第三回 正解は知らんぷり

テーマ『帽子と蛇と象と』


 一つの問いにいくつもの答えがあったとき、正答が示されない限り人はいつまでも自分に都合のいい答えしか主張できないものだ。

 お姫様になりたかった俺の前に現れた、俺のことをお姫様と呼び自分は王子様と名乗る謎の女の子、ライアン。一人で盛り上がっているライアンをよそに、俺は逆にこれは現実なのかもしれないと思い始めた。夢じゃないなら、それしかない。なんて嬉しいことだろうか、なんて幸せな現実なのだろうか。まぁ、これが現実なら俺はこのあとどう彼女を対処しなきゃいけないのかという問題があるのだけれども。ひとまずは落ち着かせることが第一だろう。

 「さぁ、ホマレ! 結婚をしよう」

 プロポーズが早いよバカ。

 いや、おとぎ話なんでこんなもんだけどな。出会って即プロポーズ、そんでオッケー。そして二人はいつまでも幸せに暮らしましたとさ、のハッピーエンド。現実的に考えればもう少しお互いのことを知る時間が必要なんじゃないか? って思うけど、作者の予定調和で作られた物語はこれで完璧で、完結なのだ。ハッピーエンドのその先なんて、存在していない。

 とはいえ俺はおとぎ話の住民ではないし、夢を見る年齢はとうにすぎた、ある程度はリアリストな男子高校生だ。どんなに俺にとって都合のいい展開が訪れようとも、おいそれと飛びつくような人間ではない。丁重にお断りをしようとしたところ、ライアンはどこからともなく、おそらくダイヤモンドと思われるクソデカ宝石の付いたセンスの悪い指輪を取り出し、俺に向けて差し出した。

「指輪ならすでに用意はしてあるよ。キミが気に入るかはわからないけど、ホマレのことを考えて宝石から選んだんだ。さぁ。手を出して?」

この子はかなりのロマンチストのようだ。そしていくらなんでもそりゃねぇわ、と思った指輪は俺のためのものらしい。いやー、さすがにこれは喜べないぞ。大切なのはあくまで指輪に込められた想いなわけで、金額じゃないんだよ、とわずかながら心の中に残っている夢見る俺がそうぼやく。

「あー……、ライアン」

名前を呼べば、ライアンは嬉しそうに笑みを浮かべて「なんだい、ホマレ!」と元気よく反応した。俺からいい返事がもらえると信じて疑わない天真爛漫な笑顔だ。今から言おうとしていることを考えると、ちょっと申し訳なくなる。ちょっとだけ。

「まず、結婚はしない」

そう伝えれば、この世の終わりとも言いたげな表情に彼女はなった。

「な——」

「あと指輪のセンスまじでない」

心の中でごめんと謝りながら、もう一つ大切なことを間髪入れずに言う。だって仮にプロポーズを受けたとしても、その指輪はない。まじで、ない。いや受けないけどさ。

「なぜ……」

 今にも泣きそうな表情をしているライアンに、むしろなぜ俺が受けると思ったのか問いたい。というか、問い質したい。

まず、そもそもに、なんで俺のことをお姫様って呼ぶんだ? 俺がお姫様になりたかったこと――ライアンの中では現在進行形な気がしなくもないが、今は些細な問題だろう――を知ってるんだ? 俺がお姫様になるには、王子様がいなきゃいけないことを知ってるんだ?

聞きたいことは山ほどある。でもなんか、上手く言葉には表せないんだけど、聞いてもしょうがないって思った。もしこれらの問いに、ライアンが俺の求めるような答えをしたら俺はもっと困ってしまう。いや、舞い上がってしまう。

もしかして俺の記憶にないだけで、昔ライアンに会ってるのか? そのときに結婚しようとか、それこそおとぎ話みたいなことをしたのか? 

ありえない、とすぐに否定する。夢見る年齢はとうに過ぎたんだろ、俺。わからないわからないわからない! わからないことばかりだ!

「わたしは……、ホマレのことを……愛しているのに……。ずっと……ずっと、探していたのに……」

どことなく鼻声になっているような気がしなくもない声で、ライアンが言った。俺たちほんとに昨日が初対面ですよね? あの一瞬で一目惚れしたとかも言わないでね。あと運命とかも言わないでね。俺はそういうのに、きっと弱いから。

「俺はお前のことを好きじゃない」

心苦しいが本音を言わせていただいた。するとライアンは「そんなことない……」となぜか俺の言葉を否定した。いや、なんて? なにその自信。つーか、短い時間だかなにをもって否定できると思ったんだこの女の子は。

「は? 二度目ましておはようございますの人間を、俺が結婚するほど即行好きになるとでも? そんな惚れっぽい人間だとでも? それともあれか、お姫様って言っときゃほいほいひっかかると思ってんのか?」

あまりに常識はずれ――いや、自分本意な彼女の意見に少しイラついてしまった俺は、つい強めの口調でライアンを責めて立ててしまった。俺としては正論を言ったつもりだが、ライアンにとっては信じられないことだったのだろう、ついに爛々と輝く深紅の瞳から涙がこぼれた。え、え、えぇぇ……。俺、そんなにおかしなこと言ったか?

「だっ、だって、ホマレはっ、そんな、ちが……。初めてじゃ、ないんだっ。ちが、違うからっ」

言葉をつまらせながら言うライアンを見ていると、何を言っているのかは理解できないが、俺はそれほどまでに彼女を傷付けたことだけは分かった。ライアンの目から粒のようにこぼれ落ちる涙はまるでダイヤモンドのようで、とてもきれいなに泣き顔で、俺に罪悪感を抱かせるものだった。そして俺はそんなことしなきゃいいのに、ついライアンの涙をティッシュで拭ってしまった。

「ホマレ……?」

期待をさせてしまうような行為。これは罪悪感からしたことで、彼女に絆されたわけじゃない。これ以上は限界だ、俺は早く彼女とサヨナラするべきだ。もちろん、物理的な距離で。

「とりあえず泣き止め!」

 泣きながら女の子がウチから出てきた、なんてところをご近所さんに見られたら誤解されかねん。ティッシュ箱をライアンに渡し、涙とちょっと出てる鼻水をぬぐうよう遠まわしにお願いする。ライアンが落ち着き次第、我が家から出て行ってもらうとしよう。

 昼下がりののどかな屋内に、ライアンの鼻をすする音だけが響く。手の甲で涙をずっとぬぐっているが、一向に泣き止む気配はない。いやティッシュ使えよ。気まずい。原因というかことの発端は俺だけど、いたたまれなさがすごい。早く泣き止んでくんねーかな、腹減ったな、もう二度寝しちゃおっかな、とか色々考えていたら空腹が限界に達し、豪快な音で腹が鳴った。わぉ、そんなに我慢してたんだ。かわいそうな俺。

 こうなったらもういいか! と吹っ切れた俺は、朝食を食べることにしようとした。けれど家にはカップラーメンしかなく、食パンを買いに行こうとしていたことを思い出した。家に家族じゃない人間を残して外に出るのはちょっと気が引ける。別にライアンが泥棒しそうだから不安とかじゃないからな?! ただ、まあ俺がか泣かしちゃって、放っておくのがなんかやだなって話だからな?! ならどーしろと?!

そうして必死考えに考えた俺は、我ながらとんでもない提案をライアンにした。

「…………なぁ、コンビニ一緒に行くか?」

――物理的な距離とは!!

感情と矛盾した行動をとるな! と叫びたい。

バカー、と自分の発言に頭を抱える俺に対して、ライアンは驚いたような表情からすぐに明るいものになった。

 「食事をともにしてくれるというのかい……?」

 イエソウイウワケデハ……。俺は一緒にコンビニ行く? って聞いただけなんですけど……。違うと言いたいが、ようやく泣き止んでくれたと思うとちょっと言いづらい。

 「まぁ、えっと……あぁ……そう……」

 曖昧な返事をして躱そうとするが、さっきのおとなしさはどこへやらでライアンは元気よく、

 「ありがとう! 愛しているよ、ホマレ!」

 と言った。無理、勝てない、勝てる気がしない。しかもなぜそこで愛を叫ぶ。頼むからちゃんとした会話のキャッチボールをさせてくれ。誰がこんな暴投をキャッチできるかよ。

「朝飯食ったら帰ってくれよ……。アンタのことを母さんに説明とかできないからさ」

 俺は大きくため息を吐いてから、せめてもの妥協案を出す。これが限界だ。てゆーかこれ以上はどうしろと? どこから来たのかは知らないけど、どこにだって行ってくれ。母さんを盾に使うようでちょっと申し訳ないが、これは事実だ。たとえ俺が、万が一ライアンからのプロポーズを受けたとしてもその後というものはある。目下の壁は母さんだ。母さんに今までの経緯を説明とか意味わかんなさすぎてできないし、むしろ俺が説明をほしいぐらいだ。するとライアンは朗らかに笑い、こう言った。

「安心してほしい。ホマレの母君にはもう許可をとってあるよ」

「なんて?」

それは信じがたい一言だった。それゆえに出た言葉に対して、ライアンはきれいな笑顔を崩すことなく話を続けた。

「ホマレが起きる前に、キミの母君にこの家に住まう許可を得ているのさ」

「別に噛み砕いて説明しろなんて言ってねーよ」

なにその詰みの状況。なんでこの女の子は、ここまで俺に執着をするのだろう。まだ二回しか会ってないのに。まともに会話をしたのは、今日が初めてだっていうのに。俺の何が、そんなに彼女に愛されているのだろう。しかも俺の望む、愛されかたをしている。自分自身のことなのに、少しだけ恨めしいと感じてしまう。『それ』が分かれば、俺はライアンの愛ともうちょっとはちゃんと向き合うことができるのだろうか。彼女のお姫様に俺はなれるのだろうか、彼女は俺の王子様になるのだろうか。

また悶々と考えていると、ライアンが自然な流れで俺の手を取り、俺の手首へとキスをした。――てっ、はぁ? 突然のことに、俺の脳のキャパシティはついに限界を迎えた。

「だから大丈夫だよ、ホマレ。わたしの想いは変わらない。いつまでだって君を愛している」

何に対しての大丈夫、なんだよ。会話がかみ合わない。いや、かみ合ってはいるのかもしれないが、俺とライアン、同じものを見ているはずなのに双方のものの見方が違う気がする。

「俺は愛してない」

それでは好きじゃないから愛してないに昇格したお気持ちを、どうぞ。

「わたしたちの出会いを運命なんだ。だからわたしはいつまでだって、ホマレの答えを待っているよ」

訂正、やっぱり会話がかみ合ってない。

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