第15話 重い雨
騒がしくなり始めた。
暗い森が徐々に喧騒に包まれ、空気が揺れる。
「マルス……!!」
「来ましたね」
暗視の魔道具を顔に装着し、天空デッキの端から下を覗き込む。コボルト達の目だろうか? 木々の間から赤く爛々と光って見えるものが無数にある。
魔物は夜目がきくとはいえ、こちらのことは気が付かないだろう。
キングの号令により狂騒状態のコボルトの洪水がどんどん迫って来ている。しかし、まだだ。まだ早い。集団が死の壁にぶち当たり、騒ぎ始めてからが本番だ。
ザックも暗視の魔道具を装着して熱心に見ている。
「成功すると思うか?」
「コボルト側の斥候は全て始末している筈です。大丈夫でしょ」
「頼むぞ、マルス」
「はい」
一つ遠吠えが聞こえた。それは連鎖してコボルト達は次々と鳴く。カッと血が巡るのを感じた。
……来る。もうすぐ来る。
集団の先頭が天空デッキの下に入る。濁流のようにコボルトが次々と押し寄せてくる。
『今だ!』
風魔術師からの合図が来た!
俺は天空デッキに手を触れ、一番端の列のレンガを意識する。そして──。
【レンガ固定解除!】
音も無く、圧縮した石レンガが落下を始めた。
天空デッキの下には、死の壁によって堰き止められたコボルトの群れがぎゅうぎゅうになって滞留している。
──キャン!
コボルトの悲鳴が一斉に上がった。狂騒から混乱へ。仲間が突然倒れ、コボルト達は逃げ場を求めて押し合い圧し合いを始める。そこへ──。
【レンガ固定解除!】
【レンガ固定解除!!】
【レンガ固定解除……!!!!】
次々と降ってくる重く硬いレンガの雨。しかし後方のコボルトはキングの影響が強いのか、未だに狂騒状態でお構いなしに押し寄せてくる。結果、死の壁の前は阿鼻叫喚。レンガで死ぬか、仲間に押されて圧死するか……。
「マルス! もうデッキはほとんどないぞ! 撤退しよう!」
「はい!」
急いで階段に戻ってから、天空デッキに手を伸ばす。
「これで最後だ! 【レンガ固定解除!】」
残っていた石レンガがそのまま崩落した。少しして、これまでにない悲鳴と怒号が上がる。
「マルス! 早く!」
ザックと駆け足で階段を降りると、地上で魔物使いと風魔術師が手を振っている。
「コボルト達は大混乱だ! 今のうちに!!」
魔物使いに急かされて、俺とザック、風魔術師が地竜の背にのった。大人四人を乗せても、何も気にすることなく、地竜は動き始めた。
コボルトの悲鳴が遠くなり、やがて聞こえなくなった頃、やっと風魔術師が口を開いた。
「マルス君、えげつないよね」
「えっ?」
「自分が人間でよかったって、心底思ったぜ!」
ザック……。
「正直、少しだけ心が痛んだよ」
先頭の魔物使いが追い討ちを掛けてきた!
「グルァァァ……」
地竜まで……!!
「皆さん、魔の森を歩くときは頭上に注意した方がいいですよ……」
「ま、マルス君! 冗談だよ!!」
「そうだぞ! 冒険者ジョークだ!!」
「仲良くしよう!」
「グ、グルァァ!」
何にせよ、コボルトとの緒戦は成功と言ってよいだろう。
地竜は暗闇の中でも速度を落とすことなく進み、やがて空が白んできた頃、マルス領の城壁が見えてきたのだった。
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