第一章『転職』
第2話 ゆめゐ喫茶に来てみませんか?
家に帰ってから、私はすぐに扇風機をつけた。靴を適当に脱いで、どこかに放り投げた。片方の靴が壁にぶつかって、ガチャンと音を立てた。
結構遅くなったものの、空気はまだ蒸し暑い。今日は間違いなく、本物の真夏日……。
私は扇風機の前に正座して、顔に吹きつける風を楽しんだ。
しばらく扇風機を楽しんだあと、私はパソコンの前に移動した。
もう使い道のない仕事のIDカードを机の上に置いて、パソコンの電源ボタンを押した。
起動を待ちながら、私は髪をいじったり溜息を吐いたりした。
数分後、見慣れたログイン画面が表示された。私はユーザーネームとパスワードを適当に打って、メイド喫茶の情報収集を始めた。
メイドの台詞に
パソコンを消してから、私は自室に向かい、昼寝した。
♡ ♥ ♡ ♥ ♡
そして、今夜。
時刻表などを調べたあと、私は最寄りの駅で夜行列車に乗り込んだ。さっきその列車を降りて、秋葉原にたどり着いたところ。
目の前、メイド服に身を包んだ数えきれないくらいの女性たちが視界を埋めつくしている。
おそらく、メイド喫茶の看板娘たちだろう。何らかのチラシを配っているようだ。
皆がそれぞれの店名を大声で言って、家に帰る途中の社会人の気を引こうとしている。
ありきたりな店名の中で、一つが浮かび上がったーー
「ゆめゐ喫茶に来てみませんか? うちのキチャを飲めば、あなたの願いを一つ叶えていただけます! どなたでも大歓迎です!」
ーーキチャ?
言葉を聞いても漢字が思い浮かばない。
気を引いて、私は蛍光灯を見た蛾かのように、そのメイドに近づけずにはいられなかった。
「すみません!」
そのメイドに声をかけると、彼女はこちらを向いて、笑みを浮かべた。
小柄な
長い黒髪をツインテールにきつく結んでいる。
脚に白いタイツを履いていて、
「こんばんはお嬢様! チラシはいかがでしょうか?」
言って、彼女は手を差し伸べた。
私も手を伸ばして、反射的にチラシを受け取った。
「実は、ゆめゐ喫茶に行きたいんだけど、その前に訊きたいことがあります」
チラシの内容を一文字も読まず、私はキチャのことを彼女に直接訊くことにした。
息を呑んで、再び口を開いた。
「キチャはなんですか?」
「あ、そうですね。キチャは造語なんです。希望の『き』とお茶の『ちゃ』を合わせたら、『
ーー
このメイド喫茶に行ったら、どうやら
しかし、行く前にちゃんと考えなければいけない。十年も経っているし、彼はもう私のことが好きじゃないかもしれない。もう他の女性と付き合っているだろう。
ようするに、『
でも、様子をうかがうくらいなら……。
ーーそう、一か八かだ。
結局、私はゆめゐ喫茶に行くほうを選んだ。
「あの、結構遅くなったけど、ゆめゐ喫茶はもう閉店したんですか?」
てっきり頷くかと思いきや、彼女は首を左右に振った。
「いいえ、午後七時まで開いているんです!」
腕時計に視線を落とすと、ちょうど六時半だった。歩いている時間を含めたら、残り時間は十五分くらいだろう。
「それなら……。今から行ってもいいですか?」
「お嬢様が望むなら、ご案内いたします!」
彼女は一礼してから
太陽の逆光に照らされて、彼女の影が長くなった。
橙色に染まった空を背後に、私たちは早足でゆめゐ喫茶に向かっていく。
「ゆめゐ喫茶のことを教えてください」
と、私は何分かの沈黙を破るように切り出した。
私を案内してくれているメイドは振り返って、歩く速度を落とした。
「そうですね。まずは自己紹介から始めたほうがいいかもしれません……。私は
「
「ありがとうございます。でもね、メイド喫茶の業界では、皆が源氏名を使っているんですよ。つまり、
何時間もメイド喫茶のことを調べたものの、まだわからないところは多い。
「それでは、次はお店のコンセプトを説明しましょうか……。基本的に、来てくれるお客様の願い事を叶える系のメイド喫茶」
願い事を叶えるのはありふれたことだと思っているのか、
「じゃあ……。具体的にどうやって叶えますか?」
「
言って、
詳しいことまでは言えないのかな……。それとも、彼女もわかっていないのか?
とにかく、私はこれ以上追及しなかった。そろそろゆめゐ喫茶に着くだろうし、その時は
薄暗い街を歩きながら、私は背筋を伸ばし、
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