第2話 罠



 コーデリア・ブラウンの外見が美しいことは事実である。

 国中でそれを知らぬ者はない、というのは、これまた文字どおり事実であると言っても過言ではなかった。


 とはいえ。

 自筆の手紙にあったように、性格が素晴らしく良いとか才気溢れるとかいう点については、いささか疑問の余地を残していた。なぜなら口の悪い貴族令嬢の中には、あれは性格の悪い馬鹿だという娘さんもいたからである。

 むろん、その娘さんたちのほうが、性格の悪い悪役令嬢である可能性もあるにはあったが。


「……え、マジ?」


 当の美少女コーデリア・ブラウンは、思いがけない王太子からの返信に硬直した。

 危険なパンチを顎にもらって、ビーンと不自然に身体が伸びてしまった格闘家のように。


「一目惚れ……結婚したい……嘘でしょ?」


 あまりの幸運を信じられずにワナワナ……が、これこそが、哀れな被害者に確定したことを報せる手紙、簡潔に言えば死亡フラグであった。


 むろん本人はまだ気づかない。


「百万に一つの富くじが当たっちゃった」


 コーデリアには確固たる信念があった。それは、買わねば富くじは当たらないというもの。


 シェナ王国の貴族階級において、結婚はほとんどすべて、親の決める政略結婚であった。

 娘には同じ階級か、あわよくば上の階級の相手に嫁がせる。その話をまとめるのが親の最大の務めだ。


 コーデリアの両親もそう思っていた。しかしコーデリアは、


「お父様とお母様には、せっかく類まれな美貌に産んで下さったのですもの。ここは一発富くじを買ってみますわ」


 ここで言う富くじとは、最も上の階級、すなわち王家との結婚に果敢にチャレンジすることだった。

 両親に、王家と交渉するパイプはない。そこでコーデリアは、美貌一つを武器に、直接自己アピールする手段に出たのである。それが例の写真入りの手紙であり、一攫千金を狙う富くじであった。


「目立たなければ手紙は捨てられるだけ。どうせやるなら思いっきり弾けなくちゃ」


 意図的に、クセの強い文章を書いた。ひとえに王太子様の目を引くためーーそれが当たりすぎて、王太子の激烈な殺意を引き出したのは予想もしない成り行きだったが。


「感謝しなくっちゃ。お父様とお母様に」


 自らの美貌を鼻にかけるきらいはあったが、それによって「幸運」を手にすると、たちまち彼女は殊勝になった。


「これで親孝行ができた。それが何より嬉しい」


 心からそう呟いたうら若きコーデリア・ブラウンが、もうすぐ罠にかかったキツネのように殺されることを想像すると、いささか同情を覚える向きがあるかもしれない。


 それとも、馬鹿で性格の悪い娘が高望みするとしっぺ返しを食うという、教訓的な結末を期待されるであろうか?


 しかし公平を期すなら、このとき彼女は手紙に「性格が良い」とか「頭が良い」とか書いたことについて、


(ああ、こうなるとわかっていたら、あんなクセの強いことは書かなかったのに)


 と後悔し、


(あんな恥ずかしい文章を読まれて……もうっ、死んでしまいたい!)


 とすら思い、ベッドに顔を埋めてシーツを濡らしたことを記さねばならない。


 が、この点については、どうか心配しないでいただきたい。

 死にたい、と思う同じ脳内で、彼女はもう、華やかな王太子妃の生活を思い描いていたのである。


(美貌の王太子妃を国民は祝福してくれるだろうか? きっとそうだろう。もしかすると、コーデリア妃フィーバーすら起こるかも)


 だから、今後もし、彼女が死にたいとか舌を噛み切ってやると独白することがあっても、その悩みを真剣に聞く必要はない。

 死にたいという気持ち自体に嘘はなくとも、ちゃんとその直後に、自分自身でブレーキをかけられるのである。

 死にたいけど、今はまず眠ろう。死ぬ前に、何か甘い物を食べよう。そうだわ、イチゴを使ったケーキを三種類ほど。


 こんなふうに考えられるのは、良いことである。なぜならちょっとのことで思い悩んで死ぬよりは、性格や頭、あるいはその両方とも悪くても、生きてるほうがずっと良いのだから。


 要するに、コーデリアとはそういう娘であった。


(恥ずかしくて死にたい。でも、お父様お母様、それにシェナ王国の国民のため、私は生きる。美しい王太子妃の誕生によって、この国に喜びをもたらすのだわ)


 彼女は涙を拭いて笑顔になると、王太子からの手紙を胸に、母親がくつろぐ二階のパーラー目指して走った。

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