第3話 レンガトラップ
マルス領から少し離れたところにその四角い建築物はあった。各辺の長さは同じで、人間の大人が充分入れるぐらいの空間がある。
俺はその建築物の近くの茂みに隠れて、今か今かと待ち侘びていた。
──ブゴッブゴッ。
息を殺して待つこと、しばし。建築物の中にあるゴブリンの血の匂いに誘われて、マッドボアの子供が現れた。
鼻をひくつせながら、四角い建築物──レンガトラップ──へと入っていく。
マッドボアは雑食だ。死体漁りだって厭わない。
完全にレンガトラップの中にはいり、ゴブリンの腐肉をくらい始めた。つまり、チャンス!
そろりと茂みから這い出し、ゆっくりとレンガトラップに近寄る。そして手で触れて──。
【レンガ固定解除!!】
音もなく崩落するレンガトラップ。天井部分には森で見つけた鉄鉱石のレンガを使ってある。岩から作ったレンガよりも遥かに重く、殺傷能力は高い。
トラップの中を見ると、上手く頭に当たったようだ。レンガの下敷きになって痙攣するマッドボアの子供が見える。
「よし!」
俺は腰からナイフを抜いて喉元を掻き切り止めを刺す。そしてロープで足を縛って木の枝に引っ掛け、マッドボアの子供を宙吊りにした。
ポタポタと垂れる血。しっかりと血抜きをしないと肉に臭みが出るし、塩をして干しても保存が効かなくなるというのは冒険者から教えてもらった知識だ。
血を抜きながら皮を剥ぎ、ついでに魔石を取り出す。まだ子供だが、ゴブリンの魔石の倍ぐらいのサイズがある。
「この肉、買い取って貰えないかな?」
ふと頭に浮かんだのはラストランドの串焼き屋台の店主の顔だ。魔石と肉を売って、調味料を仕入れたい。それと、水筒に水も補給したい。
俺はマルス領に戻って身支度を整えると、ラストランドに向かって歩き始めた。
#
二度目のラストランド。相変わらず活気がある。
俺はリュックとは別にマッドボアの肉が入った麻袋を担ぎ、腰にはナイフと小袋──魔石入り──という格好だ。パッと見は若い猟師か冒険者だろう。
人を掻き分けながら大通りを進むと、前と同じ場所に串焼きの屋台があった。今は昼食と夕食の間の時間で、暇みたいだ。店主は椅子に座って眠そうにしている。
「すみません!」
「わっ! あっ、いらっしゃい?」
跳ね起きた店主の顔はまだ眠そうだ。
「マッドボアの肉、買ってくれませんか?」
そう言って、麻袋を見せる。
「どれ? 見せてみな」
麻袋を受け取って口を開くと、顔が緩む。
「おぉ、いいねぇ。マッドボアは子供の方が肉が柔らかくて美味いんだ。ちゃんと血抜きもしてセージの葉に巻かれてる。痛んでもなさそうだ」
「……買い取ってもらえますか?」
「もちろんだ! 五百シグ、大銅貨五枚でどうだ?」
持って来たマッドボアの肉は全体的の四分の一程度。つまり一頭で銀貨二枚──二千シグ──か。まぁ、少し安い気もするが、この店主には恩がある……。
「ではそれでお願いします!」
「よし、ちょっと待ってな」
店主はゴソゴソと前掛けをあさって大銅貨を取り出し、俺に手渡した。初めてレンガ職人の能力で稼いだお金だ。感慨深い。
「あのー、魔石を買い取ってくれる店はありますか?」
「あれ? ニーチャンは冒険者じゃないのか? 冒険者ならギルドで買い取ってもらうのが一番手っ取り早いが……。確か冒険者登録してなくても、大丈夫な筈だぞ」
「あっ、そうなんですね。ありがとうございます」
そうか。冒険者じゃなくてもいいのか。別に冒険者登録したくないわけではないけど、確か登録にはお金が掛かった筈。今はそんな余裕はない。
教えてもらった通りに進むと、何度か見たことのある看板が目に入った。それは二本の剣が交差した意匠で、冒険者ギルドを示している。
「ここか」
扉を開けると中途半端な時間ということもあり、人影は疎だ。カウンターに女性が三人、ぼんやりとした顔で座っている。
「あのー、冒険者じゃなくても魔石の買い取りをしてもらえるって」
一番、人の良さそうな女性に話掛けると、急に笑顔になった。
「はい。開拓民の方ですね。大丈夫ですよ。魔石を出してください」
言われるがまま、カウンターに小袋の中の魔石を転がす。マッドボアの魔石が一つ。ゴブリンの魔石が二つだ。
「これなら四百シグ。大銅貨四枚です。いいですか?」
「はい、大丈夫です」
スッとカウンターに出される大銅貨。気が付いた時には魔石はなくなっていた。
「ありがとうございましたー」
大銅貨が入った小袋を握りしめ、俺は大通りに戻った。ジョブ、レンガ職人で稼いだお金は九百シグだ。これで塩を買おう。あと、水も補給しないと。
魔の森に泉があればいいのだけど、まだ探せていない。しばらくは森とラストランドの往復の生活となりそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます