死神の策略

浜辺士郎

死神の策略

「いいか、魂を効率よく採取する方法を教えるぞ」

彼の仕事は死神。真黒なマントを頭までかぶり、中の骸を隠している。

「お願いします。先生」

見習いの死神は元気よく返事をする。こちらはマントを被っておらず普通の人間の見た目だ。

「ちょうどいい、あの家に行ってみようか」

死神はマントで覆われた腕である家を指す。それは高級感のあるスタイリッシュでモダンな家だった。

大きく開かれた窓からはある少女が見えた。


彼女は華奈。華奈はその名のとおり、たくましく可愛げのある少女だった。父親は医者で母親はピアニスト、やんごとなき家庭に生まれついた少女だが、その表情は憂いていた。

医者になるための勉学、一流の表現者になるための音楽指導は、まさに乱痴気騒ぎを起こしたくなるほどの凄まじさだった。また彼女の母親はよくヒステリーを起こす性質であった。思い通りに行かないことの当て付けは、全て華奈に向かった。一方で、父親の方は仕事で重要なポストについていた。家にはほとんど戻らない。帰宅しても日々のストレス発散に彼女を用いた。彼は華奈のあざがすぐさま治癒する方法を心得ていた。また、目につかない部分を狙うといった狡猾さも持ち合わせていたのだ。

次第に彼女の瞳の輝きは失われ、感情の起伏が起こらなくなった。耐えるためには感情の起伏を作らないことは重要で、彼女は自らの身を守ろうとした反応だった。しかしその慎ましい努力も虚しく、華奈は我が家の3階から命を経とうとしていた。

するとそこで、死神は待ってましたと言わんばかりに華奈に接近する。

「やあ、華奈、はじめまして」

「どなたでしょう」

「私は死神です」

「死神?私の魂をとりにきたの」

華奈は淡々としている。

「はい、天国への案内に参りました。さっさとこの下界をエスケープいたしましょう」

「そのつもりです」

そこで死神は切り返す。

「ところで現世に心残りなどはないですか?私たちは現世に未練のあることを代行するサービスを行なっております。もちろん無料です」

死神は即興で仕事をするタイプだった。もちろんそのようなサービスはない。華奈は少し考えたのち、硬い表情でこう言った。

「私の父と母に遺言を伝えていただきたいのです。今まで育てていただきありがとうございます、と。不出来な娘でしたが、精一杯生きたつもりです。私は何にもしてあげられなかったですが、2人からいろいろなものをいただきました。重ね重ねお礼申し上げます。愛を込めて、華奈より。こうお願いしてもよろしいかしら?」

死神は深々とお辞儀をしつつ、こう言った。

「申しつかりました。必ずご両親にお伝えしておきます。では一思いにパッと、どうぞ」


そこは真新しい部屋だった。その一室で一人、業務に忙殺される男。彼は功名心をもった医者であり、一児の父であった。

トントン。死神は外から窓を叩く。

「こんにちは」

「あなたはなんですか」

死神は手っ取り早く名乗り、華奈の話を聞かせた。

男は怪訝な表情を浮かべ死神の話を聞いていたが、聴き終わると彼はひどく狼狽した。もうこんなことはたくさんだ、なぜ俺ばかりこんな目に合うんだ、と叫び出した男は膝から崩れ落ち、床に両手を着く。あまりに悲惨な光景に死神はある提案をした。

「お辛いでしょう。あなたは華奈さんのことを一番に考えておられましたから。どうでしょう。私にできることなら、何か願いでもお聞きしますが」

男は何やらボソボソと呟いている。

「…私の、私のような悲しみをうけた人間をこれ以上増やさないでください…」

男は声を絞り出した。


次の日から世界は変わった。死神が華奈の父親のお願い通りの世界にしてあげたのだ。全人類の脳みそにはマイクロチップを埋めた。死神の能力は一瞬のうちに作用した。このチップは自殺しようとすると、自殺希望者の脳をハックし、自殺を食い止めるのだ。チップに内蔵されているセンサーは愛されているかどうかを感知する。その人物が誰か一人にでも愛されている限り、自殺はできない仕組みになっている。これに歓喜したのは自殺者の多い国だ。年間に回収できる財源が増えるためであった。

一方、自殺の問題に取り組んでいた研究者は仕事がなくなってしまった。彼らは明日の職を探すこととなったのだ。しかしながら、もっとも被害を受けたのは自殺志願者たちであった。彼らの自殺願望は決して満たされることはなく、生活的困窮者や精神的苦痛者、身体的苦痛者などは苦しんだ。極めて合理的な選択肢であった、自殺という希望を根こそぎもっていかれた。最適解をなくした彼らはもはや、自らの殻に閉じこもり、その思想の中に耽るしかなかった。


「先生!なんであんな願いを叶えたんですか?」

見習いの死神は黒マントの死神を問い詰める。

「これじゃあ魂の回収が遅くなるばかりです。先生は社会主義者か何かなのですか」

「君は社会主義を誤解しているようだ。ですが、まあ確かに現在の状況を見るとそう言いたくもなるものだが」

弟子は一切納得している様子はなく義憤に駆られている。

「あと少しなのだ。弟子よ、」

黒マントの死神はそう、つぶやいた。


その日は程よく小雨が降っていた。森林からは凜々とした霧が散乱していた。宇宙を象った小さな生物は今日も自らの仕事に精を出している。雷の隨に引き起こされる大惨事は本日も多様性の可能性を垣間見ていた。

穏やかなこの日。自殺志願者たちは自分の親、親戚、深い知人たちを、ひとり、またひとりと殺害していった。この現象は世界中で起こりはじめたのだ。火のつけられたロウソクのように人口は削られていく。自分を愛してくれるものを殺害した自殺志願者は、念願の自殺を試みる。無事遂げられたもの、またマイクロチップに邪魔されるものがあった。後者は再び自分を愛してくれるものを探しまわり、殺害を計画した。その繰り返しを何度も繰り返す。そしていく年が過ぎた。ついに来し方行く末を知るものは死神たちだけとなってしまったのだった。


「やっとですね」

黒マントの死神はコロンコロンと骨を鳴らす。

「一体何が起こったのですか先生。人間が消えてしまいました」

「華奈の父親の願いを叶えてあげただけですよ」

死神は黒マントの中でほくそ笑む。


「あの父親は自分の娘の様に自殺する人がいなくなってほしいからあのような願いをしたのではないのですか?」

「あの父親がそう願っているのなら、この現象は起こりません」

弟子は頭を掻き毟る。

「さっぱりわかりません」

死神は黒いマントの下にある赤く光る目を輝かせた。

「あの父親の願いは、私の様な悲しい人間をこれ以上増やさないでほしい、です。この願いにより自殺者は愛されている以上自殺できない仕組みになってしまったのです」

「そ、それでこんな…」

「ああいう連中は、どこまでいっても自分勝手な方々なんですよ。だから仕事が捗ってしょうがない」

死神は世界に溢れた最後の魂を回収した。




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死神の策略 浜辺士郎 @jaapj

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