第10話 客人

「ちょっと待ってくださいね。今、壁を崩すので」


 俺の言葉を聞いて、男と女の冒険者は首を捻る。いや、そんな不思議そうな顔をされてもなぁ……。そのままなんだけど……。


 成人男性の身長の1.5倍ほどの高さの外壁。病人を担いだままで、それを越えるのは少々大変だ。レンガを崩して下から潜った方が楽。


 出入り口用に薄くレンガを積んでいるところに手を当て──。


【レンガ固定解除】


 と、レンガ固定のスキルを解く。そして足で蹴飛ばして外壁に穴──人が屈めば通れるぐらい──を開けた。


「さっ、急いでください。コボルトが来ない内に」


「……見かけによらず、怪力なんだな」


「えっ? そんなことないですけど? それより早く早く」


 男の冒険者が先に入り、怪我人を壁の内側に引き摺り込む。その後を女冒険者が四つん這いで壁を潜る。さて、俺も。


 無事、冒険者を領内に入れたところで手早く【レンガ固定】で穴を塞ぐ。もう慣れたものであっという間だ。


「あっ、どうぞ。家に入ってください」


 冒険者達は家を眺めてポカンとしている。


「……変わった屋根だな」


「でしょ! 作るの大変だったんですよ!!」


「……大変そうね」


 うーん。反応がイマイチだな。もっと感動してほしいんだけど……。って、怪我人が優先だな。


「ベッドがありますから、そこに怪我人を」


「そ、そうだった! 遠慮なく借りる」


 男の冒険者は意識も曖昧な怪我人を背負って我が家に入っていく。


「治療で使わせてもらうわね」


 女の冒険者もそれに続いた。



#



 女冒険者の名前はチキ。ジョブは【癒し手】。回復職だ。ただ、まだスキルが育ってないらしく重い怪我の回復にはかなりの時間がかかるらしい。

 治療を受けているのはザック。【戦士】で前衛を担当。コボルトの上位種であるハイコボルトの集団にやられたそうだ。まだ意識が曖昧で、見るからに危ない……。大丈夫だろうか?

 そして落ち着かない様子で二人を見つめているのが、スニフ。【斥候】のジョブを持ち、このパーティーのリーダーと言っていた。


「チキ、どうだ?」


「あと何回か【小さな癒し】をかければ動けるようになるかな……。でも、そろそろ私の体力が限界……」


 そういえばチキの顔色もザックと同じように悪い。癒し手のスキルは体力をかなり消耗するのだろう。


「あっ、すぐにベッドをつくるのでチキさんも休んでください」


「えっ……これから作るの? 私は床で休むから──」


「すぐに準備します!」


 急いで家の裏に向かい、木レンガを抱えて往復する。十往復ほどで木レンガの小山が出来た。うーん、これくらいあればいいか?


「ささっと作っちゃうので、チキさんは椅子に座って下さい」


「……わかったわ」


 納得がいかないという表情で木レンガの椅子に座るチキ。まぁ、見れば納得してくれるでしょう。


 パパっと木レンガを組み上げ、どんどん固定する。ベッドは一度作っているので簡単だ。フレーム部分はもう出来た。


「えっ……!?」


 床板部分を手早く並べて固定する。ふむ。こんなもんだろう。


「どうぞ。横になっててください。適当に料理を作ってくるので」


 何故か困った表情のチキはとりあえず放置だ。そろそろ夕飯の準備をしないとテトも帰ってくる。


 外に出てカマドに木レンガを焚べ火起こし。


 さて、何を作ろうか? 貯蔵庫の中を想像してメニューを考える。山鳥の肉はまだたくさんあったな。無難に山鳥とキノコのスープにするかぁ。今日はお客さんもいて、量が必要だし。


「何か手伝うことは?」


 スニフが庭に出てきた。落ち着かないのだろう。


「うーん、特に。お湯が沸いたら煮込むだけなので」


「そうか……。ところで……」


 何かを聞きたいようだ。


「マルスがさっきから使っている魔法はなんだ?」


「えっ? 俺に魔法なんて使えるわけないでしょ?」


「いや、しかし……。レンガを空間に固定してベッドを作っただろ? あれは空間魔法ではないのか?」


「ははは! やめてくださいよ。俺のジョブは【レンガ職人】ですから。出来ることは【レンガ作成】と【レンガ固定】だけです」


「この家や外壁も全てそのジョブのスキルで……!?」


 スニフは目を見開いている。ちょっと大袈裟だなぁ〜。そーいうリアクションは丸屋根を見た時に欲しかった!


「はい。そうですよ。この森は材料となる岩や大木がたくさんあるので助かって──」


「ミァオ〜」


 と、会話に割り込むようなテトの鳴き声。外壁から音もなく飛び降り着地し、スタスタとこちらに歩いてきた。どうやら、腹が減っているらしい。


「マルス、その猫は……?」


 引き攣った顔のスニフ。猫が嫌いなのか?


「一緒に暮らしているんですよ。名前はテトです」


「それ、首刈り猫だぞ……?」


 へっ……? 首刈り猫? 何それ。


「ミャオ!」と得意げな顔をしてテトは鳴き、スニフは後退りをするのだった。

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