Ignited Heart

シトール

プロローグ

プロローグ


 何をも破壊する熱線、それに貫かれ崩壊するビル。

 轟音と土煙を上げて、まるで映画のワンシーンのような光景が、少年の目に映る。

 だがしかし、これはフィクションではなく、彼にとって否定しがたい悲劇である。

「お母さん!!」

「にげ……なさい……」

 振ってきたコンクリートの塊の下敷きとなってしまった少年の母親。

 周りに人はおらず、少年の悲鳴を聞きつけて助けてくれそうな人もいない。

「お母さん! お母さん!」

 どうする事も出来ず、少年はただただ泣き喚くのみ。

 その間も『戦闘』は続いている。

 爆音と悲鳴、そして瓦礫の隙間をぬって交互にやってくる熱風と冷気。

 地獄もかくや、と言う状況の中、少年はしかし窮地に駆けつけた男性に抱きかかえられる。

「君、大丈夫か!」

「助けて! お母さんが!!」

 少年の指差す先、既に事切れている母親の姿を見る男性。

 喉を鳴らし、奥歯を噛み締めながら、男性は少年を連れてその場を離れる。

「どうして、どうしてお母さんを助けてくれないの!?」

「すまない、私にはどうする事も出来なかった……ッ!」

 少年の純粋な悲しみと疑問に、男性はどう答える事も出来なかった。

 そして二人は、瓦礫の山から這い出る。

「……あ、ああ……」

 少年の目に映る、赤く猛る町の姿。

 赤熱したビル壁がドロリと溶け落ち、すぐに冷え固まって黒く歪んだオブジェとなる。

 かたや地面には霜が敷き詰められ、外気に当てられて溶けて水となる。

 熱気と冷気の入り混じる、正気の沙汰とはいえない光景を目の当たりにし、少年は強い恐怖と黒い感情を抱く。

「イグナイテッドが戦ってくれている。私たちはすぐに避難を」

 少年を抱きかかえたまま、男性はすぐに駆け出す。

 ここは未だに戦場である。

 人知を逸した存在の、生と死を懸けた修羅の巷であった。

 片方は炎を操る超人、イグナイテッド。

 もう片方は冷気を司る異形、エクスティングイッシャー。

 異世界からの侵略者であるエクスティングイッシャーに対して敵対心を持つものは多い。

 今回の事件だって、エクストの出現によって引き起こされたものだ。

 だが、少年は強く眉根に力を込めてイグナイテッドたる少年を睨む。

「イグナイテッド……アイツが、お母さんを殺した!」

 ビルを崩壊させた熱線は、間違いなくイグナイテッドが発したものだったのだ。


 少年の脳裏から離れる事はない、暗い過去の記憶。燃え猛るような、黒く濁り溜まるような、激しくも重たい感情の温床。

 これは十年ほど前の出来事である。

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