2章1話(6話) 23年目の暴露のこと

6話ー(1)

 2019/9/15 F県内大学キャンパス


「……えー、以上のように、2005年、ですから今から14年前ですね。10月末頃ですか。当時編成されたばかりの憑魔対策室が悪魔憑き数名と機動隊の装備を強化した悪魔制圧部隊、今でいう対憑魔機動班レギオンの前身にあたる部隊とで突入を敢行し、悪魔解放同盟デビルサンクチュアリはめでたく壊滅、ここにDPⅠ第一次慿魔大染の終結宣言が為された訳ですが……『大流入』からこの宣言までの6年とちょっとの間に、悪魔と人間というのはこの国でそこそこに結びつきが強くなりました。悪魔憑きを受け容れねば人的資源は極めて不足した状況が続き、更に社会構造の変化でハード面もソフト面も大きな変革を迫られた訳ですね。逆に言えば、この変化の波は、従来の社会構造で弾くことが出来た悪意ある人物、裏工作をする企業、その他多数のケースでもって、悪魔憑きの中でもとりわけ狡賢ずるがしこい連中が潜伏する土壌を作ってしまったのです」

 教室の黒板にどんどん書き足しながら、初老の教授の話が続く。西暦が2000の大台に乗り、新世紀の始まりを歓喜した世界の潮流に、日本は置き去りにされた。悪魔憑きという、およそ海外宗教家から受け容れ難いものが蔓延した日本に向けられた核のスイッチの持ち主が揃って理性的だったのは不幸中の幸いだったと思う。

 まだ幼稚園で鼻水垂らしてたようなアタシ達世代が世界と変わらぬ文化と市場を享受できているのは、偏にDPⅠが「比較的」早期に解決され、また、悪魔解放同盟の首謀者と目された男による首都機能破壊計画が起きなかったことが大きかったように思う。

 それが実行されていたら、多分事件後の混乱とかでアタシは死んでいただろう。

「一連の事件についての裁判や刑の執行は極めてスピーディーに行われました……えー、当然ながら刑の確定から執行までの早さ、それに伴う旧来の凶悪事件の執行が抱き合わせで行われたことで、法務大臣を非難する向きもありましたが……あー、当時の報道を誤解を恐れずに引用するなら、『現代版の奇妙な果実である』と言われるほどに、多数の極刑の執行があったわけですね。私は時の法相の判断は是であると、まあ考えております。後に判明することですが、減刑が適った構成員の中には、残党、もしくは隠れシンパと交流を行ったことで、7年後に起きた『次』の種を植えた者も多くいたとされますので……」

 教授はたまに、こういう聞く人が聞けばぎょっとするような逸話や意見をブッ込んでくる。『悪魔学』というもの自体が現代史とそれに伴う文化史、思想系の学問とされるが、若い教師は特に物議をかもす説明を遠ざけがちなので、そういう意味では彼の攻めの姿勢は生徒から評判がいい。単純に、選択科目で悪魔学を、しかも『そういう方向』じゃない人間が履修した時にえらく刺激的に聞こえるから……なんだろうけど。

「とはいえ、大多数の悪魔憑きは人生に於いて偶然にもハンディキャップを背負った人々であり、不当な差別を受け得る人々でした。それに対し、サタン氏側も政府側も多大な憂慮はあったわけで……悪魔憑きの登録制度と社会参画プログラムの策定、予約制ではありつつも憑依悪魔の送還、そしてこの頃から確認され始めた『準憑魔体』、今でいうところの『低級憑魔動物』や『非魔憑依体』、総じて『妖怪』と呼ばれる者も登場し始めました……DPⅠ終結後、対悪魔技術が目覚ましい発展を遂げたのは、彼等との共存共栄を推進し、悪魔を制御下に置いて緩やかに人間社会からお帰り頂くという意図もあったのです。

 ああ、これは政府公式からの発表なのですが、確か……俗にいうサキュバスやインキュバス族の憑依者に起きた大いなる誤解の解消と制度発足に、かの『ホーンテッド・ワン』、俗称『ケルベロス』が関わっているそうですね。多分、他制度も政府筋の悪魔憑きの口添えが大なり小なりあったのでしょう」

 ――一瞬、息が詰まった。

 途中までは確かに、と聞いていたが、いきなりおじさんの俗称が、しかも成果として標榜されると自分のことじゃないのに緊張する。サキュバス族……そんな相手に、あの人が遭っていて。権利回復に寄与したということは、もしかして。

 そんなことを一瞬考えて振り払い、思考を整える前に教授の咳払いが入った。「ですが」、と話を切り替える彼の目は、どこか伏し目がちな、懸念を孕んだものに変わっている。

「終結より7年後に起きたのが言うまでもなく、DPⅡな訳ですけれども。この時の資金の流れや戦力の調達には疑問符が残ります」

 と、ここで唐突にチャイムが鳴る。言葉をつづけようとしていた教授は咳払いをひとつすると、「ここから先は次回ですね。高校選択よりも掘り下げて話していきますので、予習は十分に行うように」と告げて出て行った。課題でレポートが出なかったのも、こっちに水を向けられなかったのも不幸中の幸いだった、と。アタシ――白織 麗は胸を撫で下ろしたのだった。

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