第二夜


第二夜






疲れのせいか、日中仕事があまり進まなかった。


寝転んでぼんやりと昔のことを考えた。

空耳で聞こえた「よっちゃん」


とても懐かしい。

子どもの頃、近所の友達は皆私をそう呼んでいた。


いつも公園代わりに遊んでいた神社で、友達たちと日が暮れるまで遊んだものだ。

いつも社は締まっており、誰一人いなかった。

さらに草は鬱蒼としていたものの、割ときれいな神社だった。

そんな日々がいつかは終わりを迎えるということも知らず、私たちは無邪気に遊んだ。


私がある事情から、神社に寄り付かなくなってから30年は経った。


神社の事は自分の中で忘れようとしていたに違いない。

楽しかった思い出と共に、不穏な記憶が蘇った。


日中のぼんやりの挽回をしないといけない。

私はコーヒーと煙草を片手に、作業に没頭していた。


軽く頭痛がするが、そんなことはいつもの事だ。


しばらく作業をしていると、自分の車の中にスマホを忘れたことに気づいた。


仕事の連絡はメールを使っているが、電話でもかかってきているといけない。


私は立ち上がって、車へ取りに行くことにした。


長い廊下を歩く。

典型的な日本家屋で、縁側もある。

割ときれいなのに築年数は古くもなく、とにかく安いので買ったのだった。


薄暗いが、腰高窓のおかげで月明りは入る。


足下は見えるが先は見えない。

私は腰高窓を通り過ぎた。


「よっちゃん」


私は背筋が凍った。

やはり呼ばれていた。

昨日に続いて今日も窓の外から呼ばれたのだ。


今日は聞き間違いではない。

くぐもったような、子どもの声で「よっちゃん」とハッキリ聞こえたのだ。


当時の「よっちゃん」と私を呼んでいた人間はもういない。


私はおそるおそる窓の外を見た。

変質者の類はいない。

見通しのよい庭なので、だれかいればすぐに分かるはずだ。

でもだれもいない。


私はあるものに気づいた。

何か黒いものが窓の下に落ちている。


私は外へ出た。


車にスマホを取りに行くのも忘れ、腰高窓の方へ向かう。


私はその黒いものに近づいた。

そして、戦慄した。


それ人形だった。

ちぐはぐな大きさのボタンで目や口、鼻が縫われたぬいぐるみに近い人形だ。

長い年月が経ち、真っ黒に汚れている。


そしてそれは、私が「よっちゃん」と呼ばれていた頃、例の神社で見つけたものだった。


私は震える手でその人形を掴んだ。

30年以上も前に捨てた人形だ。

それも私の地元で。


同じ人形であるはずがない、同じ型のものが、偶然ここに落ちたか、野良犬が落としたのではないだろうか。


私には「よっちゃん」と誰が呼んだかと考える暇もなかった。

いや、非現実的な答えを導き出してしまいそうだから、考えなかった。


もし、周囲に見ている人がいたら滑稽に見えたに違いない。


私は、深夜に薄汚れた人形をひっつかんだまま。

町のそばの河川敷まで走った。


そして、広い川の中へぬいぐるみを放り投げた。

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