第37話 「ベランダに宅配便の制服が」
「ぼくのコースに、ふ……Fさんって家があって、留守が多くていつも残荷するんだよね。どうしたら配達完了するか、二人も一緒に考えてくれない?」
「置いてこいよ」呆れたように荒川は言った。「模範解答じゃないかもしれないけど、数こなしてなんぼだろ、おれらは」
丹野は無言だ。彼を一瞥してから、ぼくは例の荷物の説明を始めた。送り主は頻繁に荷物を送ってくること。受取人は多忙で面倒がっていること。置き配は送り主から禁止されていること。細かい再配達の指定が送り主から繰り返されていること。そして下村先輩が送り主を威圧して黙らせたこと。
「下村先輩、グッジョブじゃん」
「呼んだ、荒川くん?」下村が休憩室に顔をのぞかせた。いつのまにか私服に着替えている。「いつまでダラダラおしゃべりしてるんだい。アタシ、先に帰るよ」
自己中な下村先輩にせかされて、ぼくらは話を打ち切って帰ることにした。もとより下村待ちの時間つぶしで始まったぼくの無駄話だ。答えを求めていたわけではない。
下村はゲットしたTシャツを自転車に括りつけてご機嫌な顔で、荒川はバイクで、野田と丹野は電車で帰路についた。
最寄り駅につくと寒風が耳元を吹きすぎた。
「早く帰ろう。それともなんか食べてこうか。腹減ってない?」
「……そうだな」
「この時間だと居酒屋かラーメン屋か、どうする?」
「24時間営業のピザ屋がある。ウーバーイーツを頼もう」丹野はスマホを取り出し、ふと顔を上げた。「トータルで5000円はかからないのだが……?」
了解を求めてくる視線。意外と素直なのかもしれない。ぼくは頬の筋肉が緩みそうになるのを懸命にこらえた。
「オーケー。ピザはいいね。久しぶりだ」
丹野は安心したように注文を頼んだ。
一人で食べると途中で飽きてしまうし、食べきれないこともある。もう何年もピザの注文をしていない。誰かと分け合う前提の注文は少し面映ゆい。
マンションの集合ポストを横切ったとき、ふと気になったことがあって丹野のコートを掴んだ。
「なんだ?」
「もういい加減、教えてくれてもよくないか? ぼくの部屋、どうしてわかった?」
「……ああ。ベランダに宅配便の制服が干してあったぞ」
「ああ、なるほど。……いや、ちょっと待て」ぼくは階数表示を押す丹野を追ってエレベーターに乗り込む。「最近はずっと乾燥機使ってるぞ。外に干してない」
「……」
「丹野……?」
「……あの夜、ハンバーガーを食べながらきみの姿を見送ったあと、2分待ってこのマンションの裏側に来た。ベランダが見えるほうだ。1階は不動産のテナントなので野田の住まいは2階以上、階段を使うにしろエレベーターを待つにしろ、部屋に戻って灯りをつけるまでに2、3分はかかる……」
タイミングよく灯りが灯る部屋を観察していたということか。
「なんでそんなストーカーみたいなこと」
「なんとなく」
「なんとなく?」
「だから言いたくはなかった」
部屋のカギを開ける。ぼくはもう一度丹野の顔を見た。なんとなくでストーカーするような男を三か月居候させる勇気はぼくにあるのか。もちろん、ある。
リビングの片隅に山積みになったダンボールを見たときは、ぼくの勇気にひびが入ったけれど、もうこんなことは二度とさせない。次の休みには全部クローゼットに詰め込んでやる。
そのクローゼットの前には新しいデスク、上にはパソコンが1セット鎮座している。これもクローゼットの中に放り込んでやる。
遅い夕飯の前にぼくはシャワーを浴びた。丹野は昼間に風呂に入ったというので、ウーバーの受取をしてもらった。ピザのほかにポテトやオニオンリング、コーラまで届いた。テーブルに高カロリーが華やかに揃った。
「食べたら早く寝ような。明日、一緒に職場まで来るかい。かなり早起きになるけど。うまそーだなー」
「そうしよう。……さっきの話だが」
「うめー、チーズ伸びる。さっきって?」
「不在がちの荷物の件。荒川氏が言っていたような置き配を、送り主が禁止したのはなぜだ」
「ああ、置き配は基本的にはダメなんだ。大手通販サイトは置き配がデフォのとこもあるけど、送り主が個人の場合は手渡しが原則。ただし受取人がインターホン越しに『置いておいて』と言ってくれれば従うけどね。でも言った言わないで、荒川の荷物みたいな問題が起きる場合、責任が取れなくなる。Fさんの場合は送り主から『絶対に手渡しで』と厳命されてるから、受取人が『不在時は置いておいていい』と言ってくれてても何かあったら困るから、できないんだ」
「つまり、受取人は不在置き配でもかまわないと言っていたんだな」
「そう。そのほうが都合がいいみたい。ぼくとしてもそうしたいところだけど」
「送り主は男性、女性?」
「女性だよ。ポテトやばいな、スパイシーで美味いぞ」
「受取人は男性か。苗字は同じだろう。……う、コーラが喉にしみる」
「そう、ここだけの話、実は奥さんから旦那さんへ、愛のこもった贈りものなんだ。日々忙しい旦那さんを心配しているんだろうな。再配達指示はこまめに入るんだ。『明日の昼頃に届けてくれ。いなかったら明後日の朝一に』って執拗なほど。ネットで番号を追跡してるみたい。『その時間に行けば旦那さんはいらっしゃるんですね?』ってきいても『多分』とあいまいな返答なんだけどね。もう三か月も続いている。おい、もう半分食ったろ。こっからはぼくの領地」
「しばらくの我慢だな。まもなく悩まされなくなるだろう」
「なんで? あ、コーラ、ぼくもお代わり」
「証拠集めには充分な日数が経っている」
「証拠?」
「夫は浮気している」
「…………」
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