しろた一本書き倉庫

しろた

第一回 逆説的フェアリーテイル

テーマ『アン・ドゥ・トロワで蹴り飛ばせ』


 お姫様にはなれない。その事実に気付いたのは、小学生の時で、気付くには少し遅すぎたときだった。

 理由は単純なものだ。ここは日本だからとか一般人だからとか平凡な人生だからとかそんな些細なことではなく、『俺』が男だから。男じゃ王子様にはなれても、どうやったってお姫様にはなれない。お姫様が活躍する大好きな映画を飽きるほど観て、彼女と自分の決定的な違いに気付き、ようやく現実を見た。

 俺は——都誉は、お姫様にはなれないのだ。

 現実を受け入れて、馬鹿な夢を見ることは諦めた。願っても、努力しても、無駄な夢なら、無難な夢を見よう。そうして俺の将来の夢は、『なにもない』に変わった。


 「…………よかった」

 久しぶりに観に行った映画。購入したパンフレットの表紙を見ながら俺は小さくそう呟いた。この配給会社の映画はどれも俺が好きなハッピーエンドで終わる。今回の映画はお姫様と平民の男が恋に落ちて、結ばれるというありきたりなハッピーエンド。この映画では、平民の男は王子様になったのかまでは描かれていない。それでも、憧れのお姫様はいて、二人はいつまでも幸せに暮らすのだ。それはなんて、幸せなことだろうか。

 「いいなぁ」

 諦めたはずの夢に、どうしても嫉妬をしてしまう。俺はまだ、お姫様になりたいのだと認めているような、矛盾した発言だった。でも、諦めているということは確かなことだった。不可能なことだとわかっているのに、理解しているのに、諦めているのに、羨んでしまう自分が嫌になる。

 淀んだ感情と、映画観賞の多好感をパンフレットと一緒に鞄の中にしまう。円盤が出るのが楽しみだ。また、ディスクに穴があくまで何度も観よう。様々な感情を抱えながらも満足感を得て、映画館を後にする。今日はもう、帰宅したらパンフレットを読み返して映画の余韻を楽しむだけだ。それで明日は学校が休みだから、家でだらだらしよう。いつも通りの明日を迎えるのだ。

 しかしそんな俺の平凡な人生は、突如終わりを告げる。

 映画館から帰路につき、最寄り駅から自宅までゆっくりと歩いていたときだ。「危ない!」と前方から叫び声のような声がした。何事かと思い立ち止まれば、鈍い音を立てて、俺は何かに激突した。正確には、何かが俺に激突してきたのだが、それは些細なことだろう。

 「ぐぇっ」

 あまりの勢いに俺は肺にある空気を無理やり絞り出されたような声を出し、後方へと倒れていく。受け身の取り方なんて知らない俺は、アスファルトに頭を打ち付ける前に手か何かで頭部を守らなければ。だけど体は思い通りに動いてくれるわけもなく、俺の手は頭ではなく何かが激突して痛んだ腹を押さえていた。

 ——ぶつかる!

 頭部に痛みが走ることを覚悟した俺は、目を強くつむる。最早大事に至らないことを祈るのみだった、のだが――

 「ん?」

 体のどこにも痛みは訪れない。ごめん、ちょっと嘘。誰かなのか何かに左腕をめちゃくちゃ強く引っ張られ、左腕の付け根がめちゃくちゃ痛い。でもそれ以外に頭も背中も、どこも痛くない。あ、ごめん、嘘。今度は何かに締め付けられてんの? ってぐらい左腕が痛い。

 「……けた」

 「は?」

 小さくそう呟いた声が聞こえ、何事だよと俺はようやく目を開いた。すると俺の目の前には、それはそれはきれいな女の子がいた。女の子は、太陽の光を反射してキラキラと輝く銀髪で、瞳は燃えるように真っ赤な外見、そしてまるで絵本の中の王子様が着ているような服と帽子を身に纏っていた。

彼女の両腕が俺の左腕を掴んでいるのが視界に入り、それで地面への激突が免れたことと、腕の痛みの原因が判明した。多分状況的にぶつかってきたのはこの子な気がするけど、お礼を言わなきゃな。

「助けてくれて、ありが――」

 「ようやくみつけた」

 え? 何が?

 さっきからみつけたって、俺がいったいなんなのさ。女の子は真っ赤な瞳に涙を浮かべながら、ゆっくりと俺の腕を離した。そしてそのまま、当然のように俺の手のひらを下から支えるようにして柔らかく握りしめた。

 「わたしの、わたしだけのプリンセス」

 ずっと探していたよ、と彼女は言うと、俺の指先に口付けをした。え?! ちょっと待って! 何事?? 突然の出来事に脳が追い付かなくなってしまった俺は驚いて、大きく口を開けていることしかできなかった。

 「わたしの名前はライアン。君をずっと……ずっと探していたんだ。

 どうかわたしと、結婚してください」

 ライアンとは、ずいぶん男らしい名前だ。彼女の名前を聞いて、俺はそんなことを思った。

 俺を探してたって? プリンセスって? 結婚って? 俺たち初対面だよな? ライアンと名乗った女の子に聞きたいことはやまほどある。でも今は、そんな気持ちにはならなかった。

 この子は俺を、お姫様と言った。

 間違いなく、そう言ってくれた。俺をずっと縛っていた、俺はお姫様にはなれないという呪いのような常識を、この子はたった一言で蹴り飛ばしてしまったのだ。

――俺だってお姫様になれるんだ。

それが嬉しくて、俺は手を握られたまま泣き出してしまった。

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