第27話 「金属製のポイントはぞくぞくする」

 オーソドックスなゲームをさも今思いついたかのように提案してみたのだが、ばれたかもしれない。


 だが丹野は「そうしよう」と同意した。「おれから始めていいか」


「いきなり? 練習しなくていいの?」


「そのほうが面白い」


「じゃあ、どうぞ」


 丹野は立て続けに3投して、ふっと息を吐く。


「やはり、デジタルではなくクラシックなハードボードはいいな。金属製のポイントはぞくぞくする。麻繊維で出来ているボードは刺突音が吸音されてしまうが、壁に食い込むときの音は刺激的だ」


 負け惜しみにもほどがある。

 ぼくは壁から3本のダーツを引き抜いた。

 結果のともなわない蘊蓄ほどシラけるものはない。声に出したかったが我慢した。そして手加減することに決めた。


「ぼくの番だね」


 狙い通り、3本ともボードの端に刺さった。ブランクがあるわりにはコントロールできている。


「合計21点。まあまあだな」


 憮然とした表情。ライバルが得点したことに納得していないようだ。

 ふたたび丹野の順番。4投目も壁に刺さる。トスン。5投目も、トスン。しかも力いっぱい投げるせいでめりこんでいる。

 野田はイライラしてきた。このマンションは賃貸だ。このままでは退去するときの修繕費用がかさんでしまう。


「ダーツの持ち方が、もっと、こう!」


 気づいたときには敵に塩を送っていた。


「もっと、どうなんだ」


 丹野は首をかしげる。


「まず指1本で持って重心の位置をさぐってみて。その重心を親指と人差し指ではさんで中指を添えて持つんだ」


「こうか?」


「そうそう。そしたら紙飛行機を飛ばすように、力まずに、山なりに」


「こうか? お、19点。なるほど。次はブルを取るぞ。む。20か、合計39点」


 しまった。ついうっかりと指導してしまった。丹野は飲み込みが早い。すぐにコツを掴みそうだ。しかもどさくさ紛れに4投している。

 だが問題は無い。こっちが本気を出せばいいだけだ。


「よし、ぼくも負けないからな」


 などと言いつつ、合計51点にとどめる。ライバルの競争心をあおる絶妙な点差。通常、8ラウンドを終えたときのトータル点数が1000点を超えると達人級。初心者は400点を目標にしている。今回はかなりレベルの低い戦いになりそうだ。




 結果は予想通りだった。丹野はラウンドを重ねるごとに上達したが初心者の域を出ることはなかった。壁の穴は最終的に20個ほどで済んだのは僥倖だった。7ラウンド目まではあえて負けてやることもあった。だが最終の8ラウンドでぼくはリミッターを解除した。

 ボードの中心であるブルに3本のダーツが突き刺さる。


「……野田」


「あー、失敗したなあ。もっと点数がいい場所あるのに、外しちゃったあ」しらじらしく頭を掻いた。


「……おれは263点、野田は372点だ。初心者と経験者の違いだ。当然だ」


 丹野は床にあぐらをかいて座った。当然だ、と言いつつ、憤然としている。

 フェアではなかったことはぼくも認めざるをえない。


「やはりバレたか。なんならノーカウントにしようか」と余裕をかますと、


「いや、楽しかったから、いい」と楽しくなさそうな表情で応える。「勝負は勝負だ。野田の言う通りに支出を抑えるとしよう。それから……」嫌味なくらいに凛々しい顔を向けてきて、「おれの女装をそんなに見たかったのか」と不敵な笑みを浮かべた。なんて負けず嫌いな男なのか。



「それほどでは。ぼくが女装したくなかっただけ」


「いやぜひ見てくれ。おれの変装術を。探偵としてのおれの能力を野田に認めさせたいからな」


 意気揚々と重量感のある紙袋を持って来るや、丹野はテーブルにメイク道具をずらりと並べ始めた。ファンデーションと口紅とマスカラ。野田がわかるのはそこまでだ。だがテーブルにはその5倍以上の何かが並んでいる。

 丹野はヒゲを外して濡れたティッシュのようなもので老けメイクを拭うと「ベースメイクが重要なんだ」「皮膚の透明感が肝要」「秋の新色」と呪文を唱えながら「この秋最新流行メイク」とやらを施しはじめた。

 はたしてどんな変装術を披露してくれるのかと野田は最初はにやにやしていたが、重要らしいベースメイクに時間がかかるらしいと悟ると、やがて退屈して、スマホゲームに意識を奪われた。小一時間が経ったころ、


「できた!」


 声につられて顔をあげ、言葉を失った。


「……」


「どうだ?」


「……」


「遠慮しないで、褒めていいぞ」


「……怖い」


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