因果の呼び声

差掛篤

第一夜

第一夜





私は疲れていた。

フリーランスのライターをする私は、会社勤めと違い、自分の作業量が収入に直結する。


憧れのフリーランスになったものの、会社勤めの時のように仕事に緩急がつけられない。

常に全力で取り組み、全力で仕事を取りに行く。


そんな生活を数年送り、私は疲れ果てていた。


私の家は田舎の中古物件を購入した一軒家だ。

古くて、隙間風は吹くが、古さもまた情緒があり気に入っている。

離れて地元で暮らす両親は、私に結婚を促し、女一人物書きで立身するのは難しいと根拠なく言う。


一人、中古の家を買った私が心配らしい。


仕事では途切れることのない、自己責任の激務。

両親からの余計な忠告。

だが、両親の望みにこたえるべきかと感じる一抹の不安。


そのすべてに疲れていた。


私は一つの記事の納品を終えた。

夜も遅い。


私の作業部屋は暗く、PCの明かりだけがついている。

私は机の煙草に手を伸ばす。

一服して次の記事に取り掛かろう。


ない。煙草の箱は空だった。

困った。これがないとシナプスが働かない。



確か、玄関に箱買いしたものがあったはず。

私は暗い廊下を進み、玄関へ向かう。



「よっちゃん」


突然、長い廊下の真ん中にある腰高窓の外から、私を呼ぶ声が聞こえた。


それに、「よっちゃん」というのは私の子どもの頃の呼び名だ。

30数年前に近所の子に呼ばれていた呼び名だ。


疲れたせいで空耳でも聞こえたのだろうか。

声ははっきりとしておらず、くぐもったような声だった。


テレビは付けていない。

私の家は町から離れ、隣家とは1kmは離れている。


私は突然怖くなり、やや緊張し、腰高窓から外を見た。


月明りが照ってよく見えた。

何もいない。

野良猫が2匹、私の姿に驚いて遠くへ逃げた。


なんだ。猫のケンカか。

私は周囲を見回すが、人影はない。

モノも落ちていない。


私は玄関へ煙草を取りに行った。

長い廊下を通り過ぎ、台所と居間を過ぎれば玄関だ。

そして、作業部屋に戻ると、空が白むまで仕事をつづけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る