第二十一回 不完全均衡の三本椅子
テーマ『マダム・ヴィスタのティーパーティー事件』
沼に背を打ち付けたはずの俺は、気が付くとなぜか木の上にいた。この謎に移動に関してはもう仕方がない、これはこういうもんだと受け入れている。木の上にいるのは受け入れてねえからな。とりあえずここから脱出しなければ。俺は体を動かして、ゆっくり木から降りようとした。だけど俺の体重を支えきれなかったのか、木の枝がバキと音を立てて折れて、俺は下へと落下した。
「いってぇな! くそが!」
盛大に尻もちをついて、俺は痛みをごまかすために大きな声で悪態を吐く。今まで色んな場所で頭やら背中やらを打ち付けてきたが、その中で一番いてぇ。痛むケツを押さえていると、下のほうで「わー!」と鳥の囀ずりみてぇな声がした。声のするほうを見れば、頭と大きさがあってない帽子を被ったちび、ウサギの耳が生えたチビ、俺の手ぐらいの大きさのティーポットに入っているチビがこちらを見ていた。全員がクソチビだとか、ウサギの耳が生えているとか、非現実的なことはもう気にしないぞ。
「巨人だー! 巨人が降ってきた!」
巨人? お前らがチビなだけだろ。失礼なことを言ってきたウサギ耳のちびを睨む。しかしちびは怯むことなく、うさぎ耳をぱたぱたと動かしながらその場でぐるぐる回転する。なにコイツ、こわ……。
「いらっしゃい、いらっしゃい! リデル以来のお客さんだ!」
今度は帽子を被ったちびが嬉しそうに言った。そして何も入っていないティーカップを高く掲げて「乾杯!」と言ったあとに何かを飲んでいる動作をした。コイツもなんなの、こわ……。
「うるさいねぇ……。こっちは寝てるんだよ」
ティーポットに入ってるちびが、あくびをしてティーカップの中に戻る。だからコイツらなんなんだよ……。もはや恐怖でしかねえんだけど。
「お茶を用意しないとね。あぁ、でもわたしたちのティーカップは小さすぎるかな。ならポッドから飲むかい? それともわたしの帽子にするかい?」
頭イカれてんのか?
「おい、待て。それはぼくの紅茶だぞ! 誰がやるもんか!」
「うるさいねぇ。巨人くんもそう思わないかな?」
「え、あ、どうだろう。俺は寝てねぇし……」
俺を置いて、俺に関する話をするな。混ぜられても困るけど。
「ヤマネ、そこから出ておくれ。彼のぶんの紅茶はそれに入れるとしよう」
「僕は寝ているんだから諦めてくれよ。ふぁ……」
思考回路がおかしいやつらの会話に混ざりたくもない俺は、ゆっくりと周囲を観察することにした。俺の指ほどのちびども、ソイツらに合うサイズのティーカップ、ティーポット、ケーキ、クッキーやカトラリー。テーブルや椅子もすごく小さい。物理的に居心地の悪さを感じて、俺はつい体育座りをしてしまった。もしやコイツらがちびだと思ったが、俺が大きいという状況なのでは……? ちびが正しくて俺は巨人に分類されるのかもしれないと思いはじめた。
「巨人くん! 君はどれで紅茶を飲みたいかい?」
「別にいらんけど」
「遠慮はいらないよ。ほら、わたしの帽子に紅茶を入れたからお飲み!」
「心の底からの本音だよ。いらねぇって」
おい、きたねぇもん俺に差し出すな。差し出された紅茶の滴る小さい帽子を指で拒絶する。すると帽子のちびは帽子をひっくり返し、中に入っていた紅茶を床にぶちまけて――
「そっか! なら仕方ないね!」
と言って、びしょぬれの帽子を被り直した。なぁ、ほんとに怖いんだけど。
「それでそれで、巨人くんは突然上から降ってきてどうしたのかな? 巨人の国から落ちちゃったとか?」
「知らねぇ。なんか気付いたらいた」
「巨人の国なんてあるのかい?」
「あるさ。だってここに巨人くんがいるんだから!」
「きょ~、きょきょきょ~きょじんのく~に~。ぼくら~いきたい~」
「僕は行きたくないなぁ。だって眠いもの」
「いきたい~、いきたいな~。きょじん~の~くに~」
「おい、巨人の国なんてあるわけないだろ。このバカうさぎは何を言っているんだ」
「だからうるさいよぉ。寝かせてくれってば」
誰か助けてくれ。カオスが、混沌だ、地獄だ、この世の終わりだ。話が通じないんじゃない、話が成り立ってない。巨人の国はお前が言い出したことだろ、このクソ帽子。
「まったく、こんなんだから君はヴィスタに見捨てられたんだよ」
くぁ、とティーポットに入っているちび――さっきヤマネと呼ばれていたちびだ――があくびをする。すると帽子を被っているちびがティーポットへ向けてクッキーを投げ付けた。
「わたしは捨てられてない! ヴィスタが捨てたんだ!」
それ、言ってること同じだぞ?
「おぉ、マダム。ぼくたちはただ、君のティーパーティーではしゃいでいただけなのに。マダム、マダ~~ム!」
誰かコイツを黙らせろ! 一番意味不明だ!
出会ってまもないが、そのヴィスタとやらがコイツらを捨てた理由はなんとなくわかる。うるさくってやってられるか。
「ヴィスタ! 私たちのヴィスタ!! 美しき我が女王よ!」
「うるさいねぇ。本当にうるさいよ」
俺がそのヴィスタと同じ立場なら、今すぐこの場で即刻お前らを処刑してやる。そこのティーポットのちびもまとめてだ。
「なぁ、話があんだけど」
正直コイツらと話したくない。だけど、今の俺にはコイツらと話すことしかできない。立ち上がれば空に頭をぶつけそうだし、歩けばこの小さなお茶会の会場を壊してしまう。
「俺さ、もといたところに帰りたいんだ。なんか方法知らない?」
「まずはこのクッキーを食べよう!」
「お前の耳を引きちぎってやろうか?」
なんなら捻り潰してもいいんだそ。しかし俺の発言など意にも介さず、帽子のちびが俺にとっては塩粒みたいな大きさのカスクッキーをこちらへ差し出す。俺は指先でカスクッキーを受け取り、もう一度「耳引きちぎるぞ」と言う。
「言われてるぞ、バカうさぎ」
いまだになんかよくわかんない歌を歌っているうさぎのバカに、帽子のバカが言う。
「お前のことだよのバカ帽子」
ちゃんと間違いを指摘すると、帽子のバカが口をぽかんと開けて周囲を見回した。
「えっ? 帽子を被ったやつがわたし以外にいるのかい?! 誰だ、出てこい!」
「ここに鏡があったら、それでお前を全力で殴ってたのにな」
「角砂糖ならあるよ!」
「どうやったら角砂糖が鏡の代わりになるんだよ」
「まあまあ、それよりお嬢さん」
まさかお嬢さんって俺のこと? 巨人くんはどこへ行った。
「そのクッキーをお食べなさい」
「いや、こんなカスクッキー、食べたところでなんか変わると思えないだけど……」
指を舐めるのと変わらないぞ、こんなの。あとこんなところに置いてあって不潔そう。お前らがべたべた触ったやつかと思うと、こんなカスでも口の中に入れるのはためらわれる。
「クッキーかい? ええいとめー!」
えぇ~、食べたくねぇ~、と思っていると、バカうさぎが謎の単語を発した。ええいとめー?! 何語だよ、キッショ!
「クッキーも食べられたいよぉ。ええいとめぇ」
おい、ティーポットのバカも乗ってきてんじゃねぇよ。当然のようにキショ単語を言うな。
「え、え、い、と、め、え!」
「ええ~いと」
「めー!」「めぇ」
「うるせぇうるせぇ、うるせぇ~」
四方八方から「ええいとめえ」を言われまくって、頭がおかしくなりそうだ。ええいとめーを理解して、このバカどもと同じ世界に立ちたくない。
「さぁ、クッキーを食べるんだ!」
「誤飲、誤食、誤嚥! 突撃、進行!」
「一枚でも大満足だねぇ」
キショ単語の連呼を止めたと思ったら、今度はクソクッキーを食べるようしつこく言ってくるようになった。だからこんなクソクッキー、食べたくねぇっつってんだろ!
「あぁ、レディ! わたしたちはあなたのためを思っていっているのに!」
帽子のバカがわざとらしく悲しみを表現しながら嘆く。すまん、レディって俺のこと? お前らは俺の定義を巨人からどれけ変えるんだよ。統一しろ、バカどもが。
「ねぇ、セオがうるさいから食べてやってよ。このままじゃセオがうるさすぎて僕が寝れないじゃないか。……ふぁ」
ティーポットのバカが呑気にあくびをする。
「おぉ~い、おいおいおい」
わざとらしい……。このクソカスが。
「セオ泣いてる? すごいぞセオが泣いてるぞ。ヴィスタの意地悪でも泣かなかったのに泣いてるぞ! やった、乾杯!」
「かんぱ~い」
「あっ、わたしにも紅茶をちょうだい!」
「あぁああ! クソったれ! 食えばいいんだろ、食えば!」
このやり取りがやってられなくなった俺は、指先に乗っているクソクッキーをやけくそで舐めた。三バカはそれを見て、甲高い声を発しながら、はしゃいで何も入っていないティーカップやカトラリーを投げ捨てていく。え、こわ……。
「……」
肝心のカスクッキーはというと、小さすぎてなんも味がしねぇ。というか口に入れた瞬間に溶けた。カ、カス~!!!
俺がノーコメントでいると、帽子のバカがティーポットのバカが入っているティーポットに紅茶を入れながら爆笑し出した。
「熱い! 熱い熱い熱い熱い! ふざけるなよこのバカ!」
ティーポットのバカが悲鳴をあげながらティーポットから出るが、帽子のバカは気にすることなく、笑いながらティーポットから紅茶が溢れてもいれ続けている。
「やっぱり美味しくないか! リデルなんて戻しちゃったしね!」
「し……」
端的に言って、このバカに純然たる殺意が生まれた。仕返しに手で握りつぶそうと、帽子のバカに手を伸ばす。ちょっと潰すだけだ。ちょっとだけ三人まとめて息の根を止めるだけだ。今の俺なら一握りで潰せる。
「あれ?」
ぐにゃりと視界が歪む。手が震えだして、冷や汗をかいているのがわかった。直接殴られているかのように頭が痛い、吐き気が治まらなくて息を上手く吸えない。全身が針で刺されているかのように痛くて、涙が出そうになる。
「マイロード、大丈夫かい? 顔が真っ青だ」
「お前……何……くわ、せ……」
マイロードじゃねぇ、と反論する力もない。意識を保っていることすら精一杯で、これ以上しゃべることもままならない。
「大丈夫大丈夫。きっと君にとって、いいことが起きるよぉ」
全身が紅茶で濡れたティーポットのバカが、紫色になった俺の爪に触れる。
「ラッキークッキー! めめいとめぇ!」
うさぎこバカが躍りながらクッキーを食べている。ぼやける視界の中、俺はクッキーにある単語がアイシングされていることに気付いた。めめいとめぇ、確かに、バカならそう読むだろうな。
ゆっくりと目を閉じると、また世界がぐるりと回転した。次はアイツらの言う通り、良いことが起きること願いながら、俺は意識を手放した。
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