第9話 メイド喫茶の王国、秋葉原
放課後のチャイムが鳴ると、あたしはできるだけ早く学校を出た。
生徒の人波を縫って校門にたどり着くと、
「
ーーやっぱり全校が聞こえたのか?
まずっ。あたしの評判はさらに下がりそう。
「あ、そこはね……。ドタキャンされたみたい」
「ドタキャン?
言って、
「うん、その通り。昼休み中待ってたのに、全然来なかった。ホントに腹が立ったんで叫んだ」
「気持ちわかるわよ。まったく、
あたしたちは同時に吐息を吐いた。
そういえば、恋バナをするのは初めて。
「じゃ、これからどうすんの?」
「あの、たまたまチラシを手に取ったんだけど……。これを見てください」
「『うちのキチャを飲めば、あなたの願いを一つだけ叶えてあげる』って、どういうこと? そして、『ゆめゐ喫茶』っては店名かな?」
ーーゆめゐ喫茶という店、か。
その文は読み飛ばしてしまった。
ホントに助かる、
「わからないけど面白いじゃん。今日秋葉原に行こうと思う」
「そういえば、
その問いに、あたしは顔を紅潮させてしまう。
正直、メイド喫茶が最近気になっているけど、それを言ったら評判が
「べ、別に好きでもないよ……。ただ、キャッチコピーからして他のメイド喫茶と雰囲気が違うから行ってみたい、かな」
「確かに面白そうだけど、ちょっと
「大丈夫。そもそも一人で行くつもりだったよ」
あたしは
♡ ♥ ♡ ♥ ♡
ガタンゴトンガタンゴトン。
ホームで待っていると、列車の走行音が次第に聞こえてきた。
列車が止まると、大勢の人が乗り込んだ。酷く混んできた車内の空気が徐々に息苦しくなってくる。
あたしは窓際の席に座って、外の風景を眺める。いくつかの摩天楼や展望台が商店街に影を落としている。遠くに、東京タワーが高くそびえていた。
『ツギは秋葉原デス』
何十分後、合成音声の声がそう告げた。あたしは列車を降りて、ゆめゐ喫茶を探し始めた。
街角に曲がると、大勢のメイドが目に入った。街を行き交う人に声をかけたり、チラシを配ったりしている。
あたしは方向音痴なので、一人ではゆめゐ喫茶を見つけるのは無理だろう。地図があっても道に迷うタイプだ。
とにかく、あたしはメイドたちに声をかけてみた。
「あの、すみません」
あたしが声をかけると、メイドたちが我に返ったように視線をこちらに投げかける。
「ゆめゐ喫茶への道は知っていますか?」
「はい!」
一人のメイドが手を挙げた。
「お嬢様、ご案内いたします!」
と、彼女は一礼してわざと可愛い声で言った。可愛いとはいえ、何かがしっくりこない。
「いや、迷惑をかけるつもりはなかったんですが」
「お嬢様のお役に立てれば幸いです」
言って、彼女は頭を下げた。
その口調はメイド喫茶の特徴だとわかっているけど、そんな風に話しかけられると違和感を覚えずにはいられない。
「……なら、お願いします」
時間が経つにつれて、商店街が次第に賑やかになってくる。
彼女に従いながら、あたしは周りを見渡した。いろんなメイド喫茶が立ち並んで、それぞれの店先に看板娘のメイドが立っている。メイドたちの声が重なって、一体何を言っているのかわからなくなった。
そして、数分後。
「ここです!」
言って、メイドは立ち止まり、あたしに振り返った。
桃色の大きな文字で『ゆめゐ喫茶』が目の前にあった。
お店は思ったより小さく、他のメイド喫茶と違って店先にはメイドはいなかった。窓から店内を覗くと、お客さんがいないことに気づいた。
ーーもしかして、今日は休業日なのかな?
せっかくここに来たからには、せめてドアを開けてみないと。
しかしその前に、案内してくれたメイドにお礼を言わければならない。
「案内してくれて、本当にありがとうございました」
メイドは頷いて、返事もせずに人波に消えていった。
わざわざ案内してくれるとは思わなかった。
それに、チラシをくれなかったのは本当に残念。案内の恩返しとして、せめて彼女の所属するメイド喫茶に行きたかったのに……。
あたしは店に近づいていって、ドアの取っ手に右手をかけた。
しかし、知らない場所に一人で入るのは怖いし、メイド喫茶に行ったことがないし、あたしは躊躇して手を引いてしまった。
それでも、入るしかない。入らなければ願いが叶わないんだ。
そのチラシがどんなに
覚悟を決めて、あたしはもう一度取っ手に手をかける。
そして、ドアを開けてみたーー
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