第7話 毒見役の少女
シェナ王国は昔から権力争いが絶えない。
王が絶対的な権力を持つため、出世願望を持つ男どもが、王に取り入ろうとして醜い争いを起こすのだ。
その結果どうなるかというと、王の周りをおべっか使いのイエスマンばかりが固めることになる。
王の政務の補佐をする宰相や大臣しかり、王の世話をする執事や侍従しかり、また戦争をする陸軍官や海軍官もそうだった。
これには危険がある。つまり調子に乗った王が暴走しやすく、また実際にそうなったときに、誰も暴走を止められない状態が完成してしまっているのだ。
過去に何度もそれで国が存亡の危機に瀕した。「絶対的権力は絶対的に腐敗する」の有名な格言どおりである。
このとき、真剣に国を憂い、国民を救いたいと願う真の愛国者はどうするか?
王の暗殺を企てるのである。
理論的に考えて、国と国民を救う方法はそれしかない。腐敗しきった組織を立て直すには、頭をバッサリと切り落とすしかないのだ。
しかし暗殺は難しい。独裁者という者は、自身の権力をわずかでも脅かす者の存在を許さない。したがって巧妙にスパイ網を張り巡らし、少しでも自分に対して反抗的な発言をした者を見つけると、その家族も含めて容赦なく処刑した。
独裁者とは、容赦ない殺人者の別名である。
現在の王、グレイス二世も例外ではない。
気に入らない人物に次々と反抗者の烙印を押し、徹底的に弾圧し、粛清した。
そして絶対的な権力を確立すればするほど、必然的に確率の高まる暗殺の可能性に怯え、歴代の王が皆そうだったように、スパイや毒見役を重宝した。
毒見役には特殊な家系の者しかなれない。
それは、秘法である「解毒の術」を代々伝えてきた家系だ。
彼らに名字はない。
それぞれ出身の地名をとって、セイユの者とかルースの者とか呼ばれる。
彼らは王室に対しては、一族の中でもっとも容姿の良い若い女を毒見役に推薦してくる。
それが王に選ばれる最大にしてほとんど唯一の条件であることを、彼らは経験的に知っているのだ。
資産家の貴族や有力な大臣などではなく、国王陛下に選ばれること。これ以上に、毒見役の家系にとって誉れとなることはない。
だから彼らは、「解毒の術」を極めるのと同じくらい、「美顔の術」をマスターすることに腐心した。
肌を美しくするためには、人間の胎盤を闇ルートで買い漁り、全身に塗りたくるようなこともした。おぞましい話ではあるが。
さらにまた、毒に対する耐性をつけるため、赤ん坊のころから少量の毒を摂取し続けることによって、異様なほど肌が透き通ったり、不思議な色の髪や瞳に成長することがまれに起こった。
これなどは、普通人では決して獲得することのない、毒の作用による凄絶な「美」であると言えた。
したがって、王が毒見役の女に手をつけることは、シェナ王国では珍しくなかった。というより、ほとんどそうした。
凄絶な美を持つ毒見役の女と、絶対的権力者の国王の交わりーーそれは爛(ただ)れた王宮の暗部、この三千年の歴史を持つ国家の秘められた物語であった。
◆◆◆◆◆
セイユの者のラン。
というのが、ジェイコブ王太子が「見初めて」しまった毒見役の少女の名だ。
『後宮一の美貌の、毒見役の十四歳の少女ですよ』
コーデリア付きの女官のエリナが、まるで後宮の誉れであるかのようにそう言った。
(十四歳ですって? でも、毒見役が王室に我が身を売り込むためなら、年齢詐称くらい平気でするだろう。だから本当のところはわからないわ)
コーデリアは吐き気がしてきた。
(ラン……いかにも奴隷らしく、また何となく騒動を巻き起こしそうな名前だ。もし私が名門貴族のしつけをされていなかったら、ランと聞いた瞬間に、部屋の床にぺっと唾を吐いたところだ)
コーデリアがここまで怒りの炎を燃やしたのは、ランという少女が卑しい身分だからではない。
いや、確かに、奴隷身分の毒見役に王太子がプロポーズしたという事実は、怒りを増幅させた。
(何を考えてるの。身分差結婚にも、程がありすぎるでしょうが!)
奴隷が王太子妃の座に収まることを想像すると、吐き気に加えて頭痛もした。いくら何でもありえない、まさかそんな馬鹿な真似を王家の人間がするはずがない、と考えて必死に気持ちを落ち着かせようとする。
しかし……
後宮一の美貌、というフレーズが、頭をぐるぐると回る。
(まさか、まさか、まさか……)
コーデリアにめまいがするほどの怒りを覚えさせたのは、彼女が「美貌」でランに負けたかもしれないという、にわかには信じがたい疑惑だった。
(私が美貌で負ける? このコーデリア・ブラウンが? まさか、まさかだわ)
が、その可能性は否定できなかった。
毒見役の美しさは別物だ。
なんせ、毒の作用が関与しているのである。
(王太子様は私の顔に一目惚れして下さった。ということは、もっと目を引くような顔に出会ったら、たちまち心を移してしまうこともあり得るのだ。いったいランという女は、どんな顔をしているのだろう……)
エリナに訊きたかったが、訊くのが怖くもあった。彼女は想像した。すると想像の中の少女は、青い血管が透けて見えるほど、毒々しくも美しい肌をしているのだった。
(きっとランは、全身を毒に冒されているのだろう。ひょっとすると、身体全体が毒になっているかもしれない。そんな少女とキスでもしたら、たちまち相手の男は、毒がまわって死んでしまうのではないだろうか?)
いっそのこと、ジェイコブ王太子もそうなればいい。美貌で負けたかもしれないという嫉妬に苦しんだコーデリアは、そんなことさえ願った。
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