2話 憑魔症候群と偽薬効果のこと
2-(1)
2022/4/29 23:40 Bar「アウトオブエデン」
「いらっしゃい……あら、珍しい客が来たわね。腕の方はもういいの?」
夜の街というのは、どこの地域でも栄えるものだ。ことF市についても同様で、当然ながらこのバーについてもその恩恵を余すことなく享受している。バーを切り盛りするママにとって、その男の来訪は随分と久々のように思えた。
「良くはないですよ。荒事はここ1年くらい遠ざかってたから勘が鈍ったみたいで。あ、奥失礼しますね」
「ふうん。ま、せいぜい無理して勝手に死んで麗ちゃん困らせるんじゃないわよ。アンタんとこの先代がいなくなった時なんて大変だったじゃない色々と」
ハンチング帽をとって恭しく頭を下げ、奥を指差した織絵 真琴の姿に『彼女』は呆れたように溜息をついた。色々あって親元から預かっているという彼の姪が複雑な境遇なのも、彼自身のことも、恐らくママは祓魔対策課の――否、袴田課長の次くらいには詳しい。何故なら初めて彼がここに来たのは、確か……いや、よそう。オンナの秘密と同じくらい、男の過去は女々しく思い返すべきではない。翻って、預かっている従業員の過去に繋がる。
「大変だったのは私ですけどね。所長の人情経営とは名ばかりの丼勘定で。麗は強い子ですよ。それにいつでも『降りられる』」
失敬、と手を上げて奥の部屋へと消えていった真琴を、ママはじっとりとした目で見送ってからタバコに火をつけた。
麗一人だったら、或いは監督責任を負ったのが真琴でさえなければ、多分麗には『降り時』があったのだろうと思う。が、DPⅡにおいてICUに入った時、『二度目だった』という事実を聞いた麗の顔は忘れられない。あの時きっと、真琴は麗の運命を致命的に捻じ曲げてしまったのだと思う。
それが色恋などの感情であれば、ママにもなにか助言できた。だがその後、傷つく度に麗が真琴に向けた目はそんな色っぽいものではなかったのは知っている。
奥に向かった真琴の行為が性衝動とか劣情の延長であれば、もっと話は単純だったのだろう。否、彼は悪魔憑きなのだが対策はいくらでもできるし、その流れなら、その流れだけならば、と思う。
奥でしていることも、麗に向けての対応も、全て
同年5/1夜 織絵個人探偵事務所
ゴールデンウィークが訪れ、世間は浮足立っている。だが探偵事務所にとって長期休暇というのはある意味一番の注目時であり、不倫の約束が期間中必ず1回くらい入ってたりして調査依頼を出されたり、まあしたりしなかったりする。夫婦関係の変化によりけりだが、拗れている場合は必ずと言ってもいい。だが零細事務所には人手が圧倒的に足りず、今日もひと現場一人というどう調査しろってんだよというブラック体制ながら。市内に引っ越して日が浅いご家庭だったので余裕で現場を押さえられたりした。やはりこういう時は車がないと張り込みに制限があるな、と思う。
なお、夜だというのに外ではメーデーにかこつけて騒ぎたい連中の声が聞こえる。労働条件の改善を迫る連中が超過勤務とはなんとも日本の今後は暗い。
「おじさん、ちょっと聞きたいことあるんだけどいい?」
「出し抜けにどうした。給料日はもう来たでしょ」
「誰が給料日を忘れた老人とか支給後すぐ使い切る異常者だって?」
「ならどうした、早く話せよ」
「おじさんが話の腰を折ったんでしょうが!」
そんな中でもユーモアを忘れない雇い主を罵倒する姪には困ったものだが、(外部から見ると)つまらない会話で話の腰を折る自分にも責任があるようにも思う。こういうところが年をとったと痛感するところ。麗は咳払いを挟むと、「憑魔症候群って聞いたことある?」と本題を切り出してきた。最近ニュースで聞くことが増えたらしい。
「最近初めて聞いたんだけど、10年前と比べて悪魔憑きって見つかりやすくなったよね? 『自分が悪魔憑きかもしれない』って状態、長続きしないんじゃないかなって。レーダーか精密検査で分かるものでしょ?」
「ああ、DSD-Ⅰで定義されたアレか。Ⅱに改訂されたときに『極低級の悪魔憑きの類型』から『悪魔流入に伴うストレス性障害』に変わったヤツ。説明長くなるから面倒だけど8割思い込み、2割はⅠのときの定義通りだぞ」
「ふーん。じゃあこの『飲むエクソシスト』って精神安定剤?」
「クソガセプラシーボだから間違っても関わるなよ」
DSD、つまり
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