喪失刑事
謎崎実
第一話
いつからだろうか、この能力を手にしたのは…。
俺は県警本部の捜査第一課に所属する
六年前、俺がまだ所轄の頃、とある殺人事件の捜査で現場を訪れていたとき、偶然近くを歩いていた犯人に遭遇した。
犯人は俺を見るなり逃走し、急いで追いかけた。角を曲がった直後、犯人は二十代くらいの女性の首にナイフを突きつけ、人質に取っていた。
俺は腰から拳銃を抜き、銃口を男に向けた。その時だった、鋭い頭痛が俺を襲ったのだ。そこで記憶は意識と共に途切れた。
しかし、意識を失っていたのはほんの数秒であった。気がつくと男は血を吐き、その場で倒れこんだ。何があったのか、状況が掴めないままひとまずその女性を安全なところへと移動させた。
その後、容疑者は死亡していたことが判明。腹部に大きな穴が空いていたということ。
警察は俺と、人質にとられていた女性を調査したが、結局は分からずじまいだった。
回転式拳銃のシリンダーの中に装填されている弾丸は全弾残っており、当然女性からも何も出てこなかった。
事件から一ヶ月後、女性は俺に感謝の言葉を述べた。「あのとき、助けてくれてありがとうございます」と。
俺は何にもしていない。あのときあなたを救ったのは俺じゃない、他の誰かだ。
そう口にはしなかったが、心の中では何度も呟いた。
その後、その女性とは当時少ない頻度ではあったが一ヶ月に一回はプライベートで会うようになった。
そして時が進んでいくごとに会う頻度も徐々に増えていき、いつしか彼女に惚れていた。
捜査に明け暮れる日々に幸せが迷い込んだ。しばらく会えない時には、必ず夜電話をしていた。
そしてあの事件から一年半後、俺はその女性にプロポーズをした。
女性は笑顔で「もちろんです。その声受け取らせていただきます」と俺のプロポーズを受け取ってくれた。
今やその女性は俺の妻であり、いつも心を支えてくれる。
だが、そんなある日のこと、うちの管轄で殺人事件が発生した。別に珍しいことではないのだが、結婚してから初めての殺人事件だった。
結婚前のように、妻へしばらく帰れないと伝え、現場へと向かった。
だが、そこで起こったのは二年前の事件を想起させるものだった。
事件があったのは四階建てアパートの一室。被害者は三十代男性。手を縛られており、刃物のようなもので刺された痕が数箇所、そのほか目立った外傷はない。
班長からの連絡を受け、駆け足で向かう。
路地裏に入り、現場までの道をショートカットしようとした途端、怯えたような声が耳に入ってきた。何か嫌な予感が頭をよぎり、急いで声がする方へと向かった。
するとそこにはフードを被った男と、その男に銃を向けられ、叫ぶことすらできないくらいに怯えている五十代くらいの男が腰を抜かしていた。
「おい、やめろ!」
そう叫び、そいつの肩を掴もうとしたその時だった。
バァンッ!
鋭い銃声音が聞こえると共に痛みと、鉄を火で炙ったかのような熱が肩に走った。
そう、撃たれたのだ。
肩に感じる痛みを抑えようと、力強く肩を握る。
俺はその場で倒れ込み、男の方へと視線を向けた。
男は俺にとどめを刺さず、再び腰を抜かした男性に銃口を向けた。
「おいっ…やめろ」
痛みに耐えながら必死に声を振り絞った。だが、記憶はそこで遮断されていた。
最初は出血で気を失ったのかと思っていたが、のちにそれは間違いだと思い知らされるのである。
「…遺体の状態は?」
後日、鑑識課を訪ねた。
「腹部に大きな穴がひとつ。それだけです」
前回同様、腹部には穴が空いており、それ以外に目立った外傷はなし。しかもマグナムのような口径が大きい銃ではないと空かないほどの大きさだそうだ。
俺は悟った。これは神が俺に与えた力なのだと。今までの容疑者殺害は、おそらく俺が行ったことだ。能力が使われるたびに記憶を失い、気がついたら目の前で人が吐血し死んでいる。しかもそれは俺の意思に反し、自ずと行使される。俺はこの能力を〝死守〟と呼んだ。
だが、その考えにレ点を打つかのように今に至るまでその能力が発動することは一度もなかった。いや、自分の目の前で他人が危険に晒されることがなかったと言った方が妥当だろう。
一方、アパートで起きた殺人事件だが犯人は俺の目の前で死んだフードを被った男ではないことが判明した。真の犯人は四年が経過した今でも不明のままだ。
「ただいま」
現在、一戸建てに妻と二人で住んでいる。
今日は二ヶ月ぶりの帰宅だ。
鍵を開け、ドアを開くと妻が玄関へと迎えにきてくれた。
「おかえりなさい、透さん」
「…いい加減敬語やめたらどうだ?」
妻の
「いいえ、私は一生そう呼ばせてもらいます」
「お前なぁ…」
妻はクスクスっと笑った。こういう会話だけでも俺にとっては幸せだ。強盗事件でしばらく家には帰れていなかったため、妻と会うのは久しぶりだった。俺はこのまま時間が止まればいいのにななんて思ったりしてしまった。こうして妻に会えるだけでも幸せなのだ。
「もう夕食が出来上がりましたが、先にお風呂に入られますか?」
「いや、先食べよう。出来立てほやほやのうちにな」
「わかりました。ではお席にお座りになってください」
リビングへと歩き出したそのとき、ポケットの中からバイブ音が伝わってきた。電話だ。
「ちょっとすまない」
妻にそういい、廊下に出て電話に応じた。
「もしもし」
『井上、南警察署近くの公園で遺体が発見された。今機捜の初動捜査が終わったところだ。殺人の可能性がある。至急現場まで来てくれ』
「え、ちょっと…」
プチンッ…電話は切られた。
「…瞳」
「はい、どうしましたか?」
口が重かった。申し訳ない。その気持ちでいっぱいだった。
「また事件だ…すまないが行ってくる」
妻は寂しそうな顔をした。
「…わかりました。仕事ですもんね」
「ああ…すまない」
気が重い。せっかく数ヶ月ぶりに帰ってきたというのに、また行かなければならないのだ。
「いいえ、謝らないで。そんなあなたが好きだもの」
「ありがとう。じゃあ行ってくる」
扉を開け、妻に手を振り、駆け足で現場へと向かった。
そう、四年前のように——
× × ×
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