ああ、ああ、好きだったよ。
「嘘、嘘嘘嘘嘘! えっ、ウッソマジで!? マジのマジでイーくんなの!? 信じられない! えっ、えぇっ!?」
「相変わらず語彙が少ないな、淫乱メンヘラクソ女」
「はぅっ! 雑なあーしの罵り方! 何か空気を蹴って、疑似的に飛んでるとかいう、キモいことしてる辺り、マジのイーくんじゃん……最高、濡れてきちゃった♡」
「うわっ……」
発言のキモさが度を越えてて普通に引いてしまった。
そういえばこいつ、そういうやつだったな……という嫌な思い出が引き出される。
何かもう、存在そのものが教育によろしくなさすぎるんだよな、この女。
今すぐ殺してやらないと、とあらゆる観点から見てそう思った。
だから身体をくねくね動かすんじゃないよ。ちょっと艶かしくて見てらんないんだよね。
レティシア如きに欲情したら終わりだと思っている俺だった──なんて、言ってしまえば分かるだろうが、レティシアと俺は、旧知の仲である。
それこそ、シャリア達と同じくらいの付き合い。つまり、300年前戦った魔族であり、見ての通り、当時殺せなかった魔族である。
「せ、せんせー、早すぎじゃない~?」
「逆だ、ステラノーツが遅いんだって。雷魔法、得意なんだろ? もっと上手く使いこなせば、今の俺の十倍速は出るぞ」
「うっ、急に先生らしいこと言う~……というか、飛べるなら最初からやってよ~」
「いや、俺もこれ初めてやったから……」
出来そうだなと思って一歩踏み出してみたら出来ちゃっただけである。
一時的にとは言え、魔法を失ったからこそ気付けた技術だな。
「──と、それよりも、大丈夫だったか? セレナリオ、ノクタルシア」
「せんせー、ど、どうして?」
「や、どうしても何も、生徒がボコボコにされるのを、黙って見てる先生はいないだろ」
というか、いたら嫌なやつを通り越して先生失格だった。
まあ、それに、相手が相手だったからな。
「一応だけど、二人とも、そう落ち込まなくて良いからな。相手が悪かった、そう思っとけ。魔族の本領は騙すところにあるし、レティシアは長年生きてる魔族だ。経験値が違う」
「有名な魔族なの~?」
「いや、無名だ。だけど覚えとけ、魔族は無名の方が怖いんだってことを──名を誰かに伝える人を、一人も残してないってことなんだからな」
とはいえ、俺は知っているのだから、お前がちゃんと残しておけよという話ではあり、全く以てその通りなので反論の余地が無いのだが……。
まあ、何か……魔王を目指して旅をしてる俺たちが、誰かに魔族の詳細とか伝えることってあんまり無かったんだよな。
得に俺とか、記録とか日記つけるの苦手だったし……それこそ、授業で教えてやれよとは思うところではあるが、多分教えてはいるんだろう。
ただ、数が多いからな。覚えきれるのは、本当に極少数だけなのは仕方がない。
魔族の数も爆発的に増えたらしいし、300年も経てば魔族の主要面子も入れ替わってるに決まってる。
あいつら、全然共食いとかするからな……。
当時ですら、高名な魔族が、既に他の魔族に喰われて死んでいた……なんてことは良くあった。
「あと、ステラノーツには教えたけど、魔族の言葉は聞くな。あれは言葉に聞こえる音だ、人を騙すことにしか機能しない、雑音だ。あの口から出る音に、価値は欠片も無い」
「あははっ、そんなことないしぃ? あーしがイーくんに囁く愛の言葉だけは、本物だよっ」
「ちっ、せーな。入ってくんじゃねぇよ──って訳で、全員今日のところは後ろで見とけ。大丈夫、俺は勇者だからな」
言いながら、三人の前に出て、レティシアと睨み合う。
視線とドジにに、互いの殺気が交錯した。
肌が泡立つような悪寒が走り、腹の底が沸騰してるように熱を持つ。
空気が変わったのが分かる。馴染み深い感覚が、全身を包み込む。
一手ミスれば命を落とす。
そういう緊張感が、そっと俺に寄り添っている。
懐かしい、戦場の香り。
「ふぅん、あーしと
「馬鹿言うな、俺は死んでも死なないことに、定評がある男だぞ?」
「ぷっ、あはははっ! 確かに! でも、生きてるだけじゃん? 万全じゃないの、見れば分かるって。そんな身体じゃ……魔法が使えないんじゃ、あーしの足元にも及ばないよ?」
「だろうな、そんくらいは俺にも分かってる。でもそれは、まともにやったらの話だ」
魔物ならまだしも、魔族相手に魔法が使えないというのは、致命傷どころの話ではない。
そも、生物としてのスペックが大きく下回っている人類が、膂力でどうこうできる相手では無いからだ。
生き物として、人間は魔族には勝てない。それは、どれだけ時間が経とうとも変わらない事実だ。
ただそれは、真っ向から正々堂々と戦った場合に限る話であるが。
何でもありであれば、話は変わる。
だから俺は、聖剣の柄を握りしめた。
聖剣。それは人類の、叡智の結晶。
空を昏く覆い、地を悍ましく染める魔王に、対抗するべく生み出された、聖なる剣。
「……それはそれで、死ぬと思うんだけど?」
「いいや、死なない。ユフィ=アリオスが俺を殺すことはない。死ぬのはお前だけだ、レティシア」
「虚勢の塊じゃん──でも、良いね。そういうの、とってもイーくんって感じ! あはっ、アツくなってきた! 良いじゃん良いじゃん! イーくんの聖剣起動、あーし初めて見るし! ワクワクしてきちゃったなー!」
レティシアが全身から放つ魔力に、意図せず身体が震える。武者震いなんかじゃない、これは純粋な怯えだ。
怖い。恐ろしい。死にたくない。上手くやれなければ死ぬ。そうでなくとも、見誤っていたら、その時点で命はない。
俺の記憶より、もっとずっと強くなっているのは間違いない。
当時ですら殺しきれなかったレティシアを前に、考えさせられることは多い。
だけど、それで良い。敵に怯えることすら出来ない戦士は、戦う前から死んでいる。
俺たちは、怖いから立ち向かうんだ。
恐ろしいから、良く見るんだ。
死にたくないから、考えるんだ。
上手くやれるために、あらゆる手を考えるんだ。
それらは全部勇気が必要なことで。
だからこの世には、勇者が────俺が必要だった。
「──この灯は、命の灯。少女がかつて願った、人の世を照らす絶光」
莫大な魔力が、俺達を中心に吹き荒れる。
俺の紡いだ言葉に反応したユフィ=アリオスが、その本領を発揮する。
”ただし、起動することは許さない。”
先日、
帰ったら怒られるだろうなぁ……ワンチャン泣かれるかもしれない。
でも、仕方がない。先生じゃなくて、勇者が必要な場面なんだ。
ここで頑張らないで、いつ頑張るんだって話だろ。
それに、いい加減本当に、俺が勇者なんだってことを、生徒達に見せないといけないからな。
思えば、情けない姿しか見せてない気がするし……。
よーし、せんせー頑張っちゃうぞ!
「起動────
聖剣とは、何も昔々の大昔に、誰かが打って鍛えて作ったものではない。
いるかどうかも分からない、神々が人に授けたものではない。
世界が始まったころからあった、世界を救うための不思議な剣ではない。
伝説上にしか存在しないような、御伽噺の如く夢のある剣ではない。
魔を怖れ、魔に抗う為に、人が集まり、知恵を結集し、試行錯誤の果てに作り上げられたもの。
ただ魔を滅する為に、人の世の為だけに、形を成した武器。
魔を退ける為に、星を滅ぼせるほどの力を、天すら墜とす力を宿せという、願いの結晶。
力がありすぎるが故に、振るう人を選んだ最終兵器。
それが、聖剣だ。
「コールサイン
鞘から引き抜いたユフィ=アリオスが、神々しい光を放つ。
真昼の空ですら、白く染め上げる絶光。
魔を許さず、ただ殺す為だけにある一振り。
無尽蔵に吹き出す魔力が、使用者の俺にまで流れ込んできた。
滅茶苦茶になった俺の魔力回路を、無理矢理正すように膨大な魔力が荒れ狂う。
身体が壊れる音がする、視界が歪み、音は消え、呼吸出来ているかすら分からない。
でも、問題はない。これを振るう為に必要なのは、勇気だけだから。
「だよな、ユフィ。一撃で決めよう、俺達ならやれる」
「──眩しいなあ、あんまり光るなよ。あーしの前で、イチャつくな!」
音よりも早い交錯だった。
互いが互いより、先んじて空を蹴る。
拮抗すらしなかった。剣戟が起こることはなかった。
ただ、光だけが尾を引くように残る。
その線上に、二つに斬り捨てられたのは、魔竜の女。
絶光が収まり、剣を鞘へと戻す。
「……何か、弱くなったか? レティシア」
「あっ、ははっ、分かっちゃう? 流石だなー、イーくんは。でも、弱くなったのは、お互い様だし、お揃いじゃん? 初めてのお揃い、さいっこー……」
「お前、死の間際でも減らず口叩けるのな……」
「それが、あーしの良いところだって、イーくんが、言ってくれたんじゃん」
魔族の死体は残らない。
空から落ちて行くレティシアの下半身が、ボロボロと灰のように崩れ落ちていく。
その中でも、未だにしぶとく残るレティシアの上半身が、俺の方へと向いた。
「300年で変わったのは、イーくん達だけじゃない。魔族はもっと様変わりした──あーしがこんな、尖兵みたいな真似してるのが、その証拠。
魂をちょっと、触られちゃったんだよねぇ。だから、チンタラやってると、今度こそ手遅れになるよ、イーくん♡」
「安心しろ、何がどうなってようが関係ない。一匹残らず始末するだけだ」
「あはっ、良いね良いね。その目、その目が好きだった。冷徹なのに、熱がある瞳。ああ、ああ、好きだったよ、イーくん。本当の、本当に」
「…………知ってる。だから、この手で殺したかった。ずっと、ずっとだ。じゃあな、レティシア・シリルノート」
「……ズルくない? 最期にそう呼ぶなんて」
ふっと小さく笑ったレティシアの首を撥ねる。パッと舞った彼女の首は、すぐさま解けるように消え去った。
残った上半身がついていくように姿を消して、竜型魔物が三々五々に散っていく。
終わったな。うん、終わった。取り敢えず解決! 良し!
俺は二、三回頷き、ステラノーツ達へと手を大きく振り、滅茶苦茶デカく叫んだ。
「良し! お前たち! 俺の回収よろしくおぇぇぇええええぇぇえ」
「せ、せんせーーー!?!?!?」
直後に俺は吐きながら落下した。
いや、まあ、何というか……。
起動したら死ぬというのは、あながち冗談ではないということだ。
ブシィ! と胸が裂けて血が噴き出始めたのを見て、「うおこれはマジヤバいかもしれん」と、俺はしめやかに失神した。
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