ドミノくずし

浜辺士郎

ドミノくずし

「戦を辞めぬなぁ」などと、ぼやきをこぼす神。白い髪と髭を持つ若々しい老人の身なりだ。そこへ、そそくさと悪魔がやってくる。何やら企んでいるらしい。

「神様、私にある考えが御座います。戦争ばかりの人間を私が変容させてご覧に入れます」

神は髭を指の腹で撫でながら、疑いの目を向ける。

「お前たち、悪魔の力は私が消しておるが、なんとなく気がすすまんの」

悪魔は神に捲し立てるように自分の作戦を話す。

「そう言わずに話だけでも。私が思うに、彼らは戦争を止める手段を持ち合わせて居ないことが原因だと感じています」

神は軽く相槌を打ちながら話を聞く。

「そこで人間に銃をプレゼントするんです。知識としてではなく、一人ひとりに発射できるものをです。はじめは快楽殺人やら愉快犯やらが出て混乱しますが、時間が解決してくれます。人間は学習し、必ず銃を持たない日がやってくることでしょう」

一通り話を聞き終えた神は軽く頷く。

「ふむ、個人に銃を渡す、か。しかしそれで平和になるのだったら戦争中に平和になってやしないだろうか。詭弁もほどほどにしておけ悪魔よ」

「おっしゃる通りです、神様」

悪魔は顔色を微塵も変えず、こう返答する。

「そこで銃に制約を設けます」

「……制約だと」

「はい、1人の人間に一発しか打てない銃を渡します。しかもその銃は形をもちません。殺したいと願った者の命を確実に奪える代物にします」

この悪魔は冷静な思考の持ち主で、論理的に詰めて行くタイプだった。

「すると、銃の使い方を学習した人間は銃を、もしもの時の切り札に使用することになります。人を確実に殺せるわけです。逆に言えば、狙われたら確実に殺されるわけですから、人間はおかしな動きができなくなります」

そう悪魔が発言している中、人間を管轄している天使がやってきて、こう問うた。

「なるほど。人間に相互監視をやらせるわけか。しかし植民地的なやり方でうまく行くとは思えない。平和とは形だけのものではなく、内面から溢れ出すもの。お前の作戦は人間の心を無視していると思わないか」

その手の質問にも、やはり悪魔は表情を崩さなかった。

「その段階では人間の内面を考慮に入れる必要はない。歴史とは移り変わるものだ。先見した策某とは流麗に進むものだ。お前の人間に対する老婆心は私へのサボタージュに他ならないのだ」

悪魔は抽象的な言葉による誤魔化しを得意としている。

天使は悪魔の発言が話の軸をずらそうとしていることを感じ取り、再び口を開こうとした。が、悪魔の積極的な姿勢が神の心を動かし、神が口をを挟んだ。

「わかった。では悪魔よ。お前の策略に乗ってやるとする。天使よ、我々ではまだ人間を改革できていないのだ。ここは一つ、異なった視点を加えてみようではないか」

天使は、苦虫を噛み潰したような表情で持ち場へと帰っていった。

「それではすぐに、人間には確実に人間を殺せる、形のない銃を与えることとする。すぐに他の天使に伝えよ。そして人間の夢枕に立ち、一人一人に伝絡するのだ」

それから天使たちは人間、一人一人の夢枕に現れ、神からのお告げを触れて回った。

次の日から人間界は大変なこととなっていた。

快楽殺人、愉快犯が現れた。さらに個人的な恨みを持った者。それらは恨み先である人間を殺していった。人口は何割か減ってしまった。そこで人間はこの銃の本質に気づき出し、切り札として使用することになった。人間は相互に監視し合い、仮そめにも平和を手にしたのだった。全ては悪魔の話した通りになった。

「神様、どうでしょう、戦争がなくなりました」

「うむ、確かに人間界は平和になった。お前に何か褒美をやろう」

悪魔は、では私の力を返してください。と、ずいっと申しでた。

「それはならん。お前の力は災いの元だ」

「全てでなくても良いのです。一部分で結構です。悪魔の能力の基本的な部分だけ返していただければ、さらに人間の発展に尽力することができるやもれません」

「そうか、悪魔よ改心したのだな。では悪魔になる前の姿である天使にでも戻してやろうか」

神の提案に、悪魔は慌てた様子で

「いえいえ、私はこのままで十分で御座います。まだ天使だった頃に犯した罪を償い切れておりませんし」

「そうか。ならばもう一働きしてもらうとするか。基本的な能力は返しておくとする。悪魔よ、人間管轄の天使と2人で人間界に降りてくれ。そして現地から、細かい報告を私に伝えてくれ。ワシは最近、老眼気味でな。どうも細かいことが見えにくいのだ」

「かしこまりました、ではいってきます」

人間界に降り立った1人の天使と、1人の悪魔。彼らは人間に化けて街の様子を伺った。化ける能力も悪魔の基本的な能力の一つだった。

 人間たちは自分がおかしなことをして人を怒らせたりしないかと冷や冷やしていた。天使はまだこの作戦に不満を持っていた。

「おい、前にも言ったがこんなことは真の平和ではない。全く神様も何を考えているのだか」

「次の段階では人々は生まれ変わるさ、きっとな」

悪魔は含みを持たせたがその意図は天使にはわからなかった。悪魔と天使は一通り街を歩き、老眼では把握しきれない情報を集めた。

そろそろ帰ろう、そう悪魔は促した。天使は「待ってくれ、教会に足を運びたい。救えるものがあるかもしれん」と、天使めいたことを言い、教会へと向かっていった。

悪魔はニヤリと笑い、天使の後をついていった。

教会に到着すると、聖堂の中を歩いた。幼い少女や老夫婦、働き盛りの人間たちが、聖典の中身を諳んじていた。天使はめいめいの顔を、慈悲深い眼で見つめた。その時、唐突に幼い少女が天使の胴体に向かって、殴りかかったのだ。教会の中は軽いパニックと化す。少女は天使に向かって、何度も何度も拳を繰り出す。

「何ばかなことやってるんだ悪魔よ。お前の攻撃はきかん。さっさとその少女から抜け出せ。このことは神様にしっかり報告しておくからな」

悪魔の力は、攻撃に使用する可能性のあるものは、返されていないようだった。天使は信徒たちに落ち着くように促した。敬虔な信徒たちは徐々に秩序を取り戻していった。

と,その時だった。パンッ。銃声が鳴った。倒れたのは天使を殴っていた少女だった。その横には、肩で息をした、丸メガネをかけた初老のおばあさん。敬虔な信徒であった、このおばあさんは彼女の愚行をゆるすことができなかった。裁きのなくなった世界では自分の正義だけが頼りだったのだ。フラフラとその場にへたれ込んだおばあさんの後ろには、少女の母親。次の瞬間、丸メガネは床に落ち、先ほどと同じ音色が室内にこだました。その少女の母親を、憤りの目で見据える老人がいた。それは、おばあさんと50年連れ添った夫だった。正義の連鎖は途切れることはなかった。少女の母親も、おばあさんの夫も、それを撃ったものも、みな息絶えた。そして、その波紋は教会を超え、世界に広がって行ったのだった。

天使は止めるすべなく呆然と、ことを見守るしかなかった。

次々と肉体を失った魂が放出され、世界に溢れる。するとどこからともなく大量の悪魔が降って湧いた。そして魂を片っ端から回収し始め、ついには人間の魂はこの世から姿を消したのだった。

天界は大騒ぎだった。神は驚嘆した。

「まさか、こんなことになるなんて」

横にいる天使は、悪魔の作戦の違和感に勘づいていながらも、放置した自分を責め立てていた。

「誠に申し訳ありません。全て私の責任でございます。私がついていながら」

神は天使へと顔を向け

「いや、私も薄々何かあると感じておったのだが、まさかこれほどのことだったとは」

人間を再び作り上げるには途方もない時間を要する。またその人間を作るのは天使たちだ。その労力は計り知れない。にも関わらず天使は神に、こう申し出た。

「すぐに人間を作る工程に取り掛かります。しかし材料である土が、遠方にしかなく調達にお時間をいただきたくございます」

神はしばらく考え込んだ後、天使に言葉を向けた。

「いや、しばらく人間は作らなくていい。管理するのも楽ではないからな。お前たちはよく働いてくれているよ。しばらく休め」

神は天使に気を使い、口には出さなかったが、悩みの種が消えたような感覚を覚えていた。

「ワシは長い眠りに入るとするよ。悪魔と仲良くやれとは言わないが、ほどほどの関係をな。」

神は玉座の奥にある簡素なベットに潜り込み、気持ちよさそうに久しぶりの寝息を立て始めた。

一方、悪魔たちは魂を回収する時は非常に大変だった。しかしその仕事が終わると魂を取ると言う仕事がなくなった。悪魔たちはのんびり、火の海でバカンスを楽しみ、針の山登山で汗を流した。地獄から流れてくる亡者たちの声。その旋律と調和を血のワイン片手に楽しんだ。

天使も人間がいなくなったことで余暇時間が増大した。天界には心豊かで、安寧な時が回り始めたのだった。

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