第34話 「野田の友人の丹野だ」

「せっかく廃工場まで行ったのに、猫ちゃん少なかったんだよ~。ほら、最近、強面の人間がたくさん立ちいったから恐れて隠れちゃったんだろうね」


「それは残念でしたねえ。23時になってもセキュリティがかからなかったら警備会社がここに来ちゃいますから、ちゃっちゃと帰りましょう」


 これみよがしに溜息をつく下村先輩。「アタシはアカブタ運送が立ち上がってすぐに入社したんだよ。会社を大きくするのに貢献したんだ。還暦過ぎたんだもん、ゆっくりしたいのよ」


 ゆっくりしたいなら早期退職制度がありますよ、と言いたかったが我慢した。

 荒川の顔も強張っている。心が読めたら、きっとぼくと同じセリフを叫んでいたに違いない。


「ところで、荒川。今日は別の用で来たんじゃないのか。……日比野さんの……」


「ああ、それね。……あれ、心配してる?」


「そういうわけでも……あるけど」


「知りたいなら話してやるけど」


「差し支えないなら、教えてほしい。同僚として心配だし。あ、ちょっと待って。表を閉めてくるよ」


 シャッターを閉めようと駐車場に出たところで、大きな紙袋を両手にさげた男が近づいてくるのが目に入った。丹野だ。


「あ、しまった」


 下村先輩に気を取られて、丹野にメールするのをすっかり忘れていた。丹野はまっすぐにぼくに向かってやってきた。眼前30センチに整った顔が迫る。近すぎるだろ。


「起きたら野田がいなかった……」


 なんで恨みがましい表情を向けられなければならないのだろう。


「仕事だって知ってただろ」


「お兄さん、すっげかっこいい! うえええええ!」荒川の奇声が後ろから聞こえる。


「なんかまた買ったの?」


「……礼物だ。昨日の仕事の。追加で送られてきた。おれはいらないから、誰かもらってくれ」紙袋の中は尖ったデザインのTシャツで一杯だった。「売れ残りを寄越したんだろう」


「いや、違うと思うよ」ぼくは反射的に口を開いていた。「いや、売れ残りはそうかもしれないけど。丹野に感謝してるって気持ちの表れだよ。ぼくらが帰ったあと、彼らはラブラブに戻れたんだよ、きっと」


 ヒャッハー店長がきっと満足してくれたのだ。望まない結果を避けられたのだから。たとえ丹野が一切配慮しなかったとしても。


「ともかく、おれはいらない」


「まってまって野田っち。このイケメン誰だよ。紹介してくれよう!」


「荒川、どうした。こんなテンションのおまえ見たことない」


「野田の友人の丹野だ。探偵をしている」


「え、探偵? こんなイケメンなんて聞いてない。あ、探偵ならちょっと話聞いてほしいかも。お兄さん、こっち来て」 


 荒川は丹野の手を取って、営業所の中にぐいぐい引っ張っていく。


「おい、もう閉めないと」


「野田だって聞きたいだろ。日比野さんのこと」


「あ、それは……まあ」


 休憩室で荒川と下村が丹野を取り囲む。下村は丹野の顔面には全く興味がないようだ。「え、もらっていいの、新品のTシャツ。アタシ欲しいなー」ヒョウ柄や髑髏柄のTシャツを夢中でチェックしている。


「下村先輩が11時までに仕事終わらせたら全部差し上げますよ」ぼくの提案は効果てきめん、先輩は見たことがないきびきびとした動作で仕事を片づけ始めた。

 

「まあ、まずはコーヒーでも飲んでくれ」


 荒川が缶コーヒーを三本テーブルに置いた。ブラックとカフェラテと微糖。後藤所長の部屋にある小型冷蔵庫から失敬してきたものだと言う。ぼくはカフェラテを丹野に手渡して、自分はブラックを選んだ。


「部外者に仕事上知りえた秘密を暴露するのは問題だけど」


「おれは仕事上知りえた秘密は暴露しない」


「……わかった。探偵さんもプロだもんな。報酬はこれでどうだ」荒川は未開封のプロテインの缶をテーブルに置いた。笑っていいものか迷ったあげくに、ぼくは固まった。


「まあいいだろう」と丹野は無表情で了承した。

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