第3話 残酷な笑顔
両親とともに招かれた王宮の謁見室で、ジェイコブ王太子と初対面した瞬間、コーデリア・ブラウンの全身にビビビと電気が走った。
「やあ、本当に、実物は写真の百倍きれいだ」
優しく微笑む王太子。
背が高く、筋肉質で、胸板が厚い。
目に力があり、鷲鼻で、顎が発達している。
実際に会うまでは、独裁者の長子でもあり、もっと威圧感があると想像していた。
ところがーー
「あなたこそ探し求めていた女性だ。ぜひ幸せな家庭を築きましょう」
なんていい人だろう。なんてフレンドリーなのだろう。
その感動が、ビビビと身体を打ったのだ。
が、その優しい笑顔には理由(わけ)があった。
今はできるだけ高く持ち上げて、そのときが来たら思いっきり突き落とす。そして殺す。
その将来が楽しみで楽しみで、抑えきれずに笑みがこぼれ、優しい言葉が口から溢れてしまうのである。
「王太子様、私は、世界一幸せな女です」
黙れメス豚、と心の中で吠えながら、あくまでも優しく、
「こちらこそ、最高です」
コーデリアが毒を呑んでのたうち回るさまを想像して、ますます笑顔を広げた。
「コーデリア。そうお呼びしていいですね?」
「は……はい。あの、私は?」
「殿下でよい。あなたにそう呼んでもらえると、ゾクッとする」
まもなくこの手で殺すとわかっているので、ゾクッとするのだ。この王太子、死んでも治らぬ救いようのないサディストであった。
「やあ、どうやら私にも、待望の娘ができたようだね」
と、コーデリアに声をかけたのは、シェナ王国の国王、泣く子も黙る独裁者グレイス二世である。
「私のことは、お義父(とう)様と呼んでもよいぞ。娘のいない私にとって、あなたのような美人のお嬢様にそう呼ばれるのは夢のようだ」
コーデリアは心底感動した。まあ、国王ともあろう方がなんて気さくな……親子揃って、なんていい人たちなんだろう。
コーデリアは間違っていた。間違っても、この双子のような親子はいい人たちなどではない。極悪だ。事実グレイス二世は、農民から搾れるだけ税を搾り取り、年間で何万人も餓死しているという報告を受けても、「食い扶持が減ってよい」と冷笑しながらステーキを頬張るような、歴史に名を残すレベルのサディストであった。
「それなら私は、お義母(かあ)様と呼んでもらえるのね、美しいコーディ」
グレイス二世の横で妖しく微笑んだのが、これまた歴史に残るレベルの悪妻のポーラ王妃である。なんせ彼女は人が死ぬのを見るのが大好きで、夫にもっと死刑を増やすようにとせがみ、それが執行される日には朝からソワソワして誰よりも早く処刑場に馬車をつけるのであった。
むろんコーデリアはそんなことは知らない。王妃の優しい言葉に感激を覚えて、ハラハラと涙をこぼしたものだった。
「レオ。お前の義姉(ねえ)さんになる人だ。紹介しよう」
と、ジェイコブ王太子が声をかけたのが、彼のただ一人の弟のレオ第二王子、二十一歳であった。
レオ第二王子は、兄より一回り身体が小さく、顔も小さかった。
ジェイコブが目も鼻も大きいのに比べて、それらも小ぶり。もし人の顔を調味料に喩えるとしたら、兄はデミグラスソースで、弟はソイソースといった感じ。あくまでも、調味料に喩えたらの話だが。
「あ、どうも」
レオ第二王子の挨拶は、ひどくぶっきらぼうだった。
コーデリアの胸は、スーッと冷えた。優しい王家の人たちの中にあって、一人だけ、付き合いにくい人がいた。それによって、せっかくの幸福に水を注された感じがした。
「コーデリア・ブラウン嬢だ。これは弟のレオ。どうだレオ、お前も嬉しいだろ? こんな美人の義姉(あね)ができて」
「別に」
レオ第二王子の碧い目は、コーデリアの顔を見ても、何ら賞賛の色を浮かべなかった。
「外見は、どうでもいいことです。むしろそれによって、高慢な心を育てることもある」
グサッと、いきなり刃物で刺された気がした。
この、初対面の第二王子は、勝手に決めつけた!
ひどい、ひどすぎる。
生まれて初めての屈辱だ。
これまでどこへ行っても、誰と会っても、必ずその美貌を褒められた。
面と向かって褒め言葉を口にしなくても、目の中に、必ず美貌を認めた色を浮かべたのだ。
ところがこの王太子の弟は、それを認めもせず、それどころか美しさははむしろ欠点であるかのように、高慢だと言い切ったのだ!
(そんな……それじゃあ私は、まるで性格が悪いみたいじゃない。私のことを知りもしないで!)
繰り返すが、コーデリアをよく知る貴族令嬢の中には、彼女を性格の悪い馬鹿だと評する者もいた。しかし彼女は、人が陰でそう言っていることなど夢想だにしなかったのだ。
レオ第二王子は、一面の真実を正直に語ったのみである。そして彼は、サディスト一家の王家にあって、まるで突然変異のように唯一まともで、唯一正直で、唯一正義感のある「いい人」であった。
正直な話、王家を知る人々の中で、心ある人は皆、レオ第二王子にのみ救いと希望を見ていた。それはもちろん、あとの三人があまりにもひどすぎるからだ。
だがそんなことを知らないコーデリアは、王太子の弟を憎み、悔し涙を流した。
「どうした、コーデリア? レオの言葉に傷ついたのだな。かわいそうに」
ジェイコブ王太子に慈しむように言われると、たちまちコーデリアは、海のように大きな安心感に包まれた。
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