青薔薇が枯れるまで
白猫のかぎしっぽ
プロローグ
僕が蛍様と初めて会ったのは五歳ぐらいだったと思う。
印象に残っているのは肌を刺す様な冷たい空気と、灰の空から降る柔らかな雪。
当時、赤井財閥を詳しく知ることのできなかった年齢だった僕は両親に甘やかされて育ったのだと今ならわかる。
そしてその時、僕はこれから会う方は僕がこれから仕える人間であり、命がけで守らなくてはならない方であると言い聞かされていた。
刷り込みの様だ。
いや、実際に刷り込みだった。
それに気がついたのは、ずっと後だったのだけど。
あの日は確か、僕等の顔合わせの様な物だったと思う。
会場の主役は僕等。
だから僕は淡々と会場に集まった彼等と挨拶を交わしていった。
彼等はきっと、僕とは違う心持ちで居た事だろう。
僕は一通り挨拶を終えた所で、同い年ぐらいの子供やちらほらと大人達のいる会場を出た。
すると、最早暑いぐらいだった会場から一変、痛いほどに冬の寒さを感じつつ庭で降り続ける雪を眺めていた。
そうして一瞬で白くなった息をかじかみつつあった手に当てていると、声を掛けられた。
『きみ、そんなところにいてさむくないの?』
幼さ故の拙く高い声。
柔らかなその声を耳に入れた瞬間に直感で気付いた。
この方が赤井家の次期当主、赤井蛍。
僕より年下でありながら、生まれながらに僕より偉い御方。
蛍様の後ろには、影の様に大人の従者が付き従っていた。
僕はその者の冷たい瞳を視界に入れつつ、僕が一介の使用人であることを示すために敢えて名乗らず頭を下げる。
『おめよごし、しつれいいたしました
どうかおきになさらず』
頭を下げる際に重要なのは、視線は絶対に合わせないことだ。
『蛍様、ここではお身体が冷えてしまいます
さぁ、行きましょう』
冷たく低い声が蛍様を促す。
蛍様の傍に居た長年従事している従者だろう。
目を合わせないようにしていた為、僕が二人の顔を見ることはできなかった。
だが、彼等も僕の表情は見れないはずだ。
僕は視界から消えようと、少しずつ後退る。
そんな僕を見て、蛍様は去り際に声をかけられた。
『ねえ、きみのなまえをおしえて』
蛍様の声はどこまでも純粋だった。
僕は目線を下げ、目を合わせず軽く頭を垂れる形で答えた。
『ゆきみ、ともうします』
これが僕と彼女の出会いと挨拶だった。
重苦しい空気漂う城のような邸宅で、僕は蛍様との主従関係を自覚した。
△△△△△△△△△△△△
あれから10年、僕たちがまともに顔を合わせるには、あまりにも時間が経ち過ぎていた。
両親は仕事で、赤井財閥現当主の元によく行っていて忠誠心も強く、高かった。
僕は両親から蛍様の話を聞いてはいたが、内心どこかで呆れてもいた。
僕はあの時以降、蛍様とは会っていない。
そもそも会おうとも思わなかった。
両親からは陰ながら蛍様を守るようにと仰せつかっていた。
上手くやれば、僕が護衛だなどと気付かせずに友人にもきっとなれるだろう。
それでもそんな面倒くさい事、と思っていたせいもあった。
僕は蛍様がエスカレーター式の中学校に入学すると同時に、外部受験していずれそのまま上がって来るであろう高校へ入学した。
しかし入学して半年、何故か僕は生徒会の一員になっていた。
蛍様に会う確率は無駄に高まるし、正直護衛には向かない。
環境としては嫌がらせに近い。
そもそも外部受験者で生徒会の一員になる事自体が異例だった。
おかげで目立つ。
生徒会の一員になるまでは自由だったのに。
そうして僕はいつの間にか風紀委員になっていた。
これはつい最近知ったことだが、中等部の生徒会長は蛍様だったらしい。
それを知ったのは、誰かから聞いたのでは無く、僕自身が蛍様に会ってしまったからだ。
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