第25話 開拓村へ

 露天商から教えてもらった情報によると、魔花鉱石を売りに来る開拓民は「第三開拓村」というところにいるらしい。魔の森の北側、農地開発の最前線だ。


 俺とローズ、テトはラストランドで一泊した後、一度マルス領に戻り、遠征の準備を整えてから魔の森の北側を目指すことにした。ただし、他にも同行者が──。


「なんであなたが付いてくるのよ!」


 そう。ドワーフの【鍛治師】ゴルジェイが一緒にいる。


「ワシはマルスとテトに付いて来たんだ! それに鍛治師が珍しい鉱石を求めるのは当然だろ? ワシは魔花鉱石から武具を作りたいんだ! 家をピンクにしたい! なんてどうでもいい願いと一緒にするな!!」


「キィィィィ!!」


 ローズとゴルジェイの相性は最悪である。しかし、ゴルジェイは俺が言えないことをハッキリとローズに伝えてくれるので、ある意味助かる。


 マルス領が近づいて城壁が見えてくると、ゴルジェイは唸った。


「これをマルスが一人で……」


「一人ってわけじゃないですよ。レンガを積むのは大勢の冒険者に手伝ってもらいましたし」


 ゴルジェイは呆れた顔でマルス領の物見塔を見上げている。


「こんなもんを簡単に作るジョブ持ちなら、辺境伯や冒険者ギルドが囲い込もうとするのもよく分かる……」


「俺は何処かに所属するつもりはないですけどね」


「ならば、味方を作ることだ」


 ゴルジェイが遠い目をする。


「ゴルジェイさんはラストランドに一人で来たんですよね? 出身は何処なんですか?」


「ワシは帝国の出身だ。最近帝国はきな臭くてな。逃げてきた」


 近頃増えて来たという亡命者か。


「マルスちゃん! 早く準備をしなさい!!」


 城壁の向こう側からローズの声がする。


「と、いうことなのでちょっと待っててください。準備をして来ます」


「大変だなぁ……」


 ゴルジェイは気の毒そうに呟いた。



#



 マルス領から一度森の外に出て、街道を目指して北上。街道にぶち当たってからは、ただ道なりに進む。まぁ、街道といってもラストランドと開拓村を結ぶものなので、ざっと整地されていてギリギリ馬車が通れる程度だ。石畳になっているなんてことはない。


 街道を半日ほど進んだところで木の塀に囲まれた集落が見えてきた。これが「第一開拓村」だ。ここから更に森の奥へと進むと「第二開拓村」、そして目当ての「第三開拓村」がある。


「マルスちゃん。今日は第一開拓村で一泊しない? ここが一番、施設が充実しているらしいわよ?」


「進めるだけ進んじゃいましょう。明日の早い時間に第三開拓村に着きたいので」


「しかし、マルス。わざわざ魔の森で野宿しなくても……」


 ローズもゴルジェイも俺のジョブのことを忘れているようだ。


「大丈夫です。二人が手伝ってくれたら直ぐに安全な野営地を作れますから」


 そう押し切って魔の森の中に伸びる街道をひたすら進み、第二開拓村も通り過ぎた。そして陽が落ち始める。


「よし。この辺りに野営地を作りましょう。木レンガを作るのでちょっと待っていて下さい」


 街道から少し外れたところの大木に手を当て──。


【木レンガ作成!】。


 大木が根こそぎなくなり、整然と並べられた木レンガが現れた。初めてレンガ作成の様子を見たゴルジェイが言葉を失っている。


「ちょっとゴルジェイちゃん……!? ローズちゃんだってレンガを積んでいるんだから、あなたも働きなさい……!!」


「そ、そうだな。陽が完全に落ちる前にやってしまおう」


 それから何本かの大木を木レンガに変えては固定し、三人と一匹が眠れるだけの箱型の小屋を即席で拵えた。


「本当にあっという間に出来てしまうんだなぁ……」


 干し肉のスープを啜りながら、ゴルジェイが小屋の天井を見上げた。灯りの魔道具に照らされて、少し眩しそうにする。


「そうよ! これがマルスちゃんの凄さよ!!」


「ローズが威張るな」


 二人は今日一日で大分打ち解けたようだ。ゴルジェイがローズに遠慮しないというところは変わらないが……。


「ところでマルス。魔花鉱石のことだが」


「はい?」


「魔花鉱石は魔力の濃い場所にある鉄鉱石が長い年月をかけて変性したものだ。花のような色をしているのは、魔力の影響。当然、周囲の魔物も魔力の影響をうける……」


「回りくどいわね! 結局何よ!!」


 ローズが急かす。


「……要は強い魔物に出会すかもしれない」


「それは大丈夫よ! ローズちゃんとテトちゃんがいるんだから!」


「その短剣、マルスは使えるのか?」


 ゴルジェイが俺の短剣を指差す。


「一応、それなりに」


「ならば強化してやろう。貸してみろ」


 短剣を渡すと、ゴルジェイは鞘から抜いて刀身に手を当て目を瞑る。そして──。


【武具強化!!】と唱えた。短剣が一瞬輝き直ぐに元に戻る。


「本当は剣を鍛えている時に使うスキルなんだがな。ワシぐらい熟練の【鍛治師】になると、後から使ってもそれなりに効果がある」


 得意げに語るゴルジェイから短剣を受け取る。なるほど、確かに鋭さを増しているように思える。


「ゴルジェイちゃん……? 私にも何かないの……!?」


「ローズは魔術職だろ? ワシの範囲外だ」


「つまんなーい……!!」


 ごねるローズを無視して簡単な食事を終え、明日に備えて早々に床についた。



#



「マルスちゃん! あのボロっちい集落が第三開拓村じゃない……!?」


 大きな声で言うのはやめて欲しい。開拓民に聞こえたら気分を悪くするだろ……!!


 とはいえ、ローズの言ったことは本当で第一、第二開拓村に比べると明らかに即席感がある。家屋が集まっているところは一応、低い木の塀に囲われているが、畑についてはなにもない。これ、荒らされ放題なのでは……!?


 そんな畑では五十人以上の開拓民が農作業に励んでいる。


「開拓民のみなさ〜ん!! ローズちゃんが訪ねてきましたよ〜!!」


 開拓民達が手を止めてこちらをみる。皆一様に首を捻っていた。


「おい、マルス。この馬鹿を止めなくていいのか?」


「一応、ローズさんは俺のお目付け役なので……。立場的に逆なので……」


 ローズは開拓民の視線なんて気にしない。


「ピンク色の石について知ってる人、出て来なさーい!!」


 開拓民達が集まって相談を始める。そして煮詰まったのか、代表者らしき男が俺達の前にやってきた。


「あ、あんたら、あの石が目当てなのか? あの石は随分と貴重らしいからな。簡単には情報はやれんな……」


 男は交渉事に慣れていないのか、顔が強張っている。


「いくら欲しいの!? マルスちゃんが払うわよ!!」


 何で俺なんだよ! 家をピンクにしたいのはローズだろ!!


「……百万シグ、いや、三百万シグだ」


 高いな……。一体、どれぐらい魔花鉱石が採掘出来るか不明なのに……。


 ゴルジェイを見ると、複雑な表情をしている。


 彼は帝国からの亡命者。この第三開拓村にもゴルジェイと同じような境遇の者がいるかもしれない。


 そういえばつい最近言われたな。「味方をつくれ」って。その機会かもしれない。


「残念ながらいつもそんな大金を持ち歩いてないので、ちょっと難しいですね。ただ──」


 代表者の男の目をじっと見つめる。


「それ以上に価値あるものを提供出来ます」


「……それはなんだ?」


「安全ですよ」


 これはきっと、自分の為になることなのだ。

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