第006話 味噌汁

 ──翌朝。

 一階、食堂のテーブルにリムとステラが、ネグリジェ姿で並んで座る。

 愛里は客席へ背を向け、厨房内で朝食の準備。

 刻んだチャーシューを炒める音が店内に響き、脂ぎったにおいが充満しだす。

 その懐かしいにおいに、リムが顔を天井へ向けて、鼻をくんくんと鳴らした。


「ふうううぅ……。懐かしいにおいですぅ。お師匠様と初めて出会ったとき、まさにこのにおいに誘われて、屋台に座っちゃったんですよねー。あの光景を、思い出します……」


「あら、二号店のラネットは、このにおい出せてないの? もうお店構えて一年でしょ? レシピは全部書き残してきたんだけどねー」


「ああ、いえ。わたしは実家へ帰ったもので、ラネットさんのお料理口にする機会がなかなか……。ステラさんなら、ご存知ですよね? ラネットさんのとんこつラーメンの味」


「……………………」


「その沈黙……。あまり、よろしくない出来なの……でしょうか?」


 リムの隣りにちょこんと座る、黒とグレーが混在するネグリジェ姿のステラ。

 朝起きてからずっと口をつぐんでいるステラは、ボーッと愛里の背中を見つめている。

 ステラの容姿に一年前の受験時から大きな変化はないが、膝まで広がっていた長髪は、いまは肩甲骨付近まで。

 蟲の軍勢との戦いにおいて、隻腕の蟲の鎌で裁断されてしまった後ろ髪。

 ステラはあの戦い以降、髪の長さをそこまでに留めていた。

 やがて厨房からの音が止まり、愛里が次々と料理を並べていく。


「朝から脂っこいのばっか並べて悪いわねー。刻みチャーシューに目玉焼きよ。ごはんは軽めについだから、足りないときはお代わり言って。あと、こっちの世界の朝食のマストアイテム、お味噌汁。よかったら試してみて」


「あ、はい。ありがとうございます」


「ステラは小柄なわりに大食漢だったわね。あっちの世界じゃ、わたしのラーメン一番多く食べてくれたものね。お代わり遠慮なくしなさいよ!」


 厨房から出てきた愛里。

 テーブルの上へ料理を並べながら、ステラの右肩をポンと叩く。

 ステラの全身が、わずかにビクッと震えた。


「あらっ。蟲に切られた髪、伸ばしてないんだ? もしかして、失恋でもしたの?」


「……はい」


「あらら、ホントだったんだ。ごめんね。異世界最初の会話を、しめっぽいやつにさせちゃって」


「お師様に……です」


「へっ?」


 ステラが席を立ち、愛里を真正面から見上げる。

 そして飛び込むように、愛里のエプロンの中へ顔を埋めていった。


「お師様……お師様ぁ! また会えて……会えてうれしいですっ! ぐすっ……ああああんっん!」


「あ、あらら……。そこまで再会ありがたられると、なんだか恐縮しちゃうわ。つーかあんた、キャラ……変わってる?」


「あぐぐっ、うっ……ぐすっ……。お師様は……アリスさんや……姉弟子たちと……会いたがっていたと、思っていたので……。わたしがここへ来たのを……迷惑がっているのではと……ぐすっ……」


 ステラが顔を左右に振りながら、チャーシューのにおい香るエプロンで涙を拭う。

 母性を刺激された愛里は、貰い泣きで瞳を潤ませながら、ステラの体を抱き寄せ、頭部を優しく上から下へと撫で続ける。


「あっちの世界の子なら、みーんな大歓迎よ。あんたはわたしを、特に慕ってくれたからね。こっちの世界で優遇しちゃうわ」


 ステラを抱き締めながら愛里は、テーブルに座っているリムを横目でちらり。


「あーあ、それに比べて元祖弟子トリオとは、淡白な再会だったわねー。ちらっ」


「アハッ……アハハハッ……。夜通し原稿描いてて、夢うつつでしたから……。あとでわたしにも、熱い抱擁お願いします……。アハハハ……」


「あははっ、冗談よ! さ、朝ごはん冷めないうちに食べちゃって! 朝食すんだら、二人の服を買いに行くわよ! ついでにこっちの世界、案内してあげるわ!」


 愛里がステラの肩を掴んで体から離し、ニッ……と笑ってウインク。

 ステラがつられて微笑するのを確認し、その体を反転、着席させる。

 並んで座る異世界の少女二人は、まず初めに味噌汁のお椀を両手に取り、縁から直接、おずおずとすすった──。


「「ずずずっ…………おいしいっ!」」

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