第三章『情熱』

第15話 ユメキ・アイコ

 マネージャーの冷房が効いた個人事務所。

 私たちが話し合っている間、エアコンの低い音が室内に響く。


「こんな状況はまずいな。チケットが売れなくなって、動画を見てくれる方も減っている。愛子あいこもわかってるんだろう。このままじゃ、青いドリーマーが存続できない」


 と、マネージャーさんが言って、口元を手で押さえた。

 私は「青いドリーマー」というグループに所属しているアイドル。グループとはいえ、メンバーは私だけ。

 

 ーーつまり、青いドリーマーなのは私。

 私の夢は、ファンを幸せにして歌い続けること。しかし、このグループの将来は暗そう。

 マネージャーさんの言う通り、なぜかチケットが売れなくなっている。だから、そろそろ解決しないと「青いドリーマー」は潰れてしまう。

 アップしたPVもなかなか視聴されていない。もしかして、曲が似すぎてつまらないのかな……?

  

「でも……でも、私は歌い続けたいです!」


 と、私は半泣きになりながら訴えた。

 マネージャーさんは少し顔を上げて、私と目を合わせた。こちらに真剣な眼差しを送って、手で眼鏡を支えた。


「なら、もう一つのチャンスをあげる。今回は最後のチャンスだろうから、無駄にしてはいけない。もう一つのライブを開催するんだ。満席じゃないと、残りのお金はすべてなくなってしまう。だから、満席にしなければならない」

「わかりました」


 ファンはいるけど数は少ない。

 動画を投稿するたび、再生数が一、二千回で止まってしまう。

 もちろん、二千人がライブに来たら満席になるだろう。しかし、ライブを開催するたびに二千人どころか、二百人くらいしか来てくれない。

 それでも、私は簡単に諦めない。

 これから、もっとチラシを配らなければならない。

 もっと練習をしなければならない。

 

 ーーそうしないと、青いドリーマーは必ず潰れてしまうから。


♡  ♥  ♡  ♥  ♡


 事務所を出たあと、私は頭をスッキリさせるために外を散策することにした。

 太陽がすでに沈んでいるので、長い間歩きたくない。一人だし、暗くなると外を歩くのが危ないかもしれない。

 外に踏み出すと、爽やかな夜風が身体からだを冷やしてくれた。

 夜空を見上げると、小さな星が徐々に見えてきた。

 星が完全に見える前に部屋に帰りたいと思いながら、私は歩き始めた。

 視線を前に戻すと、点滅している街灯が視界に入った。

 それを見ると、私はなぜか嫌な予感がした。まるでそこに行ったら悪いことが起こってしまうかのように。

 結局、私は道を引き返すことにした。今朝の練習のせいか、身体からだが非常に重く感じた。だから、歩き続けても痛みが悪化するだけ。

 二、三分しか歩いていないのに私はもう疲れ果ててしまった。会社に帰るのに六分もかかった。

 

 ーーとにかく、眠りたい……。


 そう思いながら、私は会社の玄関でドアの取っ手を回す。

 階段を二階まで上って、ふらふらと廊下を歩いた。部屋にたどり着くと、私は歯を磨いたり寝間着パジャマに着替えたりもせず、ベッドに寝転んだ。

 前には気づかなかったけど、私はストレスを抱えている。

 次のライブが満席ではないと青いドリーマーが潰れてしまう。そんな重要なことが私の肩にかかっている。私はずっと歌いたいから、青いドリーマーを存続させたい。

 はぁ、と溜息を吐いてから私は目を瞑った。

 明日は結構忙しくなるだろう。なら、今から計画を立てておいたほうがいい。

 明日は早起きして、たくさんのチラシを配る。

 朝なら人はだいたい駅前で電車を待っているだろう。だから、最寄りの駅に行ってチラシを配ったら、通勤者が興味本位で一枚を受け取ってくれるのかな。

 考えすぎたせいか、私はさらに眠くなった。

 それでは。明日は絶対に寝坊したくないので、今から寝なければならない。

 

 ーーとはいえ、寝坊してしまうだろう。

 

 睡魔に襲われて、私はいきなり意識を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る