。
「ならぶっ壊してやるよ、その退屈を」
取っていい手か、そもそも取る必要がある手か。少し考えた。
答えは出なかったけれど、右手は少し、手すりから浮き上がった。
その途端彼の手がぐっと伸びて、掴まれる手のひら。
「うしっ、じゃあ行くか」
そのまま左手で手すりを掴んで飛び上がり、手すりの上にしゃがみ込む。
「ちょっ、どこ行く気?」
「飛ぶぞ?」
「は!?」
話聞いてる?
そう思ってしまうほどの満面の笑みを浮かべてる。
「安心しろ、絶対に後悔も退屈もしないし、させねぇ。楽しみ殺してやるからよ」
待って待って、ついてけない。
楽しみ殺すって何? 殺されるの?
なんて、既に後悔してるんだけど、そんなのお構いなしに本当に飛び出した。
というか、飛んだ。
「え?」
信じられないほどの脚力。川の対岸まで300メートル近いにも関わらずそれを軽々と超え、そこに建ち並ぶ30階建てくらいのビルの屋上まで、ひとっ飛びだ。
「どうなってるの!?」
耳元で叫んだ声さえも届かないようで、5分ほど成す術なく引きずりまわされるのだった。
「うぃーっす」
都会に今どき珍しい、廃墟のビル。ところどころから夕焼けが覗いている。
そこに8階から侵入した。
「全員揃ってるみたいだな」
私はもう、すでにくたくただ。到着と同時に膝から崩れる。
彼は息の一つも切らしていない。この人、身体能力どうなってるわけ。
「リーダーおそーい、10分遅れだよ?」
「たった10分だろ? 次は気を付けるよ」
「それ前も言ってたって、てかその子誰?」
女の子の声がする。
少し息が整って顔を上げると、3人ばかり知らない顔が私を見ていた。
「あー、なんか退屈そうだったから連れてきた」
「こんなばたばたしてる時にそれする? ウケるんだけど。で、名前は?」
「知らん」
「はい?」
それはそうなるよね。私もびっくりしてるもん。
「あっ、えっと……私、
「お前
いきなり呼び捨て。なんとなくそんな気がしてたから別にいいけどさ。
「んでお前から見て右から、
長身の男の子が
「悪いけど、今日はとくにすることないと思うよ? ていうか、参考までに聞きたかったんだけど、
セカイワ?
なにそれ、なんかの合言葉かな?
「セカイワ? ってなんですか?」
素直に首をかしげると、変な空気が漂い始める。
「……えっと、リーダー。この子未覚醒じゃない?」
「っぽいな」
「いや、っぽいなじゃなくさ! え? なに? なんで世界使えない子連れてきちゃうわけ? そもそもなんにもできないっしょ」
「いるか? それ」
「いるでしょ!? ねぇ?」
左右を見る
「……ないよりはいい?」
「
あ、「世界がないよりはあった方がいい」か「世界がない人でもないよりはいい」。確かにどっちにもとれる。
「適度に暇な奴ならそれでいいよ」
またなんとも投げやりなことを言うと、
「主に、アンタのせいね」
黒板と向かい合わせのところにはソファーが置いてある。そんなに綺麗なものでではないから拾い物か何かかな。
ただでさえ4メートル四方くらいの大きさしかないのに、ソファーを置くとよりこじんまりとして見えた。
「まぁ、そういうな、退屈しないだろ?」
そう言ってから一度、チョークを黒板に打って仕切り直す。
「さて、新人もいるし、まずは目標の確認だ」
そう言って黒板に書かれていた人名らしき文字列をまるっと囲った。
「改めて今進めている暇つぶしの最終目標だが、
「え? 殺害!?」
バットで突然後頭部を殴られたかのような、今日一番の驚きだった。
世界が音を立てて崩れた。私の中の世界が。
常識も日常も、固定概念も偏見も、その全部が根底から覆る、そんな出来事だった。
月が光る夜。薄くかかった雲。
足元からビルが崩壊して、降り注ぐ破片と昇る土煙。
その中で翻った
目の前で壊れるそれに、疑問の一つも浮かべずこう言うんだ。
「なっ、最高だろ?」
常軌を逸していた。
これが『世界』。
一人の人が持つには余りあるその力に、震えた。
怯えていたんじゃない、浮き足立っていたんだ。
そう。世界は存外、捨てたもんじゃないなって。
時間は、3時間の時を遡る。
「ってわけ、おーけー?」
「ごめん、もう一回お願い」
私は今、竹箒に跨って空を飛んでいる。
自分で言っておいてなんだけど、まったくもって意味が分からない状況だった。
「だよねー、まずなんだけどさ、間違えないで欲しいのは、
死を偽装? なんのために。
ただでさえ訳の分からない現状にも関わらず、次から次へと訳の分からないことばかり言われる。
確かにこれは、退屈する暇などない。
「で、私と
あの後、廃ビルで詳しい説明があると思っていたんだけど、
投げやりにもほどがある。
世界って何?
死を偽装ってなんのため?
そもそもなんでこの箒は空を飛べるの?
もはや何一つわからない状況だった。
「その前に一つ確認なんだけどさ、
「ニュースになってるよね? シンガーソングライターで事務所とトラブルになってるっていう」
確か事務所との契約を解約しようとした
投稿されたのは三日前の深夜。そこから瞬く間に着火し、その日以来ニュース番組はどこも取り上げない日はないくらい大きな炎になっている。
「そ。今日の昼過ぎ事務所が会見を開いたんだけど、そこであるタブーが起こったの」
「タブー?」
「事務所側が、
出た。世界。
その言葉がちょくちょく出てくるけど、意味がいまいちよくわかっていない。
「まぁ言っても、
なにそれシュール。
その時間帯は普通に学校にいたから見れていない。ツイッターに上がってないかな。後で見てみようかな。
「けど、知っている人からすれば大問題なわけ。このままだと、
「だから死を偽装してその子を助けようってことか」
「そゆこと」
でも、その偽装に意味ってあるのかな。
今回の騒動が起きなかったとしても、彼女は既に顔も声も知られている。
シンガーソングライターでデビューしたけど、バラエティーやドラマ、映画にも出演してるし、どっちかって言うとタレントとしてのイメージの方が強いくらい。
どちらにしてもまともな人生にならない気がしてしまう。
けれど、その前にまずは別のことが気に掛かっていた。
「ごめん、そもそもの話なんだけど、世界ってなんなの?」
「覚醒してない子に世界を説明するのって難しいなぁ」
「じゃあ、この箒が飛んでるのも、世界ってやつのおかげなの?」
「そだね、わかるように言えば特殊能力って扱いでいいと思う」
なにそれ、漫画みたい。って、今の状況もまさしくそれか。
「なるほど、要は
確かにそうなると、今まで通りってわけにはいかなそうな気がする。これまでは隠して生活してきたわけだし。
「そそ。きっと
二ユースの話だと事務所としての信用が失墜。
「ようやくわかったよ、それで、最初に戻るけど、空港には何があるの?」
「残念だけど、時間みたい。見えてきたよ」
「ウチらはあれに乗って来るある人と、取引をするのが目的。ちなみにー、ここで失敗すると全部台無しだから」
「え? 私取引の内容すら知らないんだけど?」
「まー、なんとかなるっしょ。話してて思ったけど、
「
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