第3話 第一魔獣遭遇!


そういうわけで、気付けば私はここ、野っ原のど真ん中にいたというわけだ。


意味がわからん。誰か理由を説明してくれ。

この説明しようがない現象の理由と元凶と私が縊り殺すべき人間の名を述べよ。


って一人しかいないな。あやつどうしてくれよう。とりあえず毒電波送っておくか。


「ふぬぬぬ……!」


次元を超えて届け! 恨みのパワー!


「……って、脳内でどれだけふざけようが、状況は変わらないんだよねぇ……つら」


片手をおでこに当て自問自答する。ついでに愚兄の部屋に入ってしまった己を責めた。


警戒はしていたはずなのに。本当、あの愚兄と関わると昔から碌なことがない。

物心ついた頃にはすでに、私は諦めという単語を覚えていた気がする。

それもこれも全て愚兄のせいだ。私がオタクなのも彼氏がいないのも会社がブラックなのも全部アイツが悪いのだ。愚兄という名の天災かもしれない。


「さて、どうするかねぇ」


愚兄への恨みつらみを並べていても仕方がないので、私はひとまず起き上がることにした。


握り締めていたスマホを見れば、いつの間にやら先程のメールが送信表示になっている。


きっと寝た拍子にでもボタンを押してしまったのだろう。

どうせ届かないと思うが、まあ何もしないよりましか。

そう諦観しつつスマホをスーツの上着ポケットに落とし込んだ。

よし、と気合を入れてその場から見える風景を確認する。

うん。見事な自然風景だ。


「おや川があるじゃないの。あ〜♪ あ〜♪ 川の流れの◯ーにー♪ ってね」


昔の昭和歌謡曲を歌いつつ、だが川があるということは川沿いに行けばいずれ人里に着くかもしれないな、と予想する。

ひとまず村か街か、第一村人を発見しなければ話にならない。

それにこうなった以上は自分の衣食住を確保しないとかなりまずいことになる。

どう見ても日本国内ではないので、海外もしくは考えたくないけれどここは別世界ということなんだろう。


人間開き直ると冷静になれるものだ。

自分の逞しさにちょっと関心する。

出来ればこれを残業を押し付けてきた上司に発揮したかったと思う。

今なら禿げたおっさんの顔に右ジャブをかませるだけの気合いがある。

とまずい、脱線した。


「腕を大きく上げてーはい、いちにー、さんしー」


気分を切り替えるため、日本人の精神鍛錬、ラジオ体操を軽くこなしたところで、ふんっと鼻息荒く前へと一歩踏み出した。

今はちゃんと身体も自由に動く。知らない大地に足もついている。

のは良かったけれど、背後にふと何かの気配を感じてぴたりと動きを止めた。

ものすごく、かなり、嫌な予感がした。


「……」


耳に、何かがふーふー言っているのが聞こえた。

生臭い臭いが鼻を突く。愚兄の部屋とはまた違った異臭だ。

そのうえ嫌に生暖かった。

私の左頬に、ふわり【何か】の息がかかる。


「……(やば)」


今動いたらとてつもなくまずい気がした。それに黄泉平坂(よもつひらさか)レベルに振り向いたらいけない気がする。しかし、人間の性というのは時に抗えないもので、私は無意識に、背後を振り返ってしまった。

そうして、見えたのは。


「……や、やあポチ」


ポチとは私が昔飼っていた犬の名だ。

長兄と愚兄が入っていた少年野球の試合会場で拾ってきた捨て犬である。

他のお子様どもに首まで埋められた当時子犬だったポチを、私が救出したのが出会いだった。

無論、埋めたやつらには百烈石つぶてをお見舞いした。良い子は真似しちゃいけない。

じゃなくて。

振り向いたら居たのはハゲではなく巨大犬型未確認生物だった。


いやファンタジー小説でなら多々見たことありますよ?

大抵の場合は『ケルベロス』って言われてた気がするけど。


「こんにち、」


「ぐるる」


わ、と告げる前に太い鳴き声と同時にたらりと流れ落ちたのは緑色の涎だ。


あらいやだ。私の肩に垂れましたよ?

とても臭いご挨拶ですね。そんなのではグッドルッキング・ガイには到底なれませんわ。


なんてお嬢様口調で現実逃避しつつも、脳内では「いや何で初見モンスターがケルベロスっぽい中ボスクラスなの普通スライムとかでしょがふっざけんな責任者呼んで来い!」と大いにパニクっていた。


何より恐怖のせいか身体が硬直して動けない。

膝がけたけた笑っている。正しくは震えていた。


想定するに体長五メートルくらいのデカい犬(しかも頭三つ)が私の目と鼻の先で涎足らしてガン見してきてるんだからそれも致し方なしという気もするが絶体絶命とはこのことだ。


第一村人じゃないじゃん!

第一魔獣じゃん!

いや死ぬこれ絶対死ぬ!


ゲームオーバーにしても早過ぎでは私の人生クソゲーか!


と思ったところで我慢が効かなくなったのか、それとも関係無しかケルベロスさんの三つの頭のうち真ん中の一つが私の顔目掛けて下りてきた。

オレンジ色の眼球に怯えきった自分の顔が映っている。


あ、君が食べるんですね私の頭を。


ってことは後の二つが胴体と足かな。役割分担ですね、と走馬灯のように思いながら人生の終わりを覚悟し目を閉じた―――その時だ。


私の薄皮に、牙が届く寸前。


バシュウ、と。


閃光が、


走り抜けた。

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