第078話 化獣・六日見狐(7)
──ルシャが波打ち際で戦っている同時刻、皇后島・鼠島公園。
島のピークに造られた広場では、セリと六日見狐が刃を交えている。
第十四代
神功皇后には神懸かり的な伝承が多く残されていることから、卑弥呼説、創作上の人物説もある──。
──ギンッ!
そんな神秘的ないわれを持つ島のピークに、残響を帯びた金属音が鳴る。
セリの方形の剣筋が、六日見狐の硬質化した尾を軽々と跳ね返した。
愛里の服装はそのままに、正体を現している六日見狐。
くるくると後方へと回転しながら、膝をついて着地。
「……剛剣じゃな。インテリ系の顔つきゆえ、知略タイプかと思うたぞい」
「……………………」
この世界へ来てから、言葉少ななセリ。
弾き返した六日見狐への追撃は行わず、その場で構えを維持する。
眼鏡の奥の切れ長の瞳が、六日見狐の顔を絶えず捉える。
その刺さるような視線に、六日見狐は違和感を覚えた。
「……儂の顔に、なんぞついとるかの?」
「……目と口。それと鼻」
「カビが生えたボケじゃな。二点。百点満点でのっ!」
六日見狐がダメ出しをしながら、ダッシュで急襲。
つま先を軸に、体をスピンさせながらの、尾による曲線を描く斬撃。
セリはその曲線の内側で直線の剣筋を描き、的確に打ち返した。
──ガキッ! ギンッ! ガッ! ガギッ……ガッ!
纏わりつくような攻めを試みた六日見狐だったが、その弧を描いた剣筋の内側から外側へと、剛剣によりすべて弾き飛ばされる。
「……ぬうっ!? こやつ、常に儂の動きの内側におる! しかも一撃一撃が重い!」
六日見狐は、己の攻めのスタイルがセリとは相性が悪いと判断。
バク転を繰り返し、再び間合いを取った。
「ふーむ……折り目正しい、正統派の剣術じゃな。しかも力強い」
「おまえの動きは、円が大きすぎる。毎日ルシャと手合わせしているわたしの敵ではない」
「砂浜におる、
攻め手を探る六日見狐を、再び凝視するセリ。
現時点では優勢でありながらも、攻めっ気を見せず立ち位置を維持。
その薄く上品な唇が、この世界で初めて能動的に開いた──。
「……おまえ、なぜ顔が見える?」
「……はあ?」
「わたしは生まれつき、
──
セリが抱える、人間の顔を認識できない症状の、先天性の病。
セリの目にはすべての人間の顔がぼやけて見え、朧げにしか映らない。
両親はおろか鏡に映る自身の顔さえも認識できず、写真や写実的な絵画もまた例外ではない。
ただ一人、なぜかルシャの顔だけを視認することが可能で、その縁でルシャとは現在、恋人関係にある。
病名を聞いた六日見狐は、顎を右人差し指で軽く掻きながら尾の硬質化を解き、均された土の上へとだらんと下げた。
「……ほう。その病名は初耳じゃが、ニュアンス的に
「うむ。ルシャの師匠からも、そう言われた」
セリが右手中指で眼鏡のブリッジを正しつつ、応答。
六日見狐は分身体で共有している情報を元に、「ルシャの師匠」を愛里だと推察。
「ふーむ……。答えてやる義理はないのじゃが、儂はその手の話が好きでの。お主が儂の顔を認識できるのは……。恐らく、儂が絵に紐づけられた存在ゆえじゃろう」
「絵に……?」
「この戦いのいきさつ、聞いておらぬのか。まあ早い話、儂は獣でもあり絵画でもある……という、中途半端な存在じゃ。その中途半端さが、お主の症例をくぐり抜けて、顔を認識させておるのじゃろ。あくまで儂の勘……じゃがの」
「絵……か。わたしは漫画ならば、人の顔を認識できる。日々のリハビリにも、漫画を用いている。おまえが絵の世界の住人というのなら、視認できるのも納得がいく」
「……ほう、漫画をリハビリに! ますます儂の好きな類の話よのぉ。敵対関係でなければ、助力したところじゃが……」
「すまないがもう一度、ルシャの師匠の顔をしてみてくれないか?」
「……あのソバカス女か? まあ、それくらいのサービスならばよかろう。ほれっ」
──ポンッ!
再び六日見狐の顔が、愛里へと変わる。
その表情は、得意満面。
「えへん! どうじゃ?」
「……やはり、顔が見える。おまえが変身した顔は、だれであっても視認できる……ということか」
「これで満足したかの? ならば続きを──」
「──おまえを、わたしの主治医として招きたい」
「……はぁ?」
「おまえのその能力があれば、わたしは両親、ばあや、先生……。多くの近しい人の、顔を見ることができる。ぜひにわたしの主治医としてうちへ来、リハビリに協力してほしい」
「え、あ、いや……。そうは言われても……の。おぬしの家とは、すなわち異世界じゃろう?」
「まあ、この国ではないな」
「ずいぶんとまた、大胆な勧誘をする
そこで六日見狐は、話を一旦切る。
のち、尾をくるくると風車のように回転させながら、小声を漏らして思案。
「……仮にあの企てが成功したならば、当面のねぐらがあったほうが、なにかと都合がよいのぉ……ふむ」
「……どうだ?」
「……わかった。儂を
「殺してしまっては、連れて帰れぬが……」
「いまお主らの仲間に、儂の一体が捕まっておる。そいつがおれば十分じゃろ?」
「……わかった」
セリが長剣を構え直す。
六日見狐も再び尾を硬質化させ、顔を素へ戻す。
この戦闘で初めてセリが駆け、六日見狐へ仕掛けた──。
「せえいっ!」
──ガッ! キッ! キィン! ゴッ! ガッ! ガキンッ!
途切れない金属音。
両者の足元を覆う砂煙。
六日見狐はセリの方形の剣筋の内側へ入り込もうと尾の振りをコンパクトにするが、にべもなくすべてが弾き返された。
「くっ……! 儂のほうが小柄なのに……なんとしたことじゃ!」
「わたしは毎日、ルシャと剣稽古をしている。わたしが円形の剣筋の内側を取り、ルシャが方形の剣筋を取る……。これを……」
「これを……なんじゃ?」
「これを、互いの切っ先が、ぴたりと合わさるまで続ける」
「なっ……なんじゃとぉ!?」
セリの発言の意味。
すなわち、剣筋の内側を取り合い、剣筋の縮め合いを限界まで続けた結果、剣筋の内側がなくなった状態。
息の合った恋人同士が日々続けている、己の剣筋、そして相手の剣筋を限界まで研ぎ澄ませるという、激しくも楽しい修練。
六日見狐は真正面のセリに、侍の気質を見た。
「侍の世が終わって、久しいが……そうか。異なる世では、脈々と
劣勢の六日見狐、逆転の一撃を決意。
セリの方形の剣筋の中を潜る刺突を、唐突に猛スピードで放つ──。
──ガキィンッ!
「なっ……んじゃとぉ!?」
セリ、六日見狐の刺突を、真正面から刺突で返す。
元よりセリに力負けしている六日見狐。
硬質化中の尾が粉砕され、セリの切っ先が尾骨の付け根を破壊した。
──ガゴンッ!
「にょぼぼっぼぼっぼぼぼぼーっ!」
「……決まりか?」
「あ、ああ……決まり……じゃ。儂は尾を根元から断たれると、おしまいなのじゃ。約束どおり……残る一体を、お主の主治医にしようぞ……」
「……ふむ。助かる」
「と、ところでお主は……。自分の顔は、見たことあるの……かの?」
「……いや、知らぬ。漫画でならば、描いてもらったことはあるが」
「ならばいま……
──ポンッ!
六日見狐が余力を投じて、
セリそっくりそのままの姿で、広場に横たわる。
その上半身を抱き起したセリが、真上から自分の顔を見下ろした。
「ほお…………これが、わたしの顔。なんというか……いかつい顔つきだな」
「一部のマニアには大人気の、委員長顔……じゃな。この先……『眼鏡を外したほうが美しい』などとのたまう輩が、続くかもしれぬが……。お主は……このままの……顔であれ……よ……」
「……わかった。主治医の指図だ。生涯貫こう」
「いや、生涯というほどでもないのじゃが……。見た目どおりの、委員長タイプじゃのぉ……にょほ……」
粉砕された尾骨から、黒い瘴気がうっすらと漏れ出す。
気球が萎んでいくかのような、ゆっくりとした消滅が始まる。
そこへ、波打ち際での戦いに勝利を収めたルシャが上がってくる──。
「よぉ、エロ眼鏡! 苦戦してんのなら代わってやっても……って、おいいぃ!」
まずルシャの目に映ったのは、仰向けで地に横たわる六日見狐扮するセリ。
その悲鳴に反応して、片膝をついて背を向けていたセリが振り向く。
「……ルシャか。わたしが勝ったのだから、当然おまえも勝つ……な。フッ……」
「へっ……? ど……どっちがセリで、どっちがキツネ女……だ?」
不安でおろおろするルシャを見ながらセリは、リハビリ生活で得たぎこちない微笑を浮かべた──。
(※1)架空の病名。詳しくは前作を参照。
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