嫌とは言ってないですけど?
パチリと目を覚ます。知らない天井だった。
なるほど、と数秒かけてその事実を呑み込んだ俺は、勢いよくガッツポーズする。
「よっし、生き残った! ギリギリセーフッ!」
「滅茶苦茶アウトだ馬鹿者ーッ!」
「ぎゃーっ、痛い痛い痛い! ちょっ、
よっしゃー! と諸手を挙げたら鋭く飛び込んでくる師匠だった。
ゴキバキドゴン、と人体から発せられてはいけなさそうな、不気味な音が響く。あっ、これ骨一本逝ったな。
つー……と静かに涙を流す俺と、馬乗りになって涙を流す師匠。
どっちが悪いのかギリギリ分からない構図が出来上がった瞬間だった。
「起動はするなと、言ったはずだろう……」
「や、俺だってしたくはなかったですけど、状況的に仕方なかった……うぅん、いや、まあ、仕方なかったんで」
言い淀んでしまったのは、本当に仕方のないことであったと、断言しきれなかったからだ。
レティシアは、力のある魔族である──いや、力ある魔族だった。
あの時戦ったレティシアは、確かに並の魔族よりは強かったが、しかし、300年前よりずっと弱かった。
かつての実力など見る影もないほどに、レティシアは弱体化していた。
聖剣を起動したとはいえ、今の俺の一振りで勝負が着くなんて、本来であれば有り得ない。
レティシアはそれだけの魔族だった。少なくとも、当時の俺にとっては、10本指に入る程度の猛者だったのだから。
だから、レティシアの最後の言葉には、一定以上の信頼性があった──魂とは、魔力や魔法と密接な関係にあるものだ。
故にこそ、魂とは簡単に触れられるものではない。というか、そもそも魔族くらいの頑強さが無ければ、魂なんて触ったら即死だ。
弱体化した程度で済んだ、レティシアがイレギュラーと言っても良い。
魔族はもう、一枚岩ではない……なんてこと、考えたくはないんだけどな。
戦いが終わった後に、本格的に始まるのは政治だ。
外の敵ではなく、内の味方との戦いになる。
あの魔王が、そこでミスるとは思えないが、世界のほとんどを支配しているのである。
統制しきれないのが普通だろう。人間だって、人間同士で争うことがあったのだから、ある意味それは当然なのかもしれない。
種族は問わず、いつだって少数で、追い詰められている側の方が、結束力は固く、強いものだ。
「それで、全治までどのくらいですか? 三日とか?」
「自分の回復力を過信しすぎだろう……二週間だ」
「おっ、マジで? 結構軽傷だったんですね」
「寝たきり生活が二週間。そこからしばらくは、車椅子だよ」
「おぉぉん! 全然軽くない!」
超重傷じゃねぇか! と叫びそうになってやめといた。今絶叫したら、また骨がどっか逝く気がしたからだ。
多分、俺が思ってるより俺の身体は弱体化している。
俺にデコピンしてから、ベッドの横にある椅子に座った師匠が、小さくため息を吐いた。
「だから無茶をするなと言ったのに……元気良く『無事に帰ってきますよっ』とか言っていたのは、何だったんだい?」
「へ、へへっ」
「笑って誤魔化そうとしない! ……まあ、事の顛末は聞いているから、そこまで責めるつもりはないが、怒ってはいるからね」
「はい、ごめんなさい……」
普通に冷静に戦っていれば、剣技だけで何とか出来る相手ではあったからな。
思い返して気付く、そんな事実に色んな意味で落ち込みながらため息を吐いた。
観察眼と勘が鈍っている。もう身体の方は仕方ないとしても、これだけはダメだ。
長いこと、戦場から離れすぎた結果だろう。
そも、戦うことを懐かしいなんて、思ってしまった時点でダメなのだ。
それが常である方が正しくて、少なくとも気持ちくらいは、そうであり続けなければならない。
やれやれ、課題が多くて嫌になっちまうな。
「あーっと、ステラノーツ達は大丈夫でしたか?」
「うん、そこは問題ない。きっちり守ったようだね、少年。そこに関しては良くやった、偉いぞ」
「飴と鞭の間隔が短すぎるだろ……」
俺の小言を聞き流しながら、師匠が頭を撫でる。心地良い感触だ。
絶対に人の前でやって欲しくはないが。
「でも、その代償はきちんとついてくる。ただでさえ、今の少年は酷く脆いんだ。次無茶したら、本当に死ぬよ」
「ん、肝に銘じときます。だけど、大丈夫ですよ。しばらくは戦いに出ることはない──つーか、いい加減、お悩み解決タイムに入らないとだし……」
そう、俺は勇者であるが、同時に先生なのである。
どちらかと言えば、先生である方が比重が重いくらいには先生だ。
そろそろ答えを……じゃないな。選択肢を与えてやらなければならない頃だ。
悪い方向へと進む道を断ち切って、まあ、そこそこ良さそうな道を提示してやらないといけないだろう。
ただでさえ、今は悪い方向に突き進んでる最中なのだ──あの戦いを、見れば分かる。
というか、ノクタルシアが何故俺を頼ったのかが、良く分かってしまった。
ふっ、進路選択を迫るなんて、俺も先生らしくなってきたじゃん?
「言っておくけれど、少年は普通に一か月くらい寝てたからね。赴任三日目で、一か月休職してたって訳だ」
「先生どころか社会人失格級じゃん!!?」
しかも原因が概ね俺にあるあたり、ちょっと擁護できなかった。
勇者として動いた結果こうなった訳だし、言い換えてしまえば副職が原因で休んだも同然である。
更に言えば、コネで得た正職だからな。
クビになってもおかしくないだろ、これ……。
「まあ、そうなることは有り得ないけれど、もしそうなったら私と一緒に隠居しようか」
「おぉ、超悪くないですね。最高。世界救った後に、そうしましょう」
「……少年は、意外と好意をストレートでぶつけてくるタイプだよねぇ」
「好きな人には好きって言っておかないと、後悔する時代を生きましたからね。今もかもしれないですが」
普通に気になってたあの子が、翌日村ごと燃えて死んでるとかあるあるだったからな。
特に傭兵団なんかは、そういう経験をした人が多かったイメージがある。
大切な人を失っていない人なんて、どこにもいなかったような時代だ。
そういう時代を、変えたかったんだけどな。
「……そう思い詰めるな。考えて考えて、結局悲観的な結論に達するのは、少年の悪いところだよ。私は今、怒っているけれど、同じくらい少年のことを、誇らしく思っているんだから」
「俺、師匠のそういう、結局俺にベタベタに甘いところ、滅茶苦茶好きですよ」
「いやそれは少年がそもそも、甘やかされるのが好きというだけの話だろう……」
「甘やかされて育ったんだから仕方なくないですか?」
俺は基本的に、全人類に甘やかして欲しいくらいの気持ちは、常に抱いてるタイプの人間だからな。
世界を救った後は、もう死ぬまでチヤホヤして欲しいものである。
「でも、そうだね。少しだけ、未来からチヤホヤを前借りしてあげようか」
「?」
「おいで、久し振りに抱きしめながら寝てあげよう」
「いやそれめっちゃガキの頃の話じゃない!?」
「なんだ、嫌なのかい?」
「……嫌とは言ってないですけど?」
このあと見舞いに来たシャリアにめちゃくちゃ絶叫された。
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