とんこつTRINITY REVERSE!! -令和日本戦姫爛華-
椒央スミカ
序章
島原の乱
第001話 沈黙
──寛永十五(一六三八)年、春。
島原の乱。
重税、過酷な賦役、そしてキリシタン弾圧に耐えかねた島原半島と天草諸島の民が蜂起し、海際の原城址(現在の長崎県南島原市南有馬町)に一揆軍の陣営を構えて、数カ月。
この日の早朝、幕府軍の大規模な城攻めが始まり、一揆の陣は陥落寸前となった。
放たれた火矢によって陣内の家屋や木柵は炎上し、海上からの艦砲射撃で石垣は崩れ、陸地の三方からは幕府の兵がなだれこむ。
一帯には怒号と悲鳴と断末魔が絶えず響き、血と炭のにおいが充満。
後世の発掘調査で大量の人骨が出土する
「……
一揆軍の本丸。
燃え上がる木造の陣屋を背に、一人の老武士と、一人の少女が向き合う。
肩衣を失い、黒い袴のみとなった
その名は、
一揆軍の参謀にして、その旗印を描いた南蛮絵師。
そして、幕府との内通者──。
その立場を利用して、一揆軍唯一の生存者として歴史に名を残すも、以後の消息が確かに知れない、謎多き人物。
白髪が主を占める髷、面長の顔、目尻の下がった柔和な顔つきは、一見
しかしいまその表情は、険しさに満ちている。
「情に流され、目上の意見に抗えず、ただ漠と、きょうあすの食糧を案ずるのみ……。それが神の伝言者、天草四郎の使命であったか?」
天草四郎。
そう呼ばれた少女・天音が、地面に敷かれたむしろの上で正座をし、俯いている。
死装束に裸足といういでたちの天音は、長い黒髪をうなじで束ね、それを右肩から前に垂らし、細く白い首を露に。
つぶらな黒目、小さな鼻、薄く上品な唇、形よく尖った顎……と、端正な顔立ち。
むしろを見つめるその凛々しい表情には、間近に迫った死への恐怖はない。
右衛門作は天音の顔色を伺うことなく、淡々と話を続ける。
「この
右衛門作が本差の塚頭を左掌で覆いながら、語気を荒らげた。
「だからこそこの戦いは、宗教戦争でなければならなかった! われらが信徒として殉教し、命をもって諸外国へ訴えねばならなかった! みな、われらの魂を祝福し、その
天音は俯いたまま、溢れ出そうな悔いをこらえるように、口を真横に閉じている。
その姿は無言の告解者だった。
右衛門作の話は、構わず続く。
「……恐らくこの乱は、宗教戦争として歴史に残るまい。キリシタンの集落が起こした一揆で片づけられるだろう。それを悟ったとき、わたしは幕府勢へ寝返った。だが天音よ。わたしを裏切り者とは言うまい?」
右衛門作が憤怒の歯ぎしりを挟み、続ける。
「裏切り者とは……。宗教戦争を放棄した、わたし以外のすべてだ!」
見上げずとも天音には、右衛門作の怒りと悔しさが切々と伝わった。
天音はその高潔な信仰者へ許しを請うように、顔を上げ、最期の弁明を始める。
「右衛門作さん……。ボクはみんなを護るために、
周囲の火の手が拡大し、天音の白い頬と桃色の唇が赤く染まる。
「右衛門作さん……! どうして主は……黙っているの!? 主とは……神とは……どこにいるのっ!? 本当にいるのっ!?」
「その疑念と向きあい続けることこそ、いまこの未熟な国における信仰……。疑念に屈するのも、安易な盲信も、棄教と変わらない。おまえは苦痛と空腹に負け、疑問に抗えず、棄教した。神の伝言者を名乗りながらな」
右衛門作が胸元から、丸く巻いた一枚の絵画を取り出す。
「……天音、おまえをここでは死なせん。おまえはその目で、見なければならない。宗教の自由を失い、天国への道行きを亡くし、地獄と化したこの国の
天音の膝の先で広げられる、和紙に描かれた南蛮画。
セピア調の色遣いで描かれたその絵には、薄い雲がいくつも漂う空が全体に、頭部から直接翼を生やした一対の天使が上部両端に、描かれている。
右衛門作は天音の後頭部を押し掴み、絵画の中の空へと、顔を向けさせる。
「……絵移しの法だ。斬首をもって、おまえの魂はこの絵へ移る。幾十年か、幾百年か……のちにおまえは蘇る。地上に地獄を創った戦犯としてな! 先の世をその目で見て、己自身を裁くがいい!」
天音は言葉を返さず、もう右衛門作を見上げることもなく、地に両手をついて体を固定し、静かに瞳を閉じる。
右衛門作もまた、それ以上の言葉を発さず、本差を迷いなく振り下ろした。
──ザシュッ!
右衛門作の鋭い一太刀で、少女の頭部が胴体から離れ、地を少し転がる。
鮮血が絵画に飛び散り、滴る。
それまで主題を欠いていた絵の中心部に、現代に伝えられる天草四郎時貞の姿が、じわじわと浮かび上がった。
右衛門作は血の乾きを待たずに絵を巻き、胸元へしまい、本丸に背を向ける。
その先で激しく
「くくっ……。におう、におう……」
「…………?」
「漂うぞ……。人肉が焦げる悪臭を抜けて、あやかしのにおいが、ぷんぷんと……。くくくくっ……」
老いた白髪の男が一人、戦火の熱をものともせず、右衛門作に歩んでくる。
色褪せた草色の
顔には老齢の深い皺が刻まれ、眉毛と顎髭は乱雑に伸び、手足は痩せ細り、背は肩甲骨から上が
遠目には痩せ細った老人だが、その巨躯は、野太い骨に筋肉のみを纏わせた、武人の極限の姿だった。
細くも頑丈な体で、長い両腕に武器を構える威容は、あたかも巨大な
右衛門作は男を幕府軍の者と見こみ、天音の首を差しだす。
「……天草四郎なら、いましがた斬首した。兜首が所望なら、持っていくがいい」
先ほどまで美しい少女の一部だった、瞳を伏せた、青白い生首。
その頭髪を五指で掴んでぶら下げ、男に差し出す右衛門作。
男は眉をひそめ、左手に握った鉄棒を、水平に振る。
「……
肉片、骨片、そして二つの眼球が、
右衛門作の手には頭髪と、それに繋がっていたいくばくかの肉片だけが残る。
右衛門作はそれを、
男はいまの所業を悪びれる様子もなく、片鼻を親指で押さえ、鼻汁を吹く。
「ふっ……。
男が両手の鉄の棒を、額の前で交差させ、ガチンと音を立てる。
右衛門作を見据える鋭い三白眼は、やはり蟷螂そのものだった。
「わたしは南蛮画家、山田右衛門作。内通者だ。腰のものは、ほんの飾りだが?」
「通らんなぁ。あやかしと血のにおいをはべらせたその
右衛門作の妖術画家の本性と、剣の腕前を、
右衛門作は、戦わずしてこの男を避けられない……と確信し、再度本差を抜く。
「血に餓えた獣……か」
「否。餓えるは
「名前を……尋ねておこうか。この死地を抜けられたなら、ぜひに貴殿の姿絵を描きたい」
「……宮本武蔵。自称、
二人の
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