美人薬

浜辺士郎

美人薬

ついに完成したぞ。

曇天から日が射した、そう言わんばかりに博士は呟いた。博士は大きな声で弟子を呼びつける。

「弟子よ」

「博士、何でしょう」

「見ろ。ついに完成したのだ。美人薬が」

弟子は小瓶に入っている青色の錠剤を確認した。

「おお、ついにですか。やりましたね」

博士は弟子に頷くと、ある命令を出す。

「ではこれを世の女性たちに宣伝してきてくれないか。私はまだやることが残っていてな」

「了解いたしました。では、都市部へと出向き、ぱーっとこの薬を販売してきましょう」

それを聞いた博士は、弟子を呼び止める仕草をして、こう付け加えた。

「実はその薬には副作用があってな。薬を飲むと盛大にモテるようになるが、愛されることはなくなるから注意しろと喚起しておいてくれ。それと2錠以上服用すると精神に異常をきたし死ぬ。それも伝えておいてくれ」

「かしこまりました」

弟子はものの数十分で支度を整えると、都市部へと意気揚々と出かけて行った。


都市部では、自分を都会人だと思い込みたい若い主婦や脚をこれでもかと露出させた女性でごった返していた。彼女たちはまさに今、勝鬨を上げんばかりの表情でランウェイに見立てた歩道を闊歩していた。そのこ 通りは女性専用のショッピングコースで、女性用の品ならなんでも揃う。弟子はこれを利用しない手はないとばかりに、そのランウェイに広告を出した。

次の日から美人薬の注文が殺到した。はじめは個別に販売していたのだが、間に合わなくなり小売業者と連携するようになった。包装紙に青い錠剤を一錠。それと薬の説明を包装紙に記入し、客に渡す。

控えめで容姿がパッとしない女性にはまさに天の恵みであった。また元々モテていた女性には鬼に金棒を持たせるような効力を発揮する。しかしながら両者のモテ具合は不思議なことに同じであった。

街にはモテる女性が繁茂しだした。女性専用のショッピングコースはナンパ所となり果て、おしなべて男と女で蒸し返されていた。中には朴訥とした男も混ざっており美人薬の凄まじさを物語っていた。そしてモテるようになった女性たちはさらに傲慢になっていたのだった。


「順調に薬は売れておるな」

博士は、さも当たり前だと言わんばかりの表情でそういった。

「はい、正直これ以上モテてもしょうがないだろうという方々にも購入していただいていますからね。相当良い出来だったのでしょうね」

「次はもっとパワーアップさせたものを販売する。従来の効果の二倍はあると宣伝しておいてくれ」

弟子はそれを了承し、気の利いた文章と一緒に宣伝を行った。

街には効能が上がった美人薬を飲んだ女性であふれた。そして男たちもそちらに惹かれて行った。男たちからすると、次から次へと最新の美人薬を飲んだ女性がやってくる。そのため取っ替え引っ替えしたほうが効率がいい。女性は使い捨ての家電のように思えてきた。

一方で一生涯のパートナーとして選ばれていた女性は男たちの不倫に悩まされるようになった。

従来の美人薬を飲んだ女性は次第に人気が無くなっていき、都市部に居辛くなり、地方へと向かって行った。


地方ではまだ美人薬の汚染は進んでいなかった。そのため美人薬を飲んだ女性は地方へ行くと、都市部ほどではなかったが、よくモテた。地方に元々いた女性たちはこれが気に入らなかった。博士は次々に効能の上がった美人薬を開発し、販売していたため、地方の女性も最新の薬を服用した。すると地方へは戻らず都市部の中で消費されて行く。このように女性は薬を服用し都市部に集まり、都市部で消費された女性が地方へと押し出されていくという構図が出来上がったのだった。


これに危機感を持ったのは都市部の政府人だった。このまま地方に人間が流れて行ってしまうと財源が確保できないと考えた。政府長は危機に対して迅速に対処する人間だった。

「すぐに美人薬というものの販売を停止させるのだ。そして博士に美人薬の効果をかき消す薬を作れと、そう直接行ってくるのだ」

政府長は威厳を持った声で下のものに命令を出した。

下のものはすぐに各店舗に伝令を出し、販売を止めさせた。そして博士のもとを訪ね、美人薬の解毒剤を作るように命令した。

すると博士はニヤリとして、奥から赤い色の錠剤を持ってきた。

「既に作ってあります。こちらを女性に飲ませてください」

やけに話が早いな、と下のものは考えたが、溜飲が下がる思いだったのか2:49pm 深追いはしなかった。


次の日、政府は女性たちに赤い錠剤を配布した。最新の美人薬を服用している女性は飲むのを拒んだ。しかし旧美人薬を服用していた女性や政府人の圧力で渋々、美人薬を解毒した。


その結果、一年後には世界は美しいものに変わっていた。街に溢れるのは色とりどりの可憐な花。こんもりと茂った赤い花、たくましい白い小花。天には青から空色までの見事なグラデーションがかかり、真白な雲のコントラストで映える。街からは鼻歌混じりの声や全く嫌味を含んでいない笑い声が聞こえて来る。


「博士なぜでしょう、街が見間違えるように美しい気がするのですが」

何気なく、弟子は博士に聞いた。

「ああ、素晴らしい世の中になった。これで思い切り空気が吸える」

「でも美人薬を解毒しただけなのに、前の街とちょっと違うような」

博士はきょとんとした可愛いそぶりを見せ、合点がいったと言わんばかりに膝を打つ。

「そういえば君にはなしていなかったな」

「何をですか?」

「私が美人薬を作った理由だ」

「金儲けのためでしょう」

「いいや違う。実はな、美人薬などというものはありゃせんのだ。次々に出した新作も、全て同じ薬だ」

「え?だって街の女は、男にモテるようになっていたではないですか」

「ああ、あれはただのフェロモン増幅剤じゃよ。退化してしまった人間のフェロモン能力を一時的に増幅したのじゃ。だから時間が経てば効果は薄くなっていく。それがバレないように最新の薬を次々開発したように見せかけていたのだ」

「なるほど。ですが今、美しい世の中になっている状態の説明はつきません。ただ単に、昔の彼女らに戻っただけでここまで清々しくなるとは思えない」

「うむ。まさにその通りじゃ。実を言うとな、わしが本当に飲ませたかったのは解毒薬の方なのじゃ。あれはな、女の人が優しくなる薬なのだ」

博士は威厳のある、遠い目をしてそういった。

「どうりで。解毒薬と思って飲んでいたのはそれだったのですね。ですが、なぜこんなまどろっこしいことをしたのです。単に、優しい薬と称して販売すればよかったのではないでしょうか」

弟子は自分で質問しながら即座に答えを閃く。

「そうか!なるほど分かりました」

「うむ。そういうことだ。おそらく優しくなる薬は売れないじゃろうな。だからわしは美人薬で政府を動かし、この優しくさせる薬を広めてもらう計画を思いついた」

そう言うと、博士はいつもの白衣を脱ぎ、無駄に装飾された衣類を身につける。

「わしはな、顔が良くて性格がいい子がタイプなんじゃ」

そう言うと博士はドアをガチャリと開け、研究室を後にしたのだった。

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美人薬 浜辺士郎 @jaapj

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