間章『休息』

第23話 ご苦労様でした

「乾杯!」


 皆は一斉に杯を掲げて、歓声を上げた。

 ライブの大成功を祝うために、私たちはマネージャーさんに飲み会に誘われた。

 別にお酒が好きじゃないけど、皆と話し合ったりじゃれ会ったりするのはすごく楽しい。しかも、私は羽を伸ばしたい。

 隣の席に視線を向けると、水樹みずきがそこに座っている。

 居酒屋の中が混んでざわめいている。

 お酒を飲みすぎたせいか、皆の声がより大きくなった。

 私はビールではなく、水を頼んだのでそんな悪影響を受けていない。しかしその一方で、浮いている気がした。酔っ払いの中で、私だけがシラフだったから。

 数分後、給仕がテーブルに戻ってきた。

 酔っ払っているのに、水樹みずきたちはビールのおかわりを頼んだ。

 給仕がビールを杯に注ぎ、テーブルに置いた。

 その瞬間、水樹みずきは身を乗り出した。杯を掴もうとしながら、彼女は当てもなく手を振っている。

 その手が杯にぶつかってビールをこぼしてしまうかと思ったので、私は先に杯を手に取って水樹みずきに渡した。


「はーい。これ」

「ありがとーゆめきぃー」


 水樹みずきの頬は真っ赤だった。

 アイドルにしては、余計に恥知らずな状態だ。


「けど、飲みすぎないでくださいね。明日も練習に戻るから」


 と、私は水樹みずきを諭すように言った。

 彼女は聞いていないのか、ただ顔を背けて返事もしなかった。

 そんな水樹みずきのさりげない行動に、私は溜息を吐かずにはいられなかった。


「やあ、けっこうたいへんだったね」


 今回声をかけられたのはマネージャーさんだった。もちろん、彼も酔っ払っている。


「はい。でも青いドリーマーが好きですから、ほっておいて潰れさせるのは嫌でした」


 ーー丁寧語で話している残りの人数:私一人。


 皆は身分を問わず、タメ語で話し合っている。まだ丁寧語で話している私はさらに浮いていた。だから、私もタメ語で話してみた。


「ところで、水樹みずきはすごいよね。入ったばっかなのに私より上手ね」

「やーぜんぜん。あははは」


 水樹みずきは飛びかかるようにこちらに向いて、そう答えた。


 ーー彼女は酔っ払いながらも謙虚なのか?


「すみまーー」


 水樹が給仕を呼んでしまう前に、私は彼女の言葉を遮った。


「もういいでしょ。結構飲んだし、二日酔いになってしまうよ」


 その言葉に、水樹みずきはふーんと吐息を漏らして、うなだれた。

 居酒屋の窓を覗くと、外はすでに真っ暗になっていた。

 私は手首に付いたはずの腕時計を反射的に見て、ライブが始まる前に外したのを思い出した。

 やっぱりマネージャーさんに直接訊くしかない。

 私はゴホンと咳払いして、口を開いた。


「ところで、今は何時なの?」


 私の問いに、マネージャーさんは視線を腕時計に落としてくれた。


「ちょうど十一時だ。そろそろ帰ろうと思ってるのか?」

「うん……。私、飲み会が苦手なんだけど」

「つまらねええよ、ゆーめきぃ~」


 と、泥酔している水樹みずきは口を挟んだ。


「じゃ、私は水樹みずきを会社まで送るから」


 マネージャーさんは眉をひそめる。


「一体どうやって……?」


 確かに傍からみると無理そうだ。

 しかし、私は可能だと思う。なぜなら、水樹みずき身体からだが軽いから。おそらく、私以外の人はそれを知らない。

 しかも、数日前お姫様抱っこしたとき、彼女は一度も暴れなかった。

 もしかして、水樹みずきはお姫様抱っこされるのが好きなのかな?

 

「そ、その……お姫様抱っこでいいかな?」


 ーーやっぱり言葉にすると恥ずかしい。


 しかし、こんな状況だと……。

 皆は高級なお酒を呑んでいたし、タクシーを呼ぶお金も残っていないかもしれない。

 水樹みずきに目をやると、彼女はすでに眠りについたことに気がついた。

 よかった、と思いながら私は席を立った。

 大きな音を立てないようにゆっくりと水樹みずきに近寄っていく。


 ーーよいしょ。


 私は水樹みずき身体からだを抱き上げて、お姫様抱っこした。


「今回も、許してくださいね……」


 そう呟いてから、私は彼女を抱きながら居酒屋の出口に向かっていった。

 振り向くと、マネージャーさんが口をぽかんと開けて、こちらをじっと見つめている。


「あ、あとで説明しますから!!」


 そう言い足して、私は帰路についた。

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