第五夜
第五夜
私は朝起きて、玄関横の神棚へ行き、お祈りをした。
感謝の祈りだ。
何もなく朝を迎えることができた。
お祓いが効いたのか、それともやはり疲れていた私の妄想だったのか。
二日酔いはあったが、外へ出てみると良い発見があった。
野良犬がいたのである。
犬は私の怯える人形とは違うが、別のぬいぐるみを咥えていた。
そして、私の家の縁の下にもぐりこんだ。
私は犬の入った縁の下を覗く。
犬は驚いて逃げ去ったが、彼のいた付近には、どこからか持ってきた人形が数体転がっていた。
例の人形はいない。
薄気味悪い気もしたが、「野犬が持ってきた」とする仮説を強く推すもので、私はひどく安心した。
ひょっとすると、紙垂の効果かもしれない。
私はあの頼りない神主に感謝した。
そんなとき、呼び鈴が鳴った。
出てみると制服姿の警官が立っていた。
「付近をパトロールしました。異常ありません。しかし最近、付近で野犬が徘徊していると通報が多いので。お気を付けください」
警官はそういうと去った。
一応私の相談に対応してくれたようである。
昨日紙垂を神棚に飾ってから、今朝は私を安堵させるような出来事が続く。
昨晩は人形に呼ばれることもなく、人形を咥えた犬が徘徊し、それは近隣住民にも周知されている。
では声はどう説明がつく?
「よっちゃん」と私を呼んだ声だけは説明がつかない。
それこそ、希望的観測でみるなら私の「尋常ならざる疲れ」から来た幻聴なのかもしれない。
例えば、精神疾患の急性期患者は反社会的行動や奇行をとることもある。
誰かが監視している、集団で私を狙っていると被害妄想に取りつかれることもある。
夜中に人形を河川に放り投げるというのも、私からすればおかしなことではなかったが、周囲から見ると奇行と見えて間違いないだろう。
私は狂っているのだろうか。
だから、神主や警察も私を適当にあしらった…のだろうか?
考えれば考えるほど、自分が狂っているのではないかと言う考えが浮かんでは消えていく。
いや、私は狂っていない。
ライターの仕事もこなしているし、家も買った。
口うるさい両親とも関係は良好だ。
人形の呪いだが何だか知らないが、私もやや生真面目に信じすぎた。
ただ偶然に、私がいじめた人形と同型のものが野良犬によってもたらされた。
私は、その時仕事で疲弊し、幻聴を聞いた。
それだけの事ではないか。
私の中で、人形を苛めたという気味の悪い思い出が…今になって幻聴を真実だと補完する為に蘇ったにすぎないのだ。
神主は言った。
「廃神社にはいてはいけないものが棲みつくこともある」
馬鹿馬鹿しい。
そもそも、神という概念すら荒唐無稽だ。
本当に神がいるなら、戦争、貧困、犯罪で起きる悲劇はなぜなくならない。
私は、努めて現実的、科学的に考え、声は幻聴であると思うことにした。
神だの呪いだの、因果だのオカルトは無意味だ。
私は、町に買い出しに行き、それからは仕事の遅れを取り戻すように猛烈に働いた。
そして、夜が来た。
私はタバコをくゆらせ、タイプしている。
本当は酔っぱらって寝てしまいたいが、フリーランス、成果主義の私にはサボる事は死を意味する。
今回は、科学ジャーナルの要約記事だ。
因果推論の話。
「風が吹けば桶屋が儲かる」は真実か。
そうだ、因果は別にオカルトではない。
原因となるものが存在すれば、おのずと結果は発生してしまうものである。
一見してオカルトじみた結果も、実は因果関係が存在しているという話も聞かなくはない。
そう考えると、私は間違っていたのかもしれない。
果たして、本当に神はオカルトなのだろうか。
ひょっとすると、神も呪いも人間が都合よくオカルトのラベルを張っただけなのかもしれない。
水面下では、現代科学では説明がつかない因果が働いているとしたら…。
だから人類は、神や信仰、禁忌、呪いなどのオカルト概念を作り出した。
それは悪しき因果から逃れるための対抗手段なのかもしれない。
私は悪しき因果律に囚われているのだろうか。
もし、私が因果律に囚われたなら…死んだ友達との相違点はひとつだ。
私は違う。
彼らのような間違いは犯していないはず…。
その時、私は背筋が凍るような思いがした。
そして震え、全身に鳥肌が立つのが分かった。
時刻は丑三つ時
膨れ上がる恐怖
取り返しのつかない因果
突然、停電した。
PCが消え、煙草の火も消えた。
私の恐怖心に追い打ちをかけるように、部屋は暗闇に包まれた。
私は、恐怖から腰が抜けてしまいそうだった。
いや、偶然だ。
偶然と考えないと私は狂ってしまう。
幻聴に怯えることはない。
多少幻聴がしたところでどうというのだ。
もし、万が一人形の呪いだとしても…
紙垂だって、仏間の神棚に祀ってあるのだ。
私は自室のふすまに手をかけた。
そして、ふすまを開く。
神棚に紙垂がある。と心に言い聞かせる。
神棚…神棚は仏間だ。
仏間。
私は取り返しのつかないミスをしたかもしれない。
私はふすまを開き、既に廊下に出ていた。
なぜだろう
途中でふすまを開けるのをやめ、部屋に閉じこもればよかったかもしれない。
でもそれができない。
月明りの廊下は、果てのない闇となっている。
それは立っていた。
小さな体で、下を向いて立っている。
闇の前で、あの人形が立っている。
立てるはずがない。
普通なら立てるはずがない人形なのだ。
あのときとおなじ
わたしは狂ったのだろうか。
見てはいけない
でも、目を背けることができない。
人形は顔をあげ、動かない口で声を発した。
「よっちゃん、きたよ」
【おわり】
因果の呼び声 差掛篤 @sasikake
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