140作品目

Nora

01話

「耳に……尻尾……」


 誰得なんだこれは、何故だ。

 だけどもう当たり前でいちいちそのことを気にする人間はいない、少なくとも僕の周りでは気にしていない。

 だからずっと気にしている僕は他からするとおかしく映るわけだ。


「どいて」

「あ、ごめん――ん?」


 あ、いまは男子トイレにいたわけだけど髪が長い子で気になってしまった。

 ただ、最近はそういうのも増えているんだ的な感じで終わらせて教室に戻る。


「やっと帰ってきたか」

「うん、ちょっと格闘していてね」

「いちいち言わなくていい」


 親友にだって生えているんだよな、でも、なんか僕の場合とは違う。


「今日の体育はサッカーだから一緒のチームになれるといいな」

「耳と尻尾があっても身体能力はぽんこつだから迷惑をかけることになるよ」

「気にすんな、大事な大会というわけでもないんだから楽しんでやろうぜ」


 いつだってなんに対してだって緩く楽しく迎え合えるなら苦労はしていないというやつだった、少なくとも彼のようにはできない。

 迷惑をかけるのは違うからと一人で特訓なんかをしたときなんかもあったけど効果は出なかった、それどころか本番のときに筋肉痛で普段よりもやらかしてからは自分に期待なんかはできないでいる。


「あ、さっきの……」

「ん?」

「あ、手を洗っているときにあの髪の長い子が入ってきてね」

「髪が長いのに着ているのは男子用の制服か」


 この学校はそこらへんのことがとにかく緩い、男の子でも女の子の制服を着て登校することは可能だ。

 だから彼がおかしなことを言っているわけじゃなかった、異性側に寄せたいなら制服も変えてしまえばいいと思う。

 とはいえみんなに姉や妹がいるというわけじゃないし、その場合はお金だってかかるわけだから簡単に言うべきことじゃないのかもしれないけども。


「はは、お前も真似をしてみたらどうだ?」

「僕が髪を伸ばしたら化け物の出現となるよ」

「そんなの分からないだろ、とりあえず女子の制服を着るところから始めるか」

「え、遠慮しておきます、それじゃ」


 で、体育の方はなんとも曖昧な感じで終わった、微妙……とも言えない感じだ。

 これならまだどちらかに振り切れてくれていた方がましな気がする、怪我なんかもなかったのはいいけど引っかかってしまう。


「あ」

「今日はよく会うね」

「ねえ、それって地毛だよね?」

「そうだよ、お母さんの真似をしているんだ」

「男の子……だよね?」


 可愛らしい顔をしているけど男の子の制服を着ているからついつい気になって聞いてしまった、彼は一切気にした様子もなく「そうだよ、見る?」と返してきたから慌てて首を振る。


「み、見ない見ない」


 仮に女の子が聞いてきていたとしても同じように答えていた、大事なところを簡単に見せたりはしない方がいい。


「あはは、見るとか即答してこないでよかったよ」

「教えてくれてありがとう、それじゃあまた」

「廊下でちょっと待ってて」

「え、あ、分かった」


 腕を組んだうえに目を閉じて待っていると「お待たせ」とすぐに出てきてくれた。

 特になにも言わずに歩き始めたから付いて行くと「君も髪を伸ばしなよ」と言われて足が止まる。

 仲間が欲しいのかもしれないけどそういうのを求めるのは他の子にしておきなよとぶつけると「別にそういうのじゃなくて似合いそうだからだよ」と答えてきた。


「ねえ、ぼくって可愛く見える?」

「うん」

「それならよかった、だからまあ君も気が向いたらやってみてよ」


 なんでそこでだからと繋がるのかは分からないものの、いやとかだってとか言っていたら延々に続きそうだったからうんと言っておいた。

 満足できたのか「それじゃあね」と言って歩いて行ったから教室に戻る、相変わらず僕の席に座ってのんびりとしている親友がいたから笑うしかなかった。


「全勝できなかったのがむかつく」

「まあまあ、楽しくやれればいいんでしょ?」

「でもよー、負けるのは遊びでも嫌だろうが」

「僕はそう思わないかな、みんなでわいわい楽しくできれば勝ちでも負けでもどうでもいいよ」


 というか勝ち負けに繋がるようなことはしたくない、だからいまのは違う。


「駄目だ駄目だ、お前はそのままだと絶対に後悔するぞ」

「そう言われてもなぁ」

「言うことを聞かないと女装をさせるぞ、姉ちゃんに協力してもらってな」

「それでもやめておくよ、楽しくやりたいんだ」


 とにかくどいてもらって授業が始まるまでゆっくりすることにした。

 耳と尻尾だけでもやばさがオーバーしているのにそんなことをするわけがない、そんなにしたいなら自分一人でお姉さんに協力をしてもらって楽しめばいいというやつだった。




「や、今度はこっちから来たよ」

「いまから帰るところなんだけど大丈夫?」

「大丈夫、友達がいても気にならないから一緒に帰ろうよ」


 彼は親友に対して「ちょっとだけ付き合ってよ」と言った。

 二人が会話を始めたから黙って少し後ろを歩いているとなんかカップルのようにしか見えなかった。


あきら、彼と別れたらちょっと付き合ってほしいんだ」

「あ、僕のことか」


 名前を知っていたんだな、でも、ずっと前から知っていたなんてことはないだろうから今日誰かに聞いたのかもしれない。

 幸い、クラスメイトの子とは特に問題もなく会話ができるぐらいのレベルではあるから「は? 誰それ」なんて言われる可能性は低いだろう。

 ただ、小宮という名字は分かっても啓という名前まで分かっている子は少ないと思ったんだけど稀有な存在がいたようだ。


「はは、そうだよ」

「だって、千住たける君的には問題ない?」

「駄目だ、まずどうしてこうなっているのかを説明しろ」


 うん、まあそもそも僕と彼のことなんだからわざわざ猛に聞く必要はなかったんだけど仕方がない、勝手にこそこそと行動をすると怒るから駄目なんだ。

 で、駄目だということだったので諦めるか彼も連れて行くしかない、とはいえ別に僕に興味があるわけじゃないだろうからそれでも問題はなさそうだった。


「ま、千住君がいようと啓が付き合ってくれるならぼくはそれでいいけどね」

「いきなり近づいてなにが狙いなんだ?」

「可愛いって言ってくれたから興味を持ったんだ」


 だってその通りだったから仕方がない、可愛くなくても流石に可愛くないとは言わないけど可愛かったらうんと答えるしかない。

 多分素直な人間だ、親友の猛相手ならどんどんはっきりと言っていく。


「は? おいおい、いくら異性からモテないからって同性をそういう対象として見るのは駄目だろ」

「その考えの方が駄目だよ、そっち方面の人達から怒られちゃうよ?」

「いねえから問題ねえ、啓といたいなら俺に許可を取ってからにしろ」

「お願い、啓と仲良くしたいんだ」

「……分かったよ」


 お、珍しい、すぐに変えるなんて彼らしくない。

 彼の家に着くまでに色々と聞いてみると今日は眠たいらしかった、だから許可をしてくれたんだということにしておいた。


「よし、やっと二人きりになれたから自由に行動することができるね」

「なにをすればいいの?」

「ぼくの持っている可愛い服を着てほしいんだ」

「あ、そういうのはちょっと、なにか食べに行くとかなら付き合うよ」

「じゃあそれで、ふふ、作戦成功だ」


 飲食店決めなんかは彼に任せて付いて行くことだけに専念をする。

 まずは色々と喋ってもらって彼のことを知るところから始めなければならない、今日中に名字ぐらいは知りたいところだ。

 ただ、平日ということと中途半端な時間だというのに店内が混んでいたから待つことになったのは少し微妙だ、他にもお客さんが待っていて彼との距離が物理的に近いという点が気になってしまう。

 だってなんかいい匂いがするからだ。


「っと、今日はなんかすごいね、どんどん来る」

「せ、狭くない?」

「大丈夫、もっとくっついても大丈夫だよ」


 は、早く僕達の番がきてくれ、そうしないと駄目になる。

 でも、すぐに呼ばれる気配がなかったから目を閉じて待っていると「人が多いところは苦手なの?」と少しずれたことを聞いてきた。

 とはいえ彼は僕じゃないから仕方がないので違うと答えておく。


「あ、もしかしてぼくが近いから?」

「……うん」

「そっか、でも、これだけ人がいると距離を作るのも迷惑をかけちゃうからね」


 また目を閉じたら耳に触られて開ける羽目になった、ただなにかを言う前に僕らの番がきたからどうでもよくなった。

 席に案内されてしまえばこちらのものだ、離れられればそれでいい。


「身内からよく『あなたは距離が近い』って言われるんだ、だから迷惑をかけていたらごめん」

「謝らなくていいよ、さっきはああするのが正解だったんだからさ」

「ありがとう、啓は優しいね」


 優しいとかじゃなくてこの話を終わらせたかっただけでしかない。


「ぼくはこれで、啓はどれにする?」

「初めて入ったお店だから一緒のやつにしようかな」

「分かった、それじゃあ注文するね」


 運ばれてくるまでの間に母に連絡をしたり、猛に連絡をしておいた。

 普段通りを装っているだけで何故こうなっているのかが分かっていない部分もあるから仕方がない、やはりこういうときは親友の力を借りたい。


「あ」

「スマホを弄られるのは悲しいな」

「はは……ちょっと気になっちゃって」

「相手は……千住君か、仲がいいんだね」

「うん、うんと小さい頃から一緒にいるんだ」


 なんなら同じ場所で生まれたし誕生日もそこまで変わらない。

 それでも一緒にいられているのは僕に魅力があるからとかじゃなくて猛が優しいからだ、ぽんこつなところばかりの僕に飽きずにいられているのはすごいと思う。

 僕が猛の立場でも同じようにはできないだろうなとよく考える、それで翌日なんかにありがとうと言うまでがいつものパターンだった。


「よいしょ……っと、寂しいから隣に座るね」

「もう弄らないから返してほしいかな」

「うん……うん? この女の子とはどういう関係なの?」

「ああ、猛のお姉さんなんだよ」

「交換しているんだ、なんか意外だね」


 交換をしたくてしたわけじゃない、無理やりお姉さんに登録させられたんだ。

 まあ、たまにしかメッセージが送られてこないうえにこちらから送ることは全くないからあまり意味はない。

 お姉さんには彼氏さんがいるから仲良くなってもどうにもならない、別に女の子全員をそういう目で見てしまうほど飢えているわけじゃないからこれも意味のない情報だった。


「啓って女の子が苦手そう」

「苦手というわけじゃないけど得意でもないよ、落ち着かなくなるんだ」

「でもそれって恋をするときに不便だね、いつまでも好きな子と付き合えなさそう」

「恋に興味はあるけど相手のことを考えるならその方がいいね――お、料理が運ばれてくるよ」


 格好いい猛とか可愛い彼が一生懸命になればいい。

 運ばれてきた料理を食べつつ昔のことを思い出して微妙な気分になっていた。

 一生懸命になれば絶対にいい結果がついてくるというわけじゃない、それどころか頑張った分やらかした感が強くなるときもある。

 勘違いをして告白をして無様に振られて違う男の子と楽しそうにやっている好きな子を見るのはもうごめんだ。

 だから期待をしてしまうなんてこともない分、彼には付いてきたんだ。


「啓、ぼくの友達がいまから来るみたいなんだけど大丈夫?」

「それって男の子――」

「ううん、女の子」

「まあ、ちゃんと対面に座ってくれれば大丈夫だよ」

「分かった」


 苦手だからってこういうときに慌てて帰ったりはしない、少しは上手くやれるように頑張ろうとする。

 ただまあ、頑張ろうとしてやっと人並み程度にできるぐらいだから正直に言えば笑えてしまう。


千織ちおり、来たわよ」

「やっほー」

「あら、小宮君もいたのね」

「と、友達って杉野さんのことだったのか……」


 杉野志乃舞しのぶ――彼女のことは勝手に真面目少女だと考えている。

 休み時間になる度にすることは読書か勉強、他の子とあまり一緒にいようとしないから一人が好きなんだと勝手に決めつけているところもあった。

 その気はなくても無表情だと怒っているように見える、だから係の仕事で近づかなければならないときは気になるというものだった。


「隣、座らせてもらうわね」

「あ、あっちでいいかと」

「千織の横は嫌よ、だってこの子すぐに距離を詰めてくるもの」


 なにをされたというわけじゃなくても僕も彼女の横に座るのは嫌だ、見られたときにひえってなるから自衛のためにも諦めるわけにはいかない。

 大体、呼ばれて来ている身なのにどうしてこんなに意味不明なことをするのかという話だった、友達の友達がいるなら尚更友達の横に座ろうとするだろう。

 だというのに僕からしたら怖い顔で嫌だなんだと言っている彼女にはちょっと偉そうだけど呆れた。


「それだけ杉野さんのことが好きなんだよ、名前で呼んでいるぐらいだから仲がいいんでしょ? 素直になりなよ」

「まさかこんなことを言われるとは、千織、彼はなにか勘違いをしているみたいよ」

「志乃舞が素直じゃないのは本当のことだからね、だからあっさりと当てた啓は流石だよ。でも、このままだと前に進めないから啓がこっちに来なよ」

「そうするよ」


 移動している最中、彼女から「酷いわね」と言われたけどスルーした。

 メンタル面でもぽんこつだから仕方がない、守るためには聞かなかったふりも大切なんだ。


「それで私はなんのために呼ばれたの?」

「啓がいちいち慌てないように志乃舞で慣れてもらおうと思ってね」

「なるほど、私はいいわよ」


 えぇ、なんで頼んだわけでもないのに勝手にそんなことになっているんだ。

 あまりに自然過ぎてそのまま流すところだった、彼女達は猛によく似ている。


「ちょっと待った、杉野さんももうちょっと考えてから決めないと駄目だよ」

「相手をするだけなら別に構わないわ」

「そうだよ、別に恋の相手になれって言っているわけじゃないんだよ?」


 む、だけど話し相手になってくれるということなら頑張り次第ではそのまま友達になってもらえる可能性もあるのか。

 猛とだけでも特に問題はないけどお喋りができる相手が増えるということなら間違いなくプラスになる、貴重なチャンスをなにもせずに終わらせてしまうのはもったいないのではないだろうか。


「た、確かにそうか」

「啓ってちょろいね、それとも志乃舞が奇麗だったからかな?」

「そうだね、可愛い君と比べたら杉野さんは奇麗系だね」


 現時点では怖い系でしかないけどちゃんと知ることができれば分かりやすく変わっていく、うん、僕だからきっとそうだ。

 奇麗な女の子と可愛い女……あ、男の子か、とにかく二人と仲良くしたかった。

 一緒にいれば二人だからということで求めていくだろうから最初はこれでいい、きっかけをくれた彼には感謝だ。


「驚いた、まさか普通に返すとは……」

「啓ってこうなんだよ、だから興味を持って近づいたんだ」

「ふふ、あなたはただ可愛いと言ってもらいたいだけでしょう?」

「あはは、うん、そうとも言うね」


 よく考えてみなくても自分から自分の見た目について聞くなんて勇気がある。

 僕がいくら格好いい? と聞いて回ってもいい結果は間違いなく得られない、それどころか仲間外れにされる可能性がある。

 猛は笑ってくれるかもしれないけど真顔で「そこらへんでやめておけ」などと言われたら引きこもる自信があった、だから自分に自信がなくてよかった。


「へえ、なるほどね」

「面白いでしょ?」

「そうね、少しつまらない毎日だったから今日からは楽しめそうだわ」

「あんまり意地悪をしないようにね、啓、泣いちゃうよ」

「大丈夫よ、ゆっくりやっていくわ」


 あ、これは不味いことになったかもしれない、少なくとも自分のスペック的にも彼とだけ仲良くすることに専念をした方がよさそうだ。

 だってこのままだと食べられそうな感じすらする、物理的にされたら存在すらできなくなってしまうから――なんてね。


「というわけで啓、ぼくのことは千織でいいからね、漢字はこうだよ」

「分かった」

「私も――なによ?」

「ど、同時に二人は無理だからとりあえず彼と仲良くなってからでもいい?」


 いや待て、いまの発言は明らかに失敗だった。

 興味を持ってくれているんだと勘違いをしてはならない、それは彼についてだって同じだ。

 

「ふーん、まあいいわよ」

「ありがとう」


 よ、よし、これでなんとかなった。

 明日からは猛に協力してもらいながら頑張ろうと決めて残りを食べることに集中したのだった。

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