あーし好きだよ。
「────お出ましね。クララ、
「了解です。お気をつけて」
イサナにとってはイレギュラーの魔族。しかしそれは、少なくともここ数年、こうして前線に立っていた、ノクタルシアやセレナリオにとっては、実に見慣れた存在であった。
そして、これまで幾度となく、撃退してきた存在でもある。
脅威ではあるが、絶対的なものではない。
危機ではあるが、絶望するほどではない。
かつて、世界を救わんと旅をして、魔王に支配されていた地域の、そのほとんどを解き放ったとされる、勇者イサナと、それに付き従った三人の戦士。
その内の一人であり、歴史上最強の魔法使いとされる、シャリア・マルドゥークのお墨付きでもあるのだから、ある意味それは、当然とも言えた。
妖精種という、魔法に特化した種族であり、その王候補ですらある、ルナ・ノクタルシアからしてみれば、それほど警戒する必要はない相手。
それは、この時代における──魔物が増えすぎたことにより、比例して増えすぎた、魔族に対する認識でもあった。
「なるほどね、勇敢じゃん。それに見合うだけの実力もある──情報通りって感じ? 聞いてた通りの黒髪だし、この
「相手にならないのは、貴方もだと思うけれど」
「ふーん、威勢も良しっと。良いじゃん、あーし好きだよ。そういう子」
ニヤリと面白そうに笑みを浮かべたのは、灰髪の女だった。
見た目から受け取れる年齢としては、ノクタルシアと変わらない──どう多く見積もっても、十代を超えることはないだろう。
無論、その見目から受け取れる情報には、欠片程度の価値しかないが。
魔族の見た目と実体は、かけ離れていることがほとんどだ。
千年を超えて生き続ける魔王が、若々しい女性のようであったことからも、それは読み取れるだろう。
基本的に寿命という概念が存在しないのが、魔族の特徴の一つである。
だから、ノクタルシアが油断することはない。
人に近い姿でありながらも、しかし残っている、魔物としての名残を観察し、杖を握りしめた。
(肌の鱗に、側頭部にある二本の角……竜型魔物から派生した魔族かしら。以前も相手したけれど、それよりはきっと、ずっと強い)
当然ではあるが、一口に魔族と言っても、その中での実力差は存在する。
それは、元となった魔物としての、種族の違いも関係するが、明確な差を生み出すのはやはり、魔族に至るまでの過程が大きいだろう。
魔族とは、魔物が多くの魔力ある生命を喰らうことで到達する、一種の到達点である。
魔物である間に、誰よりも多くの命を喰らっているか、あるいはより質の高い──端的に言えば、猛者を喰らっていれば、魔族に至った時、その実力は大きく跳ね上がる。
故にこそ、上級の魔物であればあるほど、魔族になった時の実力は高い。
竜型魔物から派生した魔族ともなれば、相当以上だろう。
基本性能が高ければ高いほど、ジャイアントキリングが成し遂げられる可能性は高いのだから。
そういった意味合いでも、そもそも種族として強い魔族の実力は未知数とも言えた。
「あー、悪いんだけど、そういうバチってる感じ? パスでよろ。あーしは別に、戦いに来たわけじゃないからさあ」
「嘘ね。聞く価値もない、戯言だわ」
「ちょっ、ちょちょちょーい!? もうちょい、もーーちょいくらいっあーしの言葉聞いてくれても良くない!? 即決即断は良くないって、あーし思うなー!」
「煩い人……いいえ、魔族ね」
「あっ、そういう括り方、あーし嫌いだな。あーしにはちゃんと、レティシアって名前があんだから。覚えて、そして呼んでみせて?」
内から滲み出るような陽気さと、殺伐とは縁遠い明るいトーンの声。
並みいる魔族とは違う、言ってしまえば友好的な態度。
降伏するように両手を上げ、無抵抗を示したレティシアは、「これでも信じられない?」とパチリとウィンクまでしてみせた。
気付けば、竜型魔物まで抵抗をやめたかのように、レティシアの背後で翼をはためかせている。
訝し気に、眉間に皺を寄せたセレナリオが、ノクタルシアの隣に並ぶ。
レティシアにとって、二人を合流させるメリットは存在しない──否、そもそも交渉をするような素振りを見せることすら、本当であれば意味のないことだ。
魔族と、それ以外の種族による戦争。その結末は、誰が見たってもう分かり切っているほどに、魔族が優勢なのだから。
そして、この戦争はもう、どちらかが滅びるまでは終わらないのだから。
交渉をする余地なんてものは、300年前ですら存在しなかった。
故にこそ、この状況は酷くチグハグなものであり、それがなおさら、ノクタルシアの困惑を招いていた。
(狙いが見えない──遊ばれている? だとすれば、それほどまでに、実力に自信があるということになる。けれども、この魔族から感じられる魔力はそう多くはないわ……多少のハンデがあっても、ワタシなら勝てる程度だもの)
基本的に、魔族の実力というのは、魔力量で推し量ることができる。
ただ見て分かるというものではないが、熟達した魔法使いであればあるほど、精度の高い読み取りは可能だ。
そして、ノクタルシアの目には今、レティシアの魔力量が見えている。
ある程度の誤差を考えたとしても、ノクタルシア自身のざっと三分の一程度。
歯に衣着せぬ言い方をしてしまえば、多少は骨のある雑魚だ。それ以上にも、それ以下にもならない。
本気を出してしまえば、ものの数秒で片付けることができる──つまり、レティシアは誰かの遣いである。
慢心ではなく、事実として、ノクタルシアはそう判断した。
何かあったとしても対応できると、論理的に組み上げた思考の上で、ノクタルシアはそう断じ、杖を下ろした。
「なっ、会長!?」
「大丈夫、だけどクララは警戒を続けて。いざとなったら、ワタシごとでも撃てるように」
「うぇぇ!? 物騒なこと話してるじゃん。だーいじょうぶだって、あーしは何もしないよ、絶対に。約束する、神様に誓っても良いよ?」
「神なんていないわ。けれども、そうね。話くらいは聞こうかしら」
「マ!? やりぃ! 流石ルナっち! これで何も成果ゲットできなかったら、まーたクソ親父にタコられるとこだったしぃ……っと、これは言っちゃダメなやつだったけ?」
「次そう呼んだら殺すわよ。それから、それ以上近寄ることは許さない」
「ご、ごめぇん……そう睨まないでよぅ」
しょぼしょぼしょぼん……とレティシアが頭を下げる。さながら飼い主に叱られた子犬のように、耳と尻尾が垂れ下がる幻覚まで見えそうだった。
やりづらいわね……とノクタルシアは思う。隣で警戒を緩めないセレナリオでさえも、気が抜けてしまいそうなくらい、それは普通の少女の仕草だった。
彼女たちが教えられてきた魔族とは、これまで戦ってきた魔族とは、まるっきり違う女の子。
彼女たちは、心の壁が剥がれそうなことを自覚して、支えなければならないくらいには、レティシアは予想外な存在だった。
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